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リアル・マイケルジャクソン [Vol.5]_1992年、はじめて目の前で等身大マイケルをみる。 ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2012年9月27日 16時0分

1992年12月9日、4年ぶりの来日で成田空港に姿を現したマイケル。

空港ロビーは、おびただしい数のフラッシュと悲鳴で騒然となった。

「キャー!マイコー!!」

税関の出口付近から大きな歓声があがり、マイケルがロビーに現れたことがわかる。心拍数が一気にはねあがる!もう、すぐそこにマイケルがいる!

マイケルの歩みにあわせて、ものすごい人の波が右手から押し寄せてくる。痛いっ!押さないで!うぎゃっ!前が見えないっ

うっかり終着地点に陣取っていたわたしは、なだれ込むファンと野次馬とマスコミの集団にぎゅうぎゅうに押され、周囲と激しい攻防戦を繰り広げる!

次の瞬間、ビデオクルーの強力なライトが目に入り、光の輪の中をゆっくりとこちらに歩いてくるマイケルの「帽子」「サングラス」そして「黒いコート」が視界に飛び込んできた!

「マイコー!!!」

顔は!?表情は!?口が笑ってる?ぎゃあああ!!

手をのばせばすぐ届きそうなところにマイケルがいた。初めてみる3次元のマイケルは、想像以上に細くて、スラリとして、顔が小さくて、ステージとはまるで別人のような、穏やかなオーラに包まれていた。

そして、モノクロの世界でそこだけが極彩色のような、強烈なインパクトがあった。

あまりの興奮と慣れないシチュエーションにわたしの脳ミソは吹っ飛び、気づくとマイケルは光とともに視界から消えていた。いまわたしが見たのって、マイケルだよね・・・?

触ることも、声をかわすこともできなかったけれど、ホンの数メートルの距離で確かにマイケルの存在を確認できたことで、涙がどっと溢れてきた。

そして、この日から始まるおっかけの日々で、わたしたちは幾度となくマイケルに遭遇し、その当時の夢をほとんど叶えることができたのだ。

前回の来日とおなじく、マイケルは永田町のキャピトル東急ホテルに宿泊し、毎日のように10階のスイートからファンに向かって手を振り、コンサートのないオフの日は、買い物やテーマパークなどへ精力的に出かけていた。

そんなマイケルに少しでも近づくために、わたしたちは連日会社や学校を早退し、タクシーに飛び乗って必死に外出先までついて行った。

過去2度の来日で、「日本のファンは危険ではない」という認識がセキュリティーにあったせいか、追いかけた先で強く制止されたり、怒られるようなことは1度もなかった。

マイケルが嫌がるようなことはしたくない。本人の姿をひと目見られれば十分。そんな、遠慮がちなファンの方に、むしろマイケルの方から近づいてきてくれたのだ。

マイケル一行とわたしたちの間に、どこか“ほのぼの”とした空気が漂う中、ついに、長年の夢である、マイケルと握手できる日がやってきた。

【バックナンバー】
リアル・マイケルジャクソン [Vol.4]_1992年、4年ぶりのマイケル来日で空港へ駆けつける。
リアル・マイケルジャクソン [Vol.3] _ファンになった頃、マイケルとの距離は1番近くて遠かった。<後編>
リアル・マイケルジャクソン [Vol.2] _ファンになった頃、マイケルとの距離は1番近くて遠かった。<前編>
リアル・マイケルジャクソン [Vol.1] _マイケルの死を乗り越えるために、ロスの追悼式へ飛ぶ。

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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