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リアル・マイケルジャクソン [Vol.6]_1992年、はじめて触ったマイケルの手に号泣する。 ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2012年10月4日 18時0分

マイケルは、いつもバンの窓から一生懸命手を差し伸べてくれた。

マイケルの滞在中、わたしたちは、連日のようにタクシーに飛び乗ってマイケルのバンを追いかけていた。

本人に遭遇できるチャンスは、外出先での一瞬に、ほぼ限られていたからだ。

そして、おっかけファンが乗ったタクシーが近づくと、マイケルはスモークの貼られた窓を自ら開けて、狭い隙間から一生懸命手を差し伸べてくれた。その頃のマイケルは、周囲に対して本当にオープンで、ファンとの交流を心から楽しんでいるようだった。

その日も、わたしが乗ったタクシーは、マイケルのバンを追いかけて首都高を走っていた。すでに来日から10日以上が過ぎ、何度もチャンスがありながらも、いまだに握手ができずにいたわたしは、この日の外出にすべてを懸けていた。

その想い(執念?)が通じたのか、渋滞でバンが止まったタイミングで、運よく横付けできたのだ。バンの窓が開いて、狭い隙間からマイケルの手が出てくる!

「マイコー!!!」(号泣)

わたしは涙と鼻水を滝のように流しながら、助手席の窓から身を乗り出した。

そして、夢にまでみたマイケルの手を、生まれて初めて握りしめた。

大きくて、ペタッとして、ちょっとしめっていて、指先が冷たいマイケルの手。

その手が、わたしの手を握り返してくれる。ああ、わたしは、この手にたどり着くために、いったいどれくらいの時間を待ち続け、どれほど走ったことだろう。

その瞬間、間違いなく、わたしは世界で一番幸せだった(マイケルの手は、香水とベビーパウダーをあわせたような匂いがした)。

ちなみに、わたしたち3人は、初めての握手が全員「バンの中のマイケル」とだった。コネや招待ではなく、自力で走ってマイケルの元にたどり着いたのだ。ひとつ夢が叶うたびに、マイケルとの距離が近くなり、また新たな夢が叶っていく。そんな、不思議な連鎖反応を、わたしたちは身をもって体験していた。

ディズニーランドやハウステンボスに出かけたマイケルを追って、思いがけずいっしょに園内をまわることもできた。夢の国で、夢の人を追いかける、夢のような時間。サングラスをはずしてリラックスした様子のマイケルは、ファンを見つけると笑顔で指差したり、照れくさそうに手を振ったり、自分から歩み寄って握手してくれたりした。

福岡から東京まで、約6時間の距離を新幹線で移動したときは、わたしたちが立っている通路にむかって突然マイケルとセキュリティーが歩いてきて、そのままマイケルが目の前の「トイレ」に入ったりもした。(キャー)

恐れ多くもマイケルは、洗ったばかりの濡れた手で、はにかみながら握手してくれた。

24日間のさまざまな出来事をとおして、それまで遠い人だと思っていたマイケルが、不思議なほど近い存在に感じられた。呼べば振り向いてくれる。手を伸ばせば握り返してくれる。

マイケルとの間の「見えない壁」のようなものが、いつのまにか無くなっていた。今度こそわたしは、マイケルと同じ時代に生きる喜びを心から噛み締めていたのだ。

最終日、ロスに帰国するマイケルを空港で見送りながら、「これがおっかけ人生のゴール」と思えるほど、わたしは達成感でいっぱいだった。

でも、このときのわたしたちは、まだようやくスタート地点に立ったばかりだったのだ。

【バックナンバー】
リアル・マイケルジャクソン [Vol.5]_1992年、はじめて目の前で等身大マイケルをみる。
リアル・マイケルジャクソン [Vol.4]_1992年、4年ぶりのマイケル来日で空港へ駆けつける。
リアル・マイケルジャクソン [Vol.3] _ファンになった頃、マイケルとの距離は1番近くて遠かった。 <後編>
リアル・マイケルジャクソン [Vol.2] _ファンになった頃、マイケルとの距離は1番近くて遠かった。 <前編>
リアル・マイケルジャクソン [Vol.1] _マイケルの死を乗り越えるために、ロスの追悼式へ飛ぶ。

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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