リアル・マイケルジャクソン [Vol.11]_1996年HISTORYツアーinソウル_マイケルのバンに入る! ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2012年11月8日 18時0分

ツアー中はバンで移動することが多かったマイケル。(写真は1996台湾)

ついに、マイケルが乗るGMCの大型バンがホテルの正面に乗り付けた。

ロビーの中は、大勢の地元ファンや報道陣、やじ馬、警備員、ホテル関係者で溢れかえり、(本当にこんなところをマイケルが通るの?)と思わず心配になるほどの混乱ぶりだった。

ファンの期待と興奮がピークに達したそのとき、エレベーターの到着音が響き、扉が開いた。そして、ビデオクルーやセキュリティの一団に囲まれて、マイケルその人が現れた。

「マイコー!!!」「ギャアー!!!」

韓国のファンは、日本とは比べ物にならないほどエキサイティングで、ものすごい悲鳴とともに突進するファン、止めようとする警備員であたりは騒然となった。

揉みくちゃになりながら、まっすぐ正面をみてロビーを進むマイケル。

「マイコー!」ホンの2~3m先なのに、ものすごい歓声にかき消されて声が届かない!

そのときのマイケルは、スクリーンの向こうにいるかのように、現実味がまるでなかった。

ようやくマイケルがバンに乗り込むと、ファンや報道陣が一斉にバンを取り囲む!

「マイコー!」「アイラブユー!!!」「キャー!!!」

バンの窓を叩いて泣き叫ぶファン!割って入る報道陣!止めに入る大勢の警備員!

ビデオテープを持ったEちゃんも、国境を超える?突破力で前に飛び出し、バンの窓にはりついて必死にビデオテープをアピールする!「マイコー!プリーズ!」すぐさま現地警備員が飛んできて、Eちゃんはあっという間にバンから引き離され、(こんな状況じゃ渡すのは無理なのか…)とあきらめかけたその時、そこにウェインが現れた。

彼は、現地警備員を制すると、そのままEちゃんの腕をとってバンの入り口へとつれていき、大混乱の中、その場にいたYちゃんとともに、マイケルのバンに入るように言ったのだ!

あまりに突然のことに、頭が真っ白になりながらも、中に飛び込んだEちゃん。広々としたバンの最後列の真ん中に、TVでみるそのままのマイケルがポツンと座っていた。

その瞬間、外の喧騒が別世界のように、すべての音が消えた。

「ハーイ」

サングラスに帽子姿のマイケルが、ニコニコしながら両手を広げて待っている。

「マイコー!!(泣)」

万感の想いをこめてEちゃんが思い切り抱きつくと、その勢いでマイケルの帽子が脱げ、後ろのトランクルームに落っこちてしまった。

「アイムソーリー!!(汗)」

思わずマイケルの頭を両手で抑え、必死にトランクルームの帽子を拾おうとするEちゃん。続いてYちゃんもバンに入り、涙ながらに「ハグしていい?」とマイケルに聞くと、「もちろん!」と両手を広げ、しっかりとハグしてくれた。

EちゃんもYちゃんも、帽子をかぶっていないマイケルを、ここまで至近距離で見るのは初めてだった。舞い上がり興奮しながらも、(うわ!頭が小さい!)(華奢!)(細くて壊れそう)としっかり観察していた。そして、ようやく拾い上げた帽子とともに、持っていたビデオテープをマイケルに渡すことができたのだ。

バンから出るときになって、初めてマイケル側のビデオクルーが、後ろから一部始終を撮影していることに気がついた。そして、予想もしていなかったマイケルとの再会に、ガックリと膝の力が抜け、路上に座り込んで号泣したのだ。

ちなみに、わたしはこのとき2人とは別行動をとり、一足先にチルドレンズパークに到着していた。あとでバンの中での再会を聞いて、「ハグ!?すごい!!!」と衝撃をうけながらも、悔しさや後悔は微塵もなく、2人の快挙を心からいっしょに喜びあった。長年の追っかけの経験上、来るべきタイミングで、自分にも「その時」がくることを予感していたからだ。(実際に、次々回のソウルでバンに入ることになる)

その後、大勢の報道陣やファンが待ち構える「チルドレンズパーク」にやってきたマイケルと、わたしは予想外に嬉しい再会を果たすのだ。

【バックナンバー】リアル・マイケルジャクソン ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話
[Vol.10]_1996年HISTORYツアーinソウル_セキュリティとの再会!
[Vol.9]_1996年、運命のHISTORYツアー序章編。/a>
[Vol.8]_1995年、一夜限りのイベントのためニューヨークへ飛ぶ。
[Vol.7]_1993年、悪夢の疑惑報道の中、福岡に再来日!
[Vol.6]_1992年、はじめて触ったマイケルの手に号泣する。

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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