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リアル・マイケルジャクソン [Vol.19]_1996年HISTORYツアーinバンコク_突然の撮影会で号泣! ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2013年1月10日 17時30分

タワーレコードでのマイケル。下は盲学校を訪問したときの様子。

バンコクに到着した翌日の11月3日、マイケルは、市内の孤児院とタワーレコードに出かけることになった。

例によって、関係者から情報をゲットしていたわたしたちは、朝からホテルのロビーでスタンバイしていた。

マイケルが外出するタイミングで、高雄のコンサートで見せた「応援グッズ」をもう一度アピールしようと決めていたのだ。ステージの上から、あれだけ興味を示してくれたマイケルのことだ。きっと、これを見たら、なにかしらの反応があるに違いない!

マイケルが出かける時間が近づくと、警備員や地元ファンでロビーの中はごった返し、エントランスの外にはマイケルのバンと先導のパトカー、後続の関係車両がズラリとスタンバイした。

そして、歓声とともにエレベーターからマイケル一行が現れた!ああ、今日もマイケルはカッコイイ(泣)

黒いマスクに黒いジャケット姿のマイケルが、警備に囲まれて優雅にロビーを歩く。周囲にはあっという間に人だかりができる!

「マイコー!」

わたしたちは、少し離れた場所から応援グッズを高く上にあげてアピールする!マイケル見た!? 見てくれた?

そのままマイケルを追って走り、警備の間をすり抜けてエントランスの外に出ると、すでにマイケルはバンに乗り込んだあとだった。警備員に止められて、それ以上は近づけない。

(うー、マイケル、気がつかなかったのかなー!?)

ガックリしつつも、追いかけるために急いでタクシーを捕まえに行こうとしたとき、音をたててバンの扉が開き、中からマイケルが姿を見せた。

マイケルは、バンの外に立っていたセキュリティのヤニックを呼び、何事かを指示している。するとヤニックは、真っすぐわたしたちの方に向かって歩いてくるではないか!

(なに?なに?)

動揺するわたしたちは、そのまま止まったバンの真正面に連れて行かれ、横並びで並ばされると、バンに向かって応援グッズをアピールするよう言われたのだ!

地元の警備員やファンが遠巻きに周囲を取り囲む中、まぶしいライトが点灯し、バンの両脇から2人のビデオクルーがこちらを撮影し始める。そして、フロントガラスの向こうには、こちらを真っすぐ見ているマイケルの姿が!

唐突にはじまった撮影会に、わたしたちはドバッと涙が溢れ、「マイコー!アイラブユー!」と何度も叫びながらカメラに向かって号泣した。

ちゃんと気づいてたんだ、マイケル!(大泣)

しかも、グッズだけでなく、それを持つわたしたちの姿を撮影してくれることが嬉しかった。台湾での連日の「ビデオレター」が頭に浮び、なんだかもう胸がいっぱいだった。

ライトが消えて撮影が終わると、再びヤニックが来て、わたしたちをバンの横へと連れていく。

扉は全開で、一番手前にマイケルが座ってわたしたちを待っていた。

(ああ、ようやくマイケルに手渡せるんだ…!)

マイケルは、ゆっくりうなずいて両手を広げる。わたしたちは涙ながらにグッズを差し出し…

そのとき、信じられないことが起きた!この状況をよく見ていなかったヤニックが、「さあもう行くよ!」とばかりに、勢いよくバンの扉を閉めてしまったのだ!(残念ながらウェインはその場にいなかった)

突然閉まった扉に、わたしたちはグッズを差し出したままボー然。

マイケルは、それ以上に驚いたに違いない。どう考えてもここは、念願のグッズをようやく受け取ったあと、感謝のハグ…そんなシチュエーションだったのではあるまいか?

そのまま走り出そうとするバン。ちょっと、まってまって!(汗)わたしたちは、慌てて応援グッズを運転席の窓から差し入れた。

「マイケルに渡して!」ここまでしてくれたのだから、もう、これはマイケルの手元に行くべきだ。

「サンキュー」とヤニックはクールに言い残し、そのままバンは走り去って行った。(スキンヘッドで長身イケメンの彼は、後に、超天然であることがわかった)

そのあとわたしたちは、我に返ってタクシーを拾ったものの、最初の訪問先には間に合わず、次のタワーレコードに先回りしてマイケルの到着を待つことにした。

しばらくして、ショッピングセンターの裏手に到着したマイケルは、わたしたちが待つ踊り場に向かって外階段をトントントン!と身軽に登ってきた。

「マイコー」「グッズは受け取ってくれた?」と声をかけると、

「もちろんだよー」「ナイスギフトをありがとう!」としっかり向き合って握手をしてくれた。

そこにはファンも野次馬もおらず、マイケル一行とわたしたちだけだったため、そのまま一緒にショッピングセンターの中に入ることができた。マイケルは、袖に刺繍とビジューがついた民族衣装に着替えていて、それがまた新鮮でカッコよかった!

その後、マイケルはタワーレコードで長時間買い物をし、店の周囲は大変な人だかりとなった。

大勢のファンがサインを求め、それに応えて何枚も何枚もサインを書き続けるマイケル。

今回のHISTORYツアーでは、とにかく「無心にサインを書きまくる」マイケルの姿があちらこちらで印象に残った。

普段、あまりサインに執着のないわたしたちも、(こんな状況でもないと、逆にもらえないかな…)と、マイケルが目の前に来たときに、持っていた写真やCDにサインをしてもらった。

無数の手が群がる中で、ちゃんと差し出した本人にサインを返すのは、もうマイケルの「職人芸」かもしれない。

翌日の11月4日は、市内の盲学校に出かけたマイケルをタクシーで追い、現地で握手をしたあと、訪問の様子を静かに見守ることができた。短い滞在の中、日々マイケルと接触がもてるのは、わたしたちにとって本当に幸せなことだった。

ハミード以外のビデオクルーの面々や、専属カメラマン、ダンサー、シンガーなど、親しく言葉を交わせるスタッフもどんどん増えてきて、(ああ、みんなと一緒にずっとツアーをまわれたらなあ)と、心からそう思い始めていた。

そして11月5日、いよいよバンコクでのコンサート当日を迎えた!

【バックナンバー】リアル・マイケルジャクソン ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話
[Vol.18]_1996年HISTORYツアーinバンコク_3連休で急遽バンコクへ!
[Vol.17]_1996年HISTORYツアーin高雄_最前列でコンサート!そしてひと時の別れ
[Vol.16]_1996年HISTORYツアーin高雄_Yちゃん、夢のオンステージ!
[Vol.15]_1996年HISTORYツアーin台北_コンサート初日でのハプニング!
[Vol.14]_1996年HISTORYツアーin台北_マイケルへのビデオレター。

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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