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リアル・マイケルジャクソン [Vol.20]_1996年HISTORYツアーinバンコク_コンサート&ミリタリー撮影現場へ! ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2013年1月17日 17時30分

市内ミリタリースクールでのマイケル。手が届くほど至近距離で見学ができた。

11月5日、いよいよバンコクでのコンサート当日となった。

3連休を利用して飛んでいたわたしは、ここでタイムアップ!プライベートのマイケルを堪能し、一足早く帰国の途についた。 そんな訳で、ここからは、現地に残ったEちゃんの体験談を駆け足でまとめたいと思う。

5日のコンサート当日、Eちゃんは、プロモーターにもらったチケットを握り締め、タクシーで会場に向かっていた。

アジアといえば、交通渋滞がひどく、交通マナーもいい加減な国が少なくない。この日のバンコクも、会場までの道は渋滞し、クラクションがあちらこちらで鳴り響いていた。

(間に合うかなあ・・・)と不安に思ったそのとき、突然Eちゃんの乗ったタクシーをものすごい衝撃が襲った!

ドン!という音とともに、ボンネットに「人」が降ってきたのである!なんと、3人乗りのバイクが後ろから追突してきたのだ。タクシーが停車し、警察がやってきて、あたりは騒然となった。このままではコンサートに間に合わない!

Eちゃんは、警察官の一人に、コンサートを観るためにはるばる日本から来たことを必死で説明する。すると彼らは、Eちゃんをコンサート会場まで送り届けてくれたのだ!

すでに会場は暗く、Eちゃんは自分のチケットがどこの場所なのかわからない。

「カモン!」

警察官に誘導されるままついていったEちゃんは、ぐるりと観客席を回り込み、アリーナの一番前に設置された「芸能人席」の、さらに前へと連れていかれた。会場警備のために、最前列の柵の前にずらりと並んだ警察官の間に入れてもらえたのだ!

「オーケイ、オーケイ!」と、やたらフレンドリーなバンコク警察の皆さん。外国からわざわざ来て、その上事故に合ってしまったEちゃんに、こぞって親切にしてくれたのだ。

観客席を向く警察官に混じって、一人、ステージに向かって大騒ぎするEちゃん。

あまりにも目立つポジションなだけに、マイケルはもちろん、ダンサーやシンガーたちも気がついて、「HISTORY」の曲で明るくなったとき、指をさしたり手を振るなど皆がリアクションをくれた。

思いがけず最前列より前でコンサートが観れたEちゃんは、事故のことも忘れて大満足だった。(しかし、コンサート後に、改めて事情聴取に協力させられた)

そして翌日の6日は、市内のミリタリースクールを訪問したマイケルを、後続の警察車両に乗って(!)追いかけることが出来たEちゃん。

大勢の地元ファンでごった返しのホテル前で、なぜ自分だけ警察車両に乗せてもらえたのかどうしても覚えていない、というEちゃん。バンコクの警察官は、とにかくEちゃんに親切だったのだ。

現地に到着すると、軍の生徒がずらりと並ぶ中、数台のビデオカメラによる撮影が始まった。何度も何度も行進し、撮影を繰り返すマイケル。

その度にEちゃんはマイケルを追って走り、撮影のタイミングを見計らって「マイコー!」と声援を送った。マイケルも、たった一人そこに紛れ込んだEちゃんに、笑いながら手を振ってくれた。

いつものプライベートのマイケルとは違い、ばっちり「仕事モード」のマイケルは、全身張り詰めたオーラで隙がなく、仕草のひとつひとつが信じられないカッコよさだった!

観客(ファン)は自分だけという状況で、未公開のプロモーションビデオを見ているような贅沢さだった。

数時間に及ぶ撮影の間、マイケルを目の前でしっかり堪能したEちゃんは、日が暮れるころに、再び警察車両に乗って、マイケル一行とともにホテルに戻った。

最後、次のツアー開催地であるオークランドに向けて旅立つマイケルを空港で見送って、Eちゃんのバンコク追っかけは終了した。

日本に戻り、次の休日に集まったわたしたちは、これまでの成果について振り返り、今後について、ある決意を固めた。

「こうなったら、行けるところまで追っかけようじゃないか!」

今回アジアをまわってみて、海外ならではの「オイシさ」をわたしたちは痛感していた。

とにかく行けばマイケルに会える!しかも、信じられないほどラッキーなシチュエーションが、何度も何度も起きる。このまま12月の来日まで待っているのはもったいない!

たとえ仕事がクビになったとしても、やりたいことを思う存分やった結果ならば、絶対に後悔はしないだろう。

そしてわたしたちは、そのあと予定されていたオーストラリア、フィリピンに飛ぶことを決めたのだ。

Eちゃん、Yちゃんは、それぞれ短期の仕事を調整しながら日程を組み、わたしは会社の休暇制度を利用して、年末の忙しい時期、思い切って1カ月もの休みを取った。

(戻ったら席がないかも・・・)不安に思いつつも、心はすでにマイケルの元へと飛んでいた。

そして、わたしたちは、それぞれの日程で初めてのオーストラリアへと飛んだ。

そこでは、追っかけの新たなステージがわたしたちを待っていたのである。

【バックナンバー】リアル・マイケルジャクソン ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話
[Vol.19]_1996年HISTORYツアーinバンコク_突然の撮影会で号泣!
[Vol.18]_1996年HISTORYツアーinバンコク_3連休で急遽バンコクへ!
[Vol.17]_1996年HISTORYツアーin高雄_最前列でコンサート!そしてひと時の別れ
[Vol.16]_1996年HISTORYツアーin高雄_Yちゃん、夢のオンステージ!
[Vol.15]_1996年HISTORYツアーin台北_コンサート初日でのハプニング!

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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