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リアル・マイケルジャクソン [Vol.22]_1996年HISTORYツアーinブリスベン_コンサート前に記念撮影! ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2013年1月31日 17時30分

ブリスベンに到着したマイケル。写真のバナーとぬいぐるみはマイケルにもらったもの

11月18日、ブリスベンに到着したマイケル一行は、「ザ・ヘリテージホテル」に宿泊した。

事前にチェックインしていたEちゃんYちゃんは、大勢のファンや関係者とともにマイケルの到着を出迎えた。

1996年当時、まだインターネットはほとんど普及していない。

マイケルが世界各国でどのホテルに宿泊するのか、それを事前に掴むのは、ファンにとって容易なことではない。

わたしたちは、超アナログな方法で、ガイドブックにのっている「5ツ星ホテル」からピンとくるものを予約して飛んでいたのだが、それが、ほぼ100%の確率で大当たりだった!

セキュリティの関係上、「宿泊者以外はホテル内立ち入り禁止」の場所も少なくないため、マイケルと同じホテルを押えることは、少しでもそばに近づきたいわたしたちにとって最重要事項だった。ここブリスベンでも、この「宿泊者の特権」は、大いに2人の役に立った。

19日のコンサート当日、EちゃんYちゃんは、ホテルの中庭で地元のファンといっしょに高層階にあるマイケルの部屋を見上げていた。

そのうち、ファンの声援に応えてマイケルはバルコニーに姿を現し、下に向かって手をふってくれる。そんなやりとりの中で、2人はラッキーなことに、マイケルが書いたバナーをゲットすることができたのだ!

夕方、2人はホテルのロビーに待機し、コンサートに出かけるマイケルを待っていた。大都会のシドニーとは違い、ブリスベンでは、ロビーにいるファンの姿もまばらだ。(これは、また写真が撮れるシチュエーションかも・・・!)

まもなくエレベーターが降りてきて、中から姿を現したマイケル。鮮やかなブルーと黄色のシャツに、ステージ用のメイクで、近寄りがたいほどオーラは全開だ!

エレベーターホールからエントランスまでの長い通路の途中で、Eちゃんがマイケルに「いっしょに写真が撮りたい!」と声をかけると、マイケルはすぐに「OK」と応え、2人がもらったバナーをいっしょに持って記念撮影をした。(バナーには、マイケルの手書きでメッセージやサイン、イラスト、ハンドプリントがビッシリと書かれ、いまでも宝物として大切にYちゃん宅に保管されている。)

シドニーでは3人の集合写真だったため、今回は「ツーショット写真」がどうしても撮りたかった2人。Eちゃんが先にマイケルと写真を撮り、少し離れた場所でYちゃんがスタンバイしていると、マイケルはヤニックに先導され、そのままエントランスに向かって歩き出してしまった!

まさかの展開に、Yちゃんが「マイコ~~」と悲しそうな声で呼びかけると、パッと振り返ったマイケル。

「ソーリー」と、申し訳なさそうな顔で立ち止まり、改めてYちゃんと写真を撮ってくれた。(Yちゃんは半分涙目になっていたのだが、なぜかマイケルの目までうるうるしていた)

2人と写真を撮ったあと、マイケルはそのままエントランスを出てコンサート会場へと向かった。

ついに、念願のツーショット写真を撮ることができたEちゃんYちゃん!

しかし、当時はデジカメではなくフィルム式のカメラだったため、どんな風に写っているのか、もしかして失敗して何も写っていないのかは、現像するまでわからない。

翌日現地の写真屋さんに駆け込み、ドキドキしながら写真を確認して、2人は心底ホッとした。

そこには、キラキラと輝くばかりのマイケルと、笑顔の自分たちがくっきりと写っていた!

そして、メルボルンへと飛び立つマイケルに別れをつげて、2人のオーストラリア追っかけは終了した。

振り返ればシドニーでは、マイケルが乗ったバンにEちゃんが足をひかれたり、Yちゃんがプレミア会場で手帳を盗まれたり、トラブルもあったものの、マイケルとの距離はまた一歩近づいた気がした。

日本に戻った2人から追っかけの成果をこと細かに聞き、大絶賛の拍手をおくりながら、わたしの心は早くもオーストラリアへと飛んでいた。

次にマイケルに会ったら、渡したいもの、伝えたいことがたくさんある。

1カ月の長期休暇を前に、ハードな仕事をなんとかやり終えたわたしは、11月末、はやる心を抑えながら、オーストラリアの西海岸「パース」へと飛んだ!

【バックナンバー】リアル・マイケルジャクソン ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話
[Vol.21]_1996年HISTORYツアーinシドニー_初めての記念撮影!
[Vol.20]_1996年HISTORYツアーinバンコク_コンサート&ミリタリー撮影現場へ!
[Vol.19]_1996年HISTORYツアーinバンコク_突然の撮影会で号泣!
[Vol.18]_1996年HISTORYツアーinバンコク_3連休で急遽バンコクへ!
[Vol.17]_1996年HISTORYツアーin高雄_最前列でコンサート!そしてひと時の別れ

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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