リアル・マイケルジャクソン [Vol.28]_1996年HISTORYツアーin東京_4年ぶりのキャピ滞在。 ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2013年3月14日 17時30分

キャピトル東急ホテルの前にて。寒空の下、連日大勢のファンで賑わった。

マイケルが来日してから、飛ぶように毎日が過ぎていた。

師走のこの時期、マイケルが来日公演を行うのは、1988年、1992年に続き、これが3度目となる。クリスマスを3回もマイケルとともに過ごせるなんて、何度もいうが、日本のファンは本当に幸せだ!

しかも、今回の「HISTORYツアー」は、これまでのツアーとは決定的に違う点があった。

マイケルのファンサービスが、とにかく半端ではないのだ!

過去の来日では、VIP通路や裏口をとおり、人目につかないように出かけていたマイケル。それが今回は、外出やコンサートのたびに、派手にロビーを歩いてくれる。長時間張り込んでタクシーで追いかけなくても、ロビーにいれば、目の前でマイケルが見れるのだ。運がよければ、サインや握手だってしてもらえる!

ファンの数は日に日に増え、キャピトル東急ホテルのロビーは大混乱になっていった。ホテル側の警備もこの状況に不慣れなせいか、初めのうちはロープもはっておらず、マイケルが現れた瞬間、「キャー!」「ウォー!」という歓声とともに、雪崩のようにファンが押し寄せていた。

「危ない!」「ちゃんと整列してみようよ」と、比較的冷静なファンと、そう思ってはいるものの、目の前にマイケルが現れると理性がぶっとんで突進してしまうファン。

わたしたちは、もちろん前者なのであるが(ホント)、堂々としてヘンに目立つせいか、ホテルの支配人から早々に目をつけられてしまった。

あるときなど、何もしていないのに、「この人たちが一歩でも動いたら警察呼んで!」と、目の敵のように言われてしまったりもした。

(なんだろなー、よっぽど相性が悪いのかな)その支配人、Yさんに日々睨まれながらも、わたしたちは周りのファンに声をかけた。「みんなで落ち着いて、並んでマイケルをみよう!」「突進するのはやめよう」

あるとき、わたしたちは、その場に座ることを提案した。みんなで座っちゃえば、マイケルを追って走ることもないし、後ろに立っているファンからもマイケルの姿がよく見えるはずだ。近くにいたファンは、みんな賛同してくれ、自主的に体育座りをして行儀よくマイケルを待った。

「今日こそ、みんなでマイケルを見よう!」うまくいきますように・・・と祈ったものの、実際にマイケルが現れると、それを追って入口付近のファンがドドドーッと雪崩込み、エレベーターの前に座っていたわたしたちは、見事に下敷きになってしまった。もちろんマイケルの姿は微塵もみることができなかった。

(だめだこりゃ。やっぱりホテル側がロープをはってくれないと厳しいよ~)

ガックリ肩を落とすわたしたち。その一部始終を、支配人のYさんが遠くからみていた。そして、その日からYさんのわたしたちに対する態度はガラリと変わった。

「あなたがたは立派ですね」と、優しい言葉をかけてくれるようになったのだ。

Yさんとは、その後、何年にもわたって親交が続くほど大の仲良しになってしまった。(警察を呼んで!は、わたしたちの間で笑い話になった)

結局、途中からロープがはられるようになり、警備もファンもお互いに慣れてきて、比較的落ち着いてマイケルをみることができるようになっていった。

世界各地でみてきたのと同様に、ここ日本でも、マイケルはひたすら無心にサインを書きまくっていた。ファンが求めるものに出来る限り応えよう、というマイケルの気迫が伝わってくるようだった。

そんな中にあって、わたしたちの想いは、日に日に切羽詰っていた。

「なんとしても、あと一人、ステージに上がらなければ!」

2日目のコンサートでは、わたしたちの後ろの列から女の子が選ばれた。東京公演は残すところあと2回。わたしの緊張とストレスはピークに達し、お腹の調子が悪いことも相まって、ゲッソリと体重が落ちてしまった。Eちゃんは風邪、Yちゃんも具合が悪い。これまでの旅の疲れが一気に出てしまったようだ。

12月17日、ついに東京公演3日目。ここで上がれなければ、あとは最終日しかない!

そのときのわたしの心境は、オリンピックで金メダルを期待される柔道選手のようだった。(多分)

取って当たり前。上がって当たり前。前の2人は見事金メダルを獲得した。自分も取らない訳にはいかない!

Yちゃんは赤い服、Eちゃんは青、ということで、わたしは黄色いキャミソールを着た。ぜったいに今日、この洋服でステージに上がるんだ!!

すっかり「定位置」となった前から5列目に3人で並び、いよいよコンサートがはじまった。

会場が暗くなった瞬間、わたしたちを含めて周囲がいっせいに叫ぶ!騒ぐ!飛び跳ねる!わたしたちのブロックから2人連続でラッキーガールが選ばれたことで、この一帯が異様な盛り上がりをみせたのだ。

周囲の観客がびっくりしてこちらをみるくらい、ここだけが「ワールド級」の大騒ぎだった。(マイケルは4回ともこのエリアをめがけてビリー・ジーンの帽子を投げてくれた)

ゼー、ゼー、く、苦しいっ(泣)

叫ぶんだ!跳ねるんだ!と頭で思いながらも、食事も睡眠もろくにとっていない日々、体力は早くも限界だ。でも、後悔したくなければ、いま頑張るしかない!

もうオン・ステージを果たしたEちゃんもYちゃんも、力の限りいっしょに叫ぶ!

ついに曲は「YOU ARE NOT ALONE」にさしかかった。

またしても、刺青のスタッフとビデオを抱えたハミードがステージから降りて、ゆっくりと通路を歩いてくる。通り過ぎて後ろに行ったまま、戻ってこない。怖くて後ろを振り向けない!もう選ばれるには遅いタイミングだ。(ああ、今日もダメか)と思った瞬間、後ろから突然ライトで照らされた!

「カモン!!」

誰かが後ろから叫ぶ!わたし?わたしに言ってるよね!?

持っていたペンライトとファーを椅子に放り投げ、わたしは柵の向こうのスタッフに飛びついた!

【バックナンバー】リアル・マイケルジャクソン ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話
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[Vol.26]_1996年HISTORYツアーin東京_タワーレコードのイベントに参加!
[Vol.25]_1996年HISTORYツアーinマニラ_VIPパスで最前列へ!
[Vol.24]_1996年HISTORYツアーinマニラ_ひと足早いクリスマス。
[Vol.23]_1996年HISTORYツアーinパース_涙の記念撮影!

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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