リアル・マイケルジャクソン [Vol.36]_1996年HISTORYツアーin福岡_マイケル離日! ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2013年5月9日 17時30分

福岡空港からブルネイへと出発するマイケル。他はツアースタッフとの記念写真。

12月29日、いよいよマイケルが日本を発つ日がやって来た。

10月からスタートし、足掛け3カ月に及んだわたしたちの旅も、この日で一区切りとなる。

初めてワールドおっかけに挑戦して、世界各地を飛び回って、わたしたちが得たものは、何物にも代えがたい「経験」だ!

会社を休み、たくさんの出費をし、睡眠も食事もそこそこにマイケルを追って駆けずり回る日々。でも、大変なことなど何ひとつなかった。思い浮かぶのは、ただただ楽しい想い出ばかりだ!大人になるほどシガラミが増え、好きなことに100%時間をつぎ込めるのは、それだけで至極の贅沢なのだ。

マイケルは、27日の夜、クリスマスに一緒に撮った写真にそれぞれサインをしてくれた。それが、福岡で最後に対面したマイケルだった。(1枚1枚余白を考えてバランスよく描いてくれるのが、さすがの職人技だった!)

「マイケルに覚えてもらいたい!」

当初のわたしたちの願いは、今回の旅で、想像以上に叶えられた。

そして、マイケルとの交流を重ねるうちに、わたしたちの中に新たな目標が生まれていた。

わたしたちは、利害関係がからむ仕事上の関係者でもなければ、ただ物珍しさに群がるやじ馬でもない。あくまでも「ファン」だ。そして、ファンだからこそ築けるマイケルとの関係があるんじゃないか?無数の人に囲まれているか、貸し切りで人払いをしているか。そんな、極端なマイケルの「日常」が思い浮かぶ。

友だち。マイケルと友だちになりたい。そんなの無理だって、世間の人は笑うだろうか?

でも、地位も国境も人種も、きっと何一つ関係ないのが「友だち」だ。(ボールだってトモダチになれるのだ!)

マイケルにとって、友だちは無制限にいたっていいのだから、普通のOLが頑張ってみる価値は充分にある!いつでも会えなくても、多くの言葉を交わさなくても、心が通じていれば「友だち」なのだから。

最後の夜、わたしたちは、この3カ月ですっかり仲良くなったツアースタッフと記念写真を撮り、翌年から予定されているヨーロッパツアーでの再会を誓った。

お馴染みのビデオクルーの面々、アヌー、ドラマーのモフィット、ダンサーのジェイソン&クリス(←後にJ・ロペスと結婚!)、衣装デザイナーのマイケルブッシュ、etc・・・みんな、ひとときの別れを惜しんでくれた。

そして29日の昼過ぎ、たくさんのファンに見送られて、マイケルは次の都市ブルネイへと出発した。鮮やかなブルーと黒のシャツが印象的なマイケルは、最後にわたしたちを見つけて手を振ってくれる。

(ああ、これで、しばらくマイケルに会えないんだ…)

視界からマイケルが消えたあと、わたしたちは、長い長い夢から覚めたように、しばらくその場で放心していた。ポッカリと心の真ん中に穴があいたような、寂しさと愛おしさがごっちゃに混じったような、複雑な気持ちだ。

少したって、落ち着いて周りをみると、日本側の関係者がまだ数人残っている。そして彼らは、「来年また日本でコンサートがあるかもしれない」、という衝撃的な話を教えてくれた!その時点では、北海道や大阪も加わり、ツアーで日本を横断する大掛かりな計画があるようだった。

それを聞いた瞬間、(ひえ~そんなに休めないよ!)(また徹夜でチケット並び?)と真っ青になり、マイケルとの別れの余韻もふっとんでしまった!

(さらに、アジアの各都市やオーストラリアなど、ツアーの候補地は続々と追加されたが、最終的にはすべてキャンセルとなり、97年のHISTORYツアーはヨーロッパと南アフリカのみとなった)

その後、ようやく重い腰をあげて、福岡から東京へと戻る深夜バスを手配した。

わたしたちの手には、ずっと欲しかったHISTORYツアーのスタッフジャンパーがある。福岡で最後だと知ったマイケル側の関係者が、特別に3枚かき集めて用意してくれたのだ。ラム革の重厚感あるスタッフジャンパーは、1996年、全力で頑張ったわたしたちへの最高のご褒美だ!

さあ、明日からまた日常だ!年が明けたら会社に行って、長く休んだお礼にたくさん残業して、次にワールドおっかけに出発する日まで、精一杯働こう!

こうして1996年ワールドおっかけの旅は、たくさんの想い出を残して幕を閉じたのだ。

【バックナンバー】リアル・マイケルジャクソン ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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