リアル・マイケルジャクソン [Vol.42]_1997年inスペイン_バリャドリードでコンサート! ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2013年6月20日 17時30分

マドリードで撮ったツアースタッフ、ファンとの記念写真。右はバリャドリードのチケット。

1997年8月31日、36歳という若さでダイアナ元皇太子妃がこの世を去った。

そのニュースは、瞬く間に世界中を駆け巡った。

恋人とともにパリに滞在していたダイアナが、パパラッチとのカーチェイスの末、トンネルの壁に激突して亡くなったのだ。その、あまりにも衝撃的な出来事は、日本でも連日トップニュースとして報道された。世界中の人々が驚き、哀悼の意を表したダイアナの死は、当時パリに拠点を置き、ヨーロッパツアーの真っ最中だったマイケルにも大きな影響を及ぼした。死の一報にショックを受けたマイケルは、当日のベルギー公演をキャンセル。3日後の振替公演をダイアナに捧げたのだ。(常に世界中から注目されるという似通った境遇にいた2人は、以前から親交があった)

そして、わたしたちにとっても、この出来事は二重の意味で衝撃が大きかった。ちょうどこのタイミングで、再びヨーロッパツアーに出発していたのだ!

わたしたちが向かったのは、ベルギーのあとに予定されていたスペインのバルセロナとバリャドリード(マドリード近郊)の2都市であるが、バルセロナに到着してみると、新聞各誌に「公演キャンセル!」の文字が大きく載っていた。ああ、N.Yに続く、2度目のキャンセルだ…

(マイケルにひと目会いたい!)ただそれだけのために、コツコツと資金を貯め、仕事を調整し、この日が来るのを指折り数えていたのだ。長時間のフライトの疲れもあって、ガックリと全身から力が抜けた。

しかし、そこは立ち直りの早いわたしたちである。せっかく来たバルセロナの街を、張り切って観光することにした!マイケルの心情を思うと、とてもステージに立つ気持ちになれなかったのは理解できる。たまたま自分たちが、このタイミングで飛んでしまったのだから仕方がない。

街に繰り出してみると、9月のバルセロナは観光にピッタリの爽やかな気候だった!サグラダ・ファミリアやグエル公園など、ガウディの残したさまざまな建築物を観てまわり、当時はまだ日本に進出していなかった「ZARA」や「MANGO」で洋服を買いまくり、夜は地元のレストランで新鮮なシーフード料理を堪能した。ああ、これって、すっかり普通の「観光コース」だ。意外にも楽しいじゃないか!(空元気!)

次のバリャドリードもキャンセルを覚悟していたのだが、デパートのチケット売り場(チケットセゾンのような場所)に情報収集に行くと、「9月6日のコンサートは開催する予定」とのことで、わたしたちは心から安堵した。よかった、なんとか最後にコンサートを観ることができそうだ!

寝台列車でバルセロナからマドリードに移動し、さっそくバリャドリードのコンサート会場へと偵察に行く。そこでは、2日後のコンサートに向けて設営作業が着々と行われており、地元のファンも何人か集まっていた。ああ、ホントのホントに開催されるのね(泣)

それからコンサートまでの間、わたしたちはツアースタッフの面々と再会したり、マドリードの市内観光に出かけたり、地元のファングループと交流しながら過ごした。

そして9月6日、いよいよバリャドリードでのコンサート当日となった!

前日に再会したダンサーのクリスが、わざわざゲートまで迎えに来てくれ、わたしたちをVIPに誘導してくれる。しかし、この日のアリーナは観客が驚くほど少なく、わたしたちはすぐにフィールドに降りてステージのそばへと移動した。日本で作ってきた最新のタレ幕をマイケルにアピールしなければ!

オープニングの直前、ステージの横に立つウェインがわたしたちに気づき、手に持ったライトをチカチカと照らして合図してくれる。よかった!ウェインはわたしたちがこの場にいたことを、あとでマイケルに伝えてくれるに違いない!

ステージのマイケルは、いつもどおり、完璧なパフォーマンスをみせてくれた。でも、全体に曲数は少なく、96年から比べると、徐々にスケールダウンをしている感は否めなかった。(マネジメントの変更による予算の縮小、人員の削減と、いろいろあったのだ)

バリャドリードで最後のステージを堪能できたわたしたちは、1997年のハードすぎるヨーロッパツアーを終了した。(その後、HISTORYツアーは10月15日のダーバンで幕を下ろした)

やりきった!頑張った!我ながらよくやった!…とは思えない、なんともいえない「やり残した感」が今回は残った。(特にわたし)このまま97年を終わりたくない。ちゃんとマイケルに会いたい!

ツアーが終わったあとも、海外の情報を引き続き収集していたわたしたちは、11月初旬、ドイツのTV番組「WETTEN DASS?」にマイケルが出演するというニュースを知った。

この番組は、以前もマイケルが出演した実績があったため、わたしたちは迷わずドイツに飛ぶことを決めた!しかし、出発の2日前に、「WETTEN~への出演は急遽キャンセルになった」と情報が入ったのだ!えええ、またキャンセル~~!?

慌てて航空券やホテルもろもろキャンセルしつつ、(ああ、今年はもう会えないのか…)とガックリ肩を落とす。「ドイツに行ってくる!」と散々社内で言いまくり、強引に休みをもらっていたのに、これじゃまるで狼少年だ。

そんなとき、マイケルの妹であるジャネットジャクソンが、ニューアルバムのプロモーションのために来日した。ドイツに行けなかった欲求不満?を解消するかのごとく、わたしたちはジャネットを追いかけることにした。

そして、ここからわずか1週間の間に、今年度最大の驚くべき出来事が起きるのだ!

【バックナンバー】リアル・マイケルジャクソン ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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