リアル・マイケルジャクソン [Vol.50]_1998年inソウル_大統領就任式で韓国へ! ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2013年8月13日 17時30分

1998年、エバーランドでのマイケル。

1998年2月21日(土)、わたしたちはソウルへと飛んだ。もちろん目的は、「金大中大統領就任式」に出席するためソウルにやってくるマイケルに会うためだ!

実は、その直前の16日、またもやウェインと韓国関係者がビジネスのため来日しており、18日に彼らがソウルへ発つまでの間、何度かキャピで会うことができた。そのとき、韓国でのマイケルのスケジュールを教えてもらったわたしたちは、25日の就任式を待たずに帰国することを決めていた。あまり有休が残っていなかったのと、就任式当日は忙しく、マイケルに会えるチャンスはないだろうと言われたからだ。

何より、「マイケルは近々ビジネスで日本にやってくる!」という韓国関係者の言葉が、わたしたちを落ち着かなくさせていた。これだけウェインが頻繁に来日しているからには、きっとその日は近いのだろう。「いざ日本!」というときに、会社を休めないのは本当に困る。ということで、今回は無理をせず、土日を含めて3泊4日の日程を組んだのだ!(近いって素晴らしい!)

21日はまだマイケルが到着していなかったため、明洞で1日ショッピングを楽しむ。そして22日の夕方、わたしたちは、専用機でソウルへ到着したマイケルを出迎えた。前回の「極秘」の来韓とは違い、今回は、国をあげての大イベントに公式なゲストとしてやってきたマイケル。空港も滞在先の新羅ホテルも、大勢のマスコミはもちろん、地元ファンや日本のファン、一部ヨーロッパからやってきたファンでいっぱいだ!数百人のファンが、それぞれの思いを胸に、マイケルを一目みようとこの場所に集まっている。この独特の熱気と緊迫感は、追っかけの現場でしか味わうことのできない、マイケルのスターとしての「リアルな存在感」そのものだ!

大歓声の中到着したマイケルは、空港から宿泊先の「新羅ホテル」に直行し、その日は出かけることはなかった。わたしたちは、ウェインや韓国関係者にあいさつをしたり、マイケルとともにやってきたスキッパーと久々に笑顔の再会をした!そして、明日のスケジュールについて確認すると、マイケルは「エバーランド」という大型のテーマパークを訪問するらしい。これまでも、ロッテワールドやチルドレンズパークなど、来韓のたびにマイケルはさまざまな遊園地を訪れており、そのたびに一緒に園内をまわることができたわたしたち。テーマパークには「運」があるに違いない!ということで、今回も張り切ってタクシーで追いかけることにした!

そして、翌日のお昼頃、マイケルはロビーに現れた。あまりの人の多さに、わたしたちはロビーでマイケルを見るのをあきらめて、エントランスから外に出てバンのそばでマイケルを待つ!「キャー!!」「マイコー!!!」大歓声の中、マイケルはあっという間にバンに乗り込む。その周囲を警備員が取り囲み、わたしたちは、ロビーからなだれ込んできた大勢のファンとともに、バンの手前で止められる!

「マイコー!!」

目の前のバンにむかって叫ぶ!スモークが貼られた窓の奥は何も見えない。警備員のガードは固く、どうやってもそれ以上は近づけない!地元ファンの悲鳴!大絶叫!(ダメだー、もうタクシーに乗ろう!)…その場を離れようとしたとき、横からウェインが現れ、現地警備員に対して「彼女たちを通すように」と指示をだす。突然サッと警備員が引き、わたしたちはウェインに腕を引かれてバンの扉の前に連れていかれた。「中に入りなさい」って…ぎゃあ、まさかこの状況で、バンに入れてもらえるの!?

Eちゃんがバンに飛び込み、続けてわたしが入ろうとすると、Yちゃんが隣にいない!慌てて後ろをみると、ヨーロッパ系のボディーガードにガッチリ「通せんぼ」されているではないか!「ちょちょ、ちょっと!YちゃんはOKだよ!」必死にYちゃんの腕をつかんで引き入れようとするも、「絶対にファンをバンに近づけてはならない!」と頑なに職務を守っているではないか!すかさずウェインがやってきて、彼に向って「彼女を通すように」と指示をだし、無事Yちゃんはバンへの道を通された。(後で彼はYちゃんに謝りに来てくれ、その後わたしたちと深い信頼関係を築くことになる)

ようやく3人でバンの中に入ると、ウェインは外からバンの扉を閉めて、どこかに行ってしまった!バンの中に残されたのは、マイケルとわたしたち3人だけだ!

「ハーイ」

目の前に、3カ月ぶりに会うマイケルが、ニコニコと満面の笑みで座っていた。

【バックナンバー】リアル・マイケルジャクソン ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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