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リアル・マイケルジャクソン [特別編]_マイケルが伝えたかった曲。 ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2013年8月29日 17時30分

1996年来日時のマイケル。いつもマイケルは子どもたちに囲まれていた。

この連載がスタートして、早いもので1年がたつ。

8月29日。55年前のこの日、マイケルはインディアナ州ゲイリーで誕生した。

6月25日の命日よりも、7月7日の追悼式よりも、わたしたちにとって、誕生日であるこの日への想いは強く、そして重い。ファンになって以来、欠かさずマイケルのバースデイを祝ってきた歴史と思い出があるからだ。

8月29日。世界中のマイケルファンが特別な想いを寄せるこの日、いつもの連載に代わって、マイケルの「曲」にまつわるエピソードをひとつ書こうと思う。

1998年7月28日、わたしたちは、ビジネスで東京を訪れていたマイケルに会った。(この来日の詳しい記述はVol.52~連載予定)

その日、キャピトル東急ホテルの10階では、筑紫哲也さんがマイケルにインタビューを行っていた(TBSの「NEWS23」)。わたしたちは、このあとマイケルが帰国してしまうこともあり、急きょ部屋に呼んでもらえたのだ。

インタビューは終盤だった。強烈なライトが灯るセットの前で、マイケルと筑紫さんが向かい合って座っている。マイケルは、とても誠実に質問に答えているように見えた。しかし、最終的に、このインタビューはお蔵入りになってしまった。そもそもマイケルは、インタビューにはめったに答えないことで有名だ。さらに今回は、マイケル側から厳重な「質問リスト」が用意されていた。さすがに帰国前の短時間で、それを切り崩すことはできなかったのだ。

仕事が終わったマイケルは、わたしたちを見て、「ああ、来たの!」と笑顔で立ち上がった。さまざまな関係者や収録用の機材に囲まれたマイケルは、ちょっと落ち着かない様子で、知っている顔を見て明らかにホッとしているようだった。そして、いくつかの言葉を交わしたあと、マイケルはわたしたち3人を見回して、おもむろにこんな質問をしたのだ。

「ねえ、Children's Holidayって知ってる?」

それは、マイケルが作詞作曲をし、日本の歌手(J-FRIENDS)に提供したチャリティーソングだった。阪神・淡路大震災の復興支援プロジェクトとして、この年の1月に販売されていたのだ。

「マイケルがジャニーズをプロデュース!」と大きな話題となったため、わたしたちもこの曲のことは知っていた。「もちろん!」とこたえ、サビの部分を歌う。すると、マイケルの表情が一瞬でパーッと輝いた!

ウェイン!みて!彼女たちが歌ってるよ!

マイケルは、わたしたちが「Children's Holiday」を歌う様子をみて、途端にソワソワと落ち着きがない。興奮で、感情がどんどん表に溢れているようだ。

そして、ついにマイケルは全身でリズムをとりはじめた!「Children's Holiday」は、ゆったりしたテンポの優しい曲なのだが、足、肩、首で正確にリズムを刻み、自分でも歌いだすマイケル。カ、カッコイイ!ああ、マイケルって、本当に生まれながらのダンサーでありシンガーだ。軽くメロディーを口ずさむだけで、ここまでオーラ全開で絵になってしまうのだ!(泣)筑紫さんが驚いている。さっきまで当たり障りのない受け答えで本音のみえなかったマイケルが、突然日本のファンといっしょに歌っているのだ。

ああ、歌えてよかった。覚えていてよかった。まさか、「Children's Holiday」についてマイケルから質問されるなんて、まったくの予想外だった。

そしてわたしたちは、改めてマイケルの心情を思った。日本の復興支援のために、そして被災地の子どもたちの未来のために、マイケルは本気で心を砕いていてくれたのだ。自分の想いを込めた曲が、日本でどのように浸透しているのか、気になっていたのだろう。

ちなみに、ファンなら誰もが知っていることだが、あの「ウィーアーザワールド」を作詞作曲したのもマイケルだし、生涯にわたる多額な寄付金でギネスに認定されているのもマイケルだ。その慈善事業の功績で、マイケルはノーベル平和賞にも2度ノミネートされている。マスメディアはマイケルの美談には触れず、ありもしないゴシップばかりをことさらに強調して報道し続けてきた。それがどんなに愚かで残酷なことか、失うまで気づかなかったのだろうか?

それでもマイケルの信念は変わることなく、実際に世界中の病院や孤児院、養護施設を自分自身で訪問し続けた。子どもたちの幸せを願うマイケルの「想い」を垣間見ることができた出来事だった。

マイケルが、日本の復興を願い、日本のために提供してくれた特別な歌「Children's Holiday」。

たくさんの言葉にならない想いが溢れ出る今日、もう一度、空を見上げて口ずさんでみようと思う。

【バックナンバー】リアル・マイケルジャクソン ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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