リアル・マイケルジャクソン [Vol.52]_1998年in東京_2年ぶりの来日へ! ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2013年9月5日 17時30分

1998年月7月27日、ホテルオークラで記者会見を行ったマイケル。

1998年4月6日、スポーツ新聞でマイケル来日に関する詳細を知ったわたしたちは、その日のうちに行動を起こした。 日本側のキーマンである(らしい)K氏に、面談のアポイントを入れたのだ。

マイケルの周囲には、常にさまざまな思惑が渦巻いている。生き馬の目を抜くようなビジネスの世界において、本来、「ファン」の存在など蚊帳の外だ。連絡をしたところで相手にされないかもしれない。・・・と、一般論で考えればそうなのだが、ここで躊躇していたら何も進まない。「とにかく動く!」それが、わたしたちが長年の追っかけで学んだ鉄則だ!

そして4月某日、わたしたちはK氏と会うことになった。開口一番、「あなたたち、エライね!」と、ソウルで会ったときとまったく同じことを言われる。一銭の稼ぎにもならないことに、大真面目で人生をかけている様子に、彼は心底感心してくれたのだ。

新聞に書かれていた内容について直接確認すると、概ねその通りであることや、その後のスケジュールについて教えてくれる。そして、それを機にわたしたちは、毎週のようにさまざまな関係者とキャピトル東急ホテルで顔を合わせるようになった。ときにウェインが来日し、ときにミステリー社の社長(※97年HISTORYツアーのスポンサー)ディーターが加わる。当初5月に予定されていた来日は延期され、その間にマイケルはニューヨークで何度かレコーディングを行い、そして7月、ついにマイケルの来日が確定した!

この3カ月の間に、わたしたちは、マイケル来日にまつわる主要関係者から、すっかり「内輪の人間」として扱かわれるようになっていた。もちろんビジネスのテーブルについて、意見を述べるような立ち位置ではない。あくまでも「ファン」として、蚊帳の中にいることを許されたのだ。

ちなみに、当時日本で計画されていたビジネスプランとは、大まかに次のような内容だった。

・こども向けのテーマパーク「ワンダー・ワールド」を横浜ほか国内外2カ所に建設。
・キャラクターグッズ、おもちゃなどを扱う「ワールド・オブ・トイズ」の全国ショップ展開。
・収益の一部を「マイケル・ジャクソン基金」としてチャリティー事業を行う。

総事業費200億円ともいわれる複合事業をマイケルと日本企業が共同で立ち上げ、プランの実施・運営のために「マイケルジャクソン・ジャパン株式会社」を設立する。このビジネスプランの着想はマイケル本人によるものであり、事業費の半分をマイケル自身が出資する。そんなふれ込みだった。その記者発表のために、マイケルは来日することになっていたのだ。

まるで「第二のディズニー」を目指すかのように壮大な構想だ!それだけに、ファンのわたしたちですら、この計画は本当にうまくいくのだろうか・・・と不安に思う点も多々あった。当時、日本のテーマパーク建設ラッシュはとうにピークを過ぎており、日本経済は不景気の真っただ中にいた。マイケルの資産と知名度をもってしても、はたしてこの事業は採算がとれるのだろうか?

(どうか、日本でのビジネスが、マイケルにとって良い方向に進みますように)

そして1998年7月24日、公式の訪問としては1年7カ月ぶりに、マイケルは日本にやってきた!わたしたちは、おのおの会社を早退し、その足でキャピトル東急ホテルに向かってチェックインをする。支配人のYさんがニコニコしながら部屋のキーを渡してくれる。もちろん宿泊階は、マイケルと同じ10階だ!

そしてわたしたちは、このあとマイケルの日本滞在における一部始終を間近で見ることになるのだが、それは、当初の予想とはやや異なる方向へと走り出していったのだ。

【バックナンバー】リアル・マイケルジャクソン ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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