若者と人生とを真面目に語ってみる。仮面ライダー鎧武。

インフォシーク / 2013年12月24日 17時30分

青春まっさかり!!! 仮面ライダー鎧武。…本当の敵は、誰だ?!

「何かを成し遂げられる力が欲しいと…そうすれば大人になれると…オレたちの誰もが願っていた。でも大人ってのは、なろうと思ってなるものじゃない。ただ…子供でいられなくなるだけのことだったんだ」

これは12月23日に放映された仮面ライダー鎧武・第11話のセリフである。発したのは主人公・仮面ライダー鎧武だ。ちなみに「…」は、雰囲気を伝えたくて私の独断で入れている。お許し願いたい。

このセリフを聞いて「なんのこっちゃ…」と思ったお父さんお母さんは多かったのではないか。もう多感だった頃の悩みは、遠い海の彼方に投げ捨てているのが普通である。それが正しい大人なのだ。

ただ、10~20代の若者は共感したのかもしれない。そして恥ずかしながら、40歳である私は、自身がそう考えていたことを思い出したのである。

若い頃、いつも自分には何かが欠落していると思っていた。だから、大人になれないのだ、と思い続けた。そんな自分を埋めたくて、好きなことをしていた時期もある。他人よりも遅かったが、とにかく社会に属そうと飛び込んだとき、社会はそれまで自分がバカにしてきたつまらない大人ばかりの世界であることを、ようやく知った。そして、彼らこそが立派に社会を動かしている、という事実に愕然とした。

なかなか大人になれなかった私は、さらに大人になることへの失望感に打ちのめされた、というのが本音である。

今は、社会に属しながら自分らしく生きることが不可能ではないと、ようやくわかってきたわけだが、それでも実に15年ほどの年月をかけてようやく気づき始めたほどだ。遅すぎる。お恥ずかしい話である。

仮面ライダー鎧武は、ストリートダンスに興じる若者たちが登場人物だ。踊る場所を巡ってグループ同士で小競り合いをしているあたり、いかにも若さである。そしてストーリーの中では、彼らが自分たちの価値観で何かを成し遂げようとすればするほど、理不尽な大人の思惑にはまっていくのだった。

第11話においてその事実に気づいた主人公は、愕然とし、拳を打ちつけ怒り、戸惑い、のちに冒頭のセリフをつぶやくのだ。

ただ、間違えてはいけない。このセリフは、あくまで過程のセリフだ。つまり、仮面ライダー鎧武のメッセージではない。

これから、このセリフを発した彼らは、人生において初めて世界や社会や大人と対峙していくことになる。

そう、まだ話は始まったばかりだ。

人間とは不完全なものだ。大事なことは、不完全であることをすべて受け止めて、全身で思いきり歩くことなのだろう。若い頃に考えていた自分らしさなど、たいした自分らしさではないことは、やはり年月が経たないとわからないものなのだ。

そして、若さゆえの勢いや過ち、それもれっきとした不完全な自分の一部であり、全て飲み込めば、それでいいのである。勘違いしてほしくないが、それを自慢げに吹聴したり、何歳になっても自分の存在の拠り所にしていては、意味がない。

岡本太郎の言葉にこんなものがある。

「他人に対して自分がどうであるか、つまり、他人は自分のことをどう見ているかなんてことを気にしていたら、絶対的な自分なんてものは無くなってしまう」「ふつう自分に忠実だなんていう人に限って、自分を大事にして、自分を破ろうとしない」「自分に忠実に生きたいなんて考えるのは、むしろいけない。そんな生き方は安易で甘えがある…(略)…」

若い頃、出会いたかった言葉である。

いつもよりもはるかに真面目な話を書いてしまったが、仮面ライダー鎧武。今まではフルーツで変身で、あーでこーで、どうして、仮面ライダーはこれでいいのか?! どうなってしまうのか~!(ガチンコ・ファイトクラブ風!) …という視点にいきがちであったが、ここからガクンと話が変わっていきそうだ。

仮面ライダー鎧武が、最終的にどのようなメッセージを用意しているのか。楽しみでならない。彼らの本当の敵は、何なのか! すでに、名作の予感がする!

…えっ? 仮面ライダー鎧武って、ターゲットをきちんと子供に置いているのかって?

ひとまず、見ていこうではないか。面白いのだから!

【バックナンバー】仮面ライダー徒然草はこちら

ガッケンター
1973年1月生まれ。芸術家。ライター。MC。芸術活動のかたわら、仲間と協力してゆるゆる映画応援サイト「ガッケンターサイト」の運営や、映画監督や俳優もゲスト出演する「ガッケンターTV」(インターネット)の製作、映画の宣伝などをしている。

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