リアル・マイケルジャクソン [Vol.70]_2000年inモナコ_続・マイケルとご対面! ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2014年1月23日 17時30分

マイケルのスイートルームにて記念撮影@モナコ

マイケルは、わたしたちを順番に見回して、こう言った。

「明日のショウには来てくれるよね?」

そう、明日、5月10日は「モナコ・ワールドミュージックアワード2000」が開催される日だ!今回マイケルがモナコに来たのは、このイベントで、栄えある「ミレニアム・アーティスト賞」を受賞するためだ。もちろん、わたしたちもその場に居合わせて、マイケルに黄色い歓声を送りたい!…送りたいのは山々なのだが、わたしたちはチケットを持っていなかった。

行きたいけれど、まだチケットがないからわからない、とマイケルに言うと、「オオ…」と表情が曇る。でも、わたしたちがチケットを持っていないのは、全くもって、いつものことだ!特に海外の場合は、現地に行ってから、なんだかんだで運よく調達できたケースがほとんどだ。過去、マイケルの側近であるウェインやボビットさん、現地のプロモーターなどさまざまな人に助けられてきたが、こうして直接マイケルに状況を伝えたのは、そういえば初めてだ。

マイケルは、少しの間、何かを考えていた。(チケットが欲しいと言えば、用意してくれるのかも…)その様子みて一瞬思ったものの、わたしたちは何も言わなかった。マイケルが用意したいと思えば動いてくれるだろうし、その気持ちがないとしたら無理にお願いはしたくない。それに、朝食の場で知り合った日本人カメラマンのYさんが、チケット調達について相談にのってくれていたのだ。まあ、いつものように、なんとかなるだろう!

そのあと話題は変わり、マイケルの子どもたちの話、わたしたちの日本での生活についてなどを話す。なにしろ1年ぶりの再会なのだ!マイケルのソフトな声や話し方は、それ自体が心地よい音楽のようだ。出来るなら、ずっとずっと聞いていたい。このまま時間が止まってくれればいいのに!

…それにしても、「仕事を休んで駆けつけた!」とか言われても、マイケルには日本のOLの実態は想像できないだろうなあ~。GWの直後に、さらに続けて休暇を取るなど、本当なら至難の技だ!おまけにわたしは3カ月前に入籍したばかりで、そういえば新婚なのだ!いろんなリスクを負い、さまざまなしがらみをふり切って、わたしたちはいまここにいるのだ。

すっかり和み、カウンターのお菓子でもみんなで食べようかと思ったころ、ずっと入り口の前で待機していたアティーラがわたしたちのもとにやってきた。ああ、そろそろ時間だ。次に、ドイツ人のファングループが待っているのだ!

アティーラは、「もう時間だよ」とか、「部屋から出なさい」とは一言も言わなかった。ただ笑顔で「サンキュー」と繰り返している。その表情からは、せっかく対面できたのにごめんね、といった気遣いすら感じられる。いい人だなあ~。わたしたちは、「オーケー(大丈夫、わかってます)!」と答え、マイケルと一緒に入り口へと向かい、最後に写真を撮ることになった。それぞれのツーショット写真と、4人での集合写真だ。律儀なアティーラは、写真撮影の場を盛り上げ、4人の集合写真はしっかり2枚抑えてくれた。「マイコー、ありがとう!」「明日のショウ、応援しているね」と伝えると、「サンキュー」「また明日会おうね」と返してくれる。こうなったら、なんとしてもチケットをゲットしなくては!

廊下で待機していたファングループと挨拶を交わし、わたしたちは再びスキッパーに誘導されてロビーへと戻った。マイケルとの対面の余韻で、足元はフワフワ、顔は満面の笑顔だ!

イギリス人ファンの男の子と、お互いのマイケル対面の様子を報告しあったあと、3人でソファに座ると、間髪入れずに地元の記者に囲まれる!明日の授賞式を前に、当然ながらマスコミのマイケルへの注目は高く、「マイケルと部屋で会ってきたファン」「しかもアジア人」というのは、恰好の取材ネタのようだった。これまでの追っかけの遍歴などをいつものように話すと、数人の記者が熱心に書き留めている。「いま一緒に撮ってきた写真を提供してくれないか」と頼まれたものの、それは丁重にお断りして彼らと別れた。(翌日の新聞にわたしたちの記事が掲載された)

さあ、これから明日のショウの開催時刻までが勝負だ。なんとしてもチケットをゲットして、会場内でマイケルを応援しなくては!わたしたちは、ひとまずカメラマンのYさんと合流すべく、姿を探した。

【バックナンバー】リアル・マイケルジャクソン ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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