上京する大阪人の親子関係 ~1分でわかる大阪人の言い分~

インフォシーク / 2014年3月12日 17時30分

大阪・心斎橋

親元を離れ上京することとは、東京や東京近郊に生まれた人が思っている以上に大変な事件だったりする。

先日、ある東京生まれの東京人から「大阪人なのになんで東京来たの?」とド偏見を投げ込まれた。一瞬キョトンとしたが、そういえば家族で私以外は全員東京をよく思っていない。もしかすると意味なくアンチ東京なんて掲げてしまう人もいる大阪は上京しづらい地域かもしれない。

私が上京したのは10年前だった。「わざわざ東京なんか遠いトコ行かんでも、仕事やったらなんぼでもあるんちゃうん?」と家族はしょっちゅう言った。色とりどりな柄物のシャツが古くなり着るのを控えただけで「派手な格好は卒業か。もう東京意識してるん?」と友人は食い気味に言った。大阪人は「地元・大阪を捨てる」より「東京に持っていかれる」というイメージを持つのだろう。

そうこうしているうちに4月になり家族との距離感がおかしなまま上京。上京後「喜んで東京に送る地元民などそういない。私の家もどこにでもある家庭のひとつ」ということを同時期に上京した地方出身組から聞かされたが、本能のまま東京に来た人間は気付くはずもない。やっとこさ来たのだから。

東京行きが決定してから心はウキウキだ。私は入社開始の数週間前に急遽東京行きが決まったが、早めに内定が出ていた地元の友人は「次の春から東京かあ」と惚け顔を何ヶ月も続けていて羨ましかった。そんなウキウキな地方出身者が東京に関する行程でだいたい最初に行うのが『家探し』になる。夢の舞台。地元で掻き集めた東京への欲をここぞとばかりに爆発した憧れのマイホーム計画が始まる。

それはもう過度な期待ったらない。「住みたい街ランキングの常連」や「渋谷から近い」などの条件がそれにあてはまる。えも言われぬチャーミングぶりを持ち合わせたダサいそれらは、親には全く理解されないが親や地元民が考えそうもないことこそが醍醐味。上京したての女子がオシャレな雑貨店でピンク色の卓袱台買いがちなのは実家の居間への反発心に過ぎない。そういえばすぐ自炊生活をやめちゃう人って卓袱台がファンシーだ。目がチカチカする卓上に白米や味噌汁は似合わないのだろう。

このチャーミングな条件、地方民と同様、大阪人もを挙げがちだ。「日本の5大都市、全国2位の大阪から来てダサいなんて」とお思いの東京人もいるだろう。前述の「なんで東京来たの?」の東京人も「上京する大阪人の生活が見えない」と仰っていた。だが、答えは簡単でアンチ東京じゃない大阪人はただのオノボリだ。「甘酸っぱい夢を抱えて上京した当時はダサかったなあ」と数年後に気付く通過儀礼は大阪人だってやっている。御多分に漏れず私が上京したときに初めて買ったソファーベッドは真っ赤だったし。

「住みたい街」という誰が言い出したのかわからない場所、たとえば、代官山、池尻大橋、三軒茶屋、高円寺、笹塚に住みたがる地方民。パンケーキ屋くらいしかそこになにがあるのかを知らないクセに「なんしかオシャレやん」という浅はかさから内定が早く出た順に部屋が埋まっていく。「ヴィレッジヴァンガード(かそれっぽい店)と24時間やっているマクドのある23区」という、せいぜいそんなレベルで喜んで契約していた時代はかわいいが契約させた大人が今思い出しても怖い。

そうしてアホみたいな条件がクリアできた場所を見つけ、暮らし、気がついた頃には忙しい毎日に追われるだけになり、東京に馳せた夢は春を過ぎた頃には呆気なく醒める(暇な大阪人はすぐUターンした)。「アンタ元気にしてんの?お金あるの?」と定期的にかかってくる親からの電話が面倒臭くなくなっていくのは、そんな頃だろうか。最初こそウザさを感じていたものの、だんだんとこちらから金の無心でなくとも電話をかける機会が増える。

そして盆に実家へ戻る。話が噛み合わなかった家族や死にたいくらいに拒んだ地元が許せるようになっている自分に気づく。それだけで東京で暮らしている価値はあるとも思う。だが、感慨に耽っているのは本人くらい。実家はどんどんリフォームしきれいになっていったり自分の部屋がなかったり、親は「60からの海外旅行ツアー」に行きまくっていたりと楽しそうで複雑になるのも上京後の里帰りに訪れるあるあるネタだ。

鹿タカシ
しかたかし ライター。大阪生まれ。大阪芸術大学にて写真を学んだ後に上京しなぜかコピーライターとなって約10年。
現在は都内広告プロダクションに勤務しながら、大阪人からみた東京人(主に上京してきた人)について研究。

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