「毎日、変化をし続ける」初画集『いかづち』を発売したイラストレーター・LAM氏インタビュー、個展『千客万雷』に込めた思想が今明かされる
インサイド / 2024年11月1日 12時0分
Z世代を中心にサブカルチャーでとりわけ注目され続けている一人のクリエイターがいます。『ペルソナ』シリーズで知られるアトラスを退職後、フリーランスのイラストレーターへと転身。その後数々のIP作品とも関わり、エッジの効いた持ち前の画風で数多のユーザーたちを魅了し続けてきました。
挑戦的な表情づくり、計算された鮮やかな色遣い、そして一度たりとも忘れることなどできやしない、アイコニックで引き込まれる「目」の表現。これらの要素が組み合わさって生み出されるイラストの数々は、誰から見ても唯一無二性を確立していると言えるでしょう。そんな作品たちに酔いしれるフォロワーたちを次々に生み出し、絶大な人気を誇っているイラストレーターこそLAM氏です。
LAM氏は、2024年10月23日にパイ インターナショナルから、自身にとって初となる画集『いかづち』を発売します。また、11月1日からは4年ぶり第2回目となる個展『千客万雷』が、アニメイト池袋本店「Space Galleria」にて開催予定(25年1月からは大阪でも開催)。今回インサイドでは、およそ3年ぶりとなるLAM氏へのインタビューを実施することになりました。LAM氏のこれまでとこれから、画集と個展に込めた想いをたっぷりと語っていただきました。
■ “リベンジ”の意を込めた2回目の個展と、初の画集についての想いを語る
――本日はよろしくお願いします。早速ですが、11月から4年ぶり第2回目の個展『千客万雷』が開かれるということで開催のきっかけについて教えていただけますか?
LAM:4年前に初めての個展をやらせていただいたのですが、そのタイミングに丁度、コロナが日本へ来た時期だったんです。緊急事態宣言もあり、「外に出てはダメ」というときに丁度始まったんです。その頃は感染者数人とかだったけれども、未知の病でしたし外出はしてはならないという空気でした。
そういう状況の中でも「なんとか個展を開催しよう!」と準備していただいて、会期はグッと短くなりましたが、それでも来て下さるお客さんがたくさんいました。ただ、準備をガッツリ重ねた個展だったぶん、もっとたくさんの方に届けたかったなという気持ちも残って。そこからしばらくお仕事で忙しくさせていただいている中で、「また個展をやりたいな」という気持ちが沸々と湧いてきたんですが、前回の個展の悔しさを全てぶつけて、さらにパワーアップした個展を目指すとなるとなかなか踏ん切りがつかなかったんです。
前回の個展もそうですが、僕らは熱量を込めて「個展」というものを作ろうとしています。僕自身、ネットで絵を見るのが当たり前になっているなと思っていて。僕自身もSNSで育ててもらった自覚はあるんですが、せっかく交通費を払って会場に足を運んでいただくなら、ネット越しに見る絵とは"違う体験"を与えたいなと。
小さい画面ではなく大画面で見れる映画館だったり、イヤフォン越しの音とは違う、生の音が聞けるライブ会場だったりとか、そういった“感動体験”ってあるじゃないですか。そういうものを個展で用意できたら...といった気持ちは前々からあって、そこの思考に一番フィットするご提案をいただけたのが、アニメイトの「Space Galleria」さんでした。それで「やろう」と、重い腰を上げた感じですね。
――個展の題名にある『千客万雷』のコンセプトついてお聞かせください。また、LAMさんご自身が感じている個展の見どころやイチオシとしているところはありますか?
LAM:『千客万雷』は「たくさん人が来てくれたらいいな!」といった願掛けでもあります。ただ、個展というのは一方通行じゃなく、お客さんやファンの方々への恩返し、コストを払ってご足労いただいて、一緒に参加してもらうものだとも思うんです。
なので僕だけで完結するのではなく、お客さんに来てもらって作品を見てもらい、感想を発信していただいたり、そうした輪が広がっていったり、一緒に空間を創り上げていただいたりというか。そういう気持ちも込めて、お客さんとの相互関係を感じるような言葉、「客」という言葉が入った「千客万来」が良いなと。そこに僕がトレードマークにしている「雷」を入れました。
遊園地とかもそうですけど、お客さんがいなければ成立しないじゃないですか。だからそういう空間にしたいという想いを込めています。
――ある意味では第1回目のリベンジといった気持ちも込められているんですね。
LAM:そうですね!
――初の画集『いかづち』が発売されますが、イラストレーターとして現在からこれまでを振り返ってみて、ご自身にはどんな変化がありましたか?
LAM:変化しかないですね。
――変化しかない?
LAM:独立してから今年で5年目くらいになるんですけども、デビューしてから今日までが「一瞬かな?」ってくらいあっという間だったなと思っていて(笑)。
もう、“寝ても覚めても絵のことしか考えずに今日まで来たな”と思っています。やっぱり描けば描くほど上手くなるじゃないですか。独立したての頃とかは全然技術が無く、描きたいと望んだ絵を生み出せる技量とか知見とか視野がない状態だったんです。
仕事をたくさんこなして色んな絵に触れていくうちに、どんどん上達していっているなと自分自身でもひしひしと感じていて。そういった意味では毎日、変化変化変化...みたいにずっと変化をし続けています。今でも、「昨日より今日描いた絵の方が上手いな」と思うので、そういう意味ではスタートラインが低かった分、伸び代があるなぁと思いますね。一緒に活動しているチームメンバーからも「本当に上手くなったね」と言われます。なので、そういう意味では色んな変化がありました。
会社員からイラストレーター、職業作家になるというところでの変化も凄く大きくて。フリーランスとして、プロのイラストレーターとして生きていく中で色んな方と交流を持たせていただいたり、イベントに出たりだとか。本当に“新しいことばっかり”というのが楽しくて。
ゲーム会社に居た頃は、チームで作る楽しさや会社員としての面白さみたいなものもありましたが、イラストレーターとして独立してからの数年間も目まぐるしい変化に溢れていました。
――初となる画集と2回目の個展を開くにあたって、新しく発見したことなどがあればお聞かせください。
LAM:画集のオファー自体はこれまでもいただいていましたが「PIEさんとやらせてください!」と、最終的に僕から言いました。ただ、画集というのをいつ出そうとずっと決めあぐねていた理由があって.......。「載せる絵がないよ」って思ったんです。
僕は画集が好きで、色んな作家さんの画集をたくさん読むんですけど、「いやぁ、僕はまだ出せないなぁ......」って読む度に思ってました。
やっぱり画集ってどういう画集のコンセプトかに寄るとは思うんですけども、今回出させていただく『いかづち』は、傑作選みたいなもの。「LAMさんの名刺代わりの本にしましょう!」と、大場さん(※PIE編集長)に言っていただいて、じゃあ名刺代わりの絵を入れようって思ったときに「これが僕です!」っていうワケじゃないですか。「えぇ、載せれる絵あるかな......?」みたいな(笑)。
そもそも画集っていうものに対して慎重になっていたところもありました。じっくり時間を取れて描き下ろしのオリジナル作品をたくさん準備できて、ページ数も確保できる状態になったら、画集を出そうと思っていたんですけれど、今回PIEさんとの出会いや個展というタイミング、デビューして5年という節目もあったので「じゃあやりましょう!」と、始まったのがこの本です。
画集は大場さんが凄すぎてあんまり僕は大変じゃなかったと正直思ってます。厳密には締切がたくさんあったので「描かなきゃ」というのはありましたけど、それは当たり前じゃないですか(笑)。
今回、画集で面白いなと思ったのが「どういう本にするか」「どういうターゲットに刺すか」とか、商品=プロダクトとしてのマネタイズ面など、商業画集のビジネス的な部分です。逆に右脳で考えるところのような「かっこいい!」みたいな、箱や紙質、帯の入れ方を含めた一個の流通する商品をチームで作っていくのも楽しさや喜びが凄いあって画集作りを苦に感じた瞬間がなかったですね。全部面白かったです。
PIEさんが「こういうの、どう?」「これを見て?」ってきて、「いいね!いいね!」って言うくらいで。うん、凄い楽しかったですね。
LAM:全然、絵が間に合わなくて、ホントご迷惑をたくさんおかけしたので「何が苦労しなかっただ!」とか思うかもしれませんけど......(笑)。
元々(画集を)作るなら「PIEさんが良い」って僕自身が思っていた会社さんだったので、やっぱり間違いなかったなって。出来上がっていく過程を見ながら「良かった!」って思っていましたね。初めて自分の本を作るという色々な喜びや発見はありました。
個展での新しい発見は現在進行形で発見中なんですけど、こんなに大変だとは思っていなかった。自分のせいではあるのですが、こんなに......こんなに大変......!?って。
前回はこんなに大変じゃなかったんです。今回は会場が凄く広いこともありますし、展示作品の数についても「やるなら今までのお仕事の絵とか、過去の同人誌の絵とか余すことなく、ファンの人が喜ぶ空間にしよう」ということで、展示予定のデータを集めたら“595データ”あったんですね。
――お~(笑)
LAM:全部が許諾を取れるか分からないですけども、大体500~600枚近くのデータを2016年、2017年とかのフォルダからサルベージして一個一個探す作業を......。これが本当にキツかったですね。これに比べたら画集のデータ集めなんて全然!
駆け出しの頃の自分の拙い作画データを一個一個開いて悲鳴を上げながら、名前を命名規則に合わせて変えて、所定の場所に保存し、一個......二個......っていうのを三日三晩寝ずにやりました(笑)。
――絵の作業というよりはデータの収集みたいですね(笑)。
LAM:そうですね。でも絵の作業もヤバいです。今も終わってないです(笑)。
今回の個展は大きい規模感でテーマパークのような空間を作りたいという気持ちがあったので、昔から僕のことを好きでいてくれた方や、最近になって好きになってくれた方も、過去を振り返ったり新しい作品を見れたりするのが一番面白いんじゃないかな、と思いました。
あと、僕自身がIPにたくさん関わらせていただいているので、“色んなコンテンツでお世話になった恩返し”といった気持ちもあって、IP毎の特設ブースも用意しました。
前半は『takt op.』や『ZONe ENERGY』などの商業作品エリア、後半は新規オリジナル作品と区分して「LAM盛りだくさんセット」になっています。
LAM:盛りだくさんにしすぎたせいで新作の描き下ろしだったり、構想だったり、マネージメントだったりをやりながら、画集を進めて商業作品の許諾も取り、データを集めつつ、空間のプロデュースをして......インタビューにも答えるみたいな山のようなタスクに埋もれることにはなりました(笑)。
一同:(笑)。
LAM:そういう意味では大変だなって思いました。ただ、大変なのをやろうと決めたのは自分だったので僕のせいなんですけどね。
――それでは5年間を振り返りつつ、現在進行形のオリジナル作品までが展示されるということで?
LAM:そうです。かなり古い作品から一昨日描いたみたいな作品まで。もちろん、厳密には全ての作品を展示できる訳ではないのですが、そんなに描いてきたんだなって。展示できない作品も100、200とあって、よく描いたなと思いました。
■ かつてアトラスの会社員としてUIデザイナーを経験した過去。独立までの経緯やその後の軌跡を辿る
――LAMさんは多摩美術大学を卒業後、アトラスに入社してUIデザイナーとしてご活躍されていた時期もありましたが、現在のように「絵」で食べていくといったビジョンは、いつ頃から生まれたものなのでしょうか?
LAM:中学生の頃は「漫画家になるぞ」と思っていて、友達と漫画の模写をずっとやっていたんです。絵を学ぼうと思って多摩美に入ったんですけど、丁度受験期に佐藤可士和さんとか、佐野研二郎さんにかぶれて「グラフィックデザイナーってかっこいいな」と思って。僕は単純なので、グラフィックデザイン学科に入りました。
グラフィックの勉強は楽しいし、グラフィックデザインも大好きなんです。ただ、やっぱり僕はイラスト等のアニメサブカルチャーの文脈のものが好きなんだと2、3年生くらいで気づいて「やっぱり絵の道に行こう。そもそも漫画家になりたかったんだ」と改めて絵を描き始めました。でも当時は本当に絵が下手で……。
その頃は"漫画を描く"ということにハードルを凄く感じていたので、イラストをずっと趣味で描いていました。好きなイラストレーターさんもたくさんいて、ふと「イラストレーターってどうやってなるんだろう?」と思って好きな人たちの経歴を検索したら、“ゲーム会社に入社後退職。その後フリーランスに”と書いてある方が多くて。じゃあ僕もゲーム会社に入ろうと思ったんです(笑)。
アトラスを受けたのは『ペルソナ』がきっかけで、入社後は「UIデザイナー」として働いていました。グラフィックデザインの部分でお手伝いをしていた感じです。ただ、入社直後の僕は「ゲーム会社に入ったから後は会社を辞めればイラストレーターになれるぞ」と思っていた訳です。実際はそうじゃないとすぐ気が付きましたが(笑)。
LAM:会社員をしながらコミティアとかコミケみたいな同人イベントの活動をしたり、pixivやSNSに投稿したりしていくうちに、徐々に知り合いにプロの独立されているイラストレーターさんたちが増えてきました。そういう方たちって週七日間、毎日自分の絵のことを考えて自分の絵を描いている訳じゃないですか。その環境に凄い憧れたんですよね。
自分は会社員だったので、就業時間と創作活動の時間をやりくりする必要があって、生半可な覚悟だと絶対に追いつけないなと思ったんです。ただ、会社を辞めて独立するには実力があったりとか、ある程度先立つものが必要だと感じていたので、本格的にイラストレーターになるぞと決めたのが就職して3、4年目くらいからでした。
「イラストレーターさんたちが週七日間、毎日ずっと絵を描いているなら、自分は平日の夜と土日の二日間を死ぬ気で回そう。その人たちより1枚でも多く、1秒でも長く絵のことを考えよう」と思って、1年半くらい一生懸命、精力的に活動を続けていました。そうしたらVRゲーム『東京クロノス』のメインキャラクターデザインのお仕事依頼が来たんです。副業ができなかったので、思い切って会社員を辞めました。
――『東京クロノス』がきっかけで
LAM:そうです。「辞めるぞ!!」と思いました。
――それを決断するのは大変ではありませんでしたか?
LAM:そうですね。いつ独立したら良いのかなんて分からないじゃないですか。正解がある訳でもないですし。でも二択だったんですよ。会社に残って引き続き二足の草鞋で頑張るか、『東京クロノス』の仕事を引き受けるか。前者は『東京クロノス』の絵を描いちゃダメになる訳で、それが嫌だったんです。じゃあもう辞めるしかない......辞めるか、みたいな。
やりたかったんです。ゲームのキャラクターデザインをするのが夢だったので。それで辞めることになりました。「なんとかなるっしょ」と思って。ダメだったら幸いにもUIデザイナーをやっていたのでどこかに就職できるだろう、と思っていました。上手くいかなくても食いっぱぐれないだろうと、何となくの楽観的な考えがあったんだと思います。
――最初はアトラスも志望していた企業だったと思うのですが、同社が出す憧れの『ペルソナ』シリーズに関われるみたいなところで、独立する際に迷うことはありませんでしたか?
LAM:迷いませんでした。『ペルソナ』シリーズのUIデザインが大好きで、関わらせていただけてとても光栄でしたが、僕自身はいちアシスタントスタッフみたいなもので。
アートディレクションをされていた天才的なUIデザイナーの方がいて、その方の手足の一つといった感じで、量産を手伝ったりその人の補助をしたりするような感覚で『ペルソナ5』のUIデザインをしていたんです。
「LAMさんがデザインしたんですか?」と聞かれることがありますが、畏れ多いです。その素晴らしい方や凄い先輩たちのお手伝いをさせていただきながら必死に食らいついていく1、2年間でした。『ペルソナ』が無事に完成した後は『ペルソナ』チームから元々いた部署に戻ってきて、また別のチームに異動して働くような感じでしたし、『東京クロノス』の依頼が来たのは丁度、『ペルソナ』シリーズからも離れた時期だったので、そこまで迷うこともありませんでした。
アトラスには僕の憧れのイラストレーターである副島成記さんだったり、イラストチームの皆さんがいらっしゃるんですが、皆さん信じられないくらい絵が上手くて、当時毎日絵を見させていただいていても、絵を練習していても、自分がこの場所でイラストを描くというビジョンが一切浮かびませんでした。本当に尊敬しています。
アトラスに居れば、副島さんのお側で絵を学べる可能性があるかもしれないですが、自分の「独立してみたいな」という気持ちとか、今の自流の中でイラストレーターをやっていきたいと思ったときに、性に合っているのは“外に出ること”かなと観念しました。名残り惜しくはありましたが......。
――実際、『東京クロノス』でキャラクターデザインを担当してみてどうでしたか?
LAM:楽しかったですね!『東京クロノス』を開発したMyDearestという会社は、当時、VRの新進気鋭のベンチャー企業でして、“サークルでゲームを作っている”みたいな感覚に近かったんです。だから同人活動の延長みたいな気持ちで作っていたんですよ。それが良くて。
そのお陰で熱量が篭った作品になって、本当にありがたいことに高い評価をいただけるVRゲームになりました。当時はやっぱり「僕がメインキャラデザのゲームが出るぞ......!」っていう喜びが大きくて、大変でしたが辛さはなかったです。テンションが上がりっぱなしでした。トレーラーや告知が出るたびにはしゃいでたのを覚えてます。新鮮で楽しかった思い出ばかりですね。
――独立する前と独立した後で、ライフスタイルにどんな変化が生まれましたか?また、現在はどんなライフスタイルでお仕事に臨んでいるのでしょうか?
LAM:ライフスタイルは夜起きて、昼寝るです。家からも出ない......ですね。もう、本当に出ないです。引くくらいに出ない。
僕は人と話すのが好きで、チームで何かをするとか、集団で何かをするのが凄い好きなタイプなんです。独立したときに一番不安だったのがそこだったんですよね。やっぱり周りのイラストレーターさんの中にも、気を病まれている方が結構多くて、お話を伺うと「フリーランスはやっぱり精神に来る」みたいなお話をたくさん聞いていました。
会社でずっと誰かとコミュニケーションを取りながら仕事をしていた生活から、一転して自分のデスクの前にただ座って......黙々と絵を描くという行為に僕は耐えられるのか?っていう不安があったんです。学生時代からずっと友達や後輩が毎日のように家に遊びに来ていたので、“誰かがいる中で生活をする”というのが当たり前だったんですよ。独立した頃には後輩たちもみんな社会人になっていたので遊びに来ることも少なくなって、急に静かな環境でやっていけるのかなと。結果としては、全然大丈夫でした(笑)。
もちろん、Discordだったりだとか、友人と通話したりが多かったので、あまり孤独感とかはないんですが。「外に出なくでも全然平気だな」と思いながらひたすら5年間働いていたら、完全に家から出ない人間になりましたね。
なので現在のライフスタイルも同じ感じですが、少なくとも「健康的には生きなきゃな」ってダイエットしたりとか、朝起きるようにしたりとか。あとは独立した直後くらいから犬を飼い始めたので、“犬の散歩”とか犬に関係することで何とか生きながらえさせて貰っている感じですね。逆に自分から外へ出る機会はめっきり減っちゃっています。
締め切りに追われていて外に出ている暇がないというのが大きな要因でもあるんですが、そんな感じの生活をしてます(笑)。
――夜起きて昼に寝るという生活の中で、ずっと絵のことを考え続けていると思います。イラストレーターさんにお聞きするのも変だとは思いますが、それは気が滅入ることはないんでしょうか?
LAM:僕、ないんですよね。10代の頃からスポーツをずっとやっていて、練習で限界まで追い込んで倒れるとかもちょくちょくあって。イラストを描いている中できついことがあっても「絵を描くのは楽しい!」で解決しちゃってます。
ずっと楽しいですよ!画集の作業も全部楽しかったし。締め切りに追われて徹夜や短時間睡眠が続くとさすがに「もう勘弁してー!」とはなりますけど、全部自分のせいなので(笑)。
――やっぱり“楽しい”というところが大きい?
LAM:そうですね!やっぱり楽しいし、嬉しいんです。個展もやりたかったし、画集も出したかったものなので、「どんな絵が良いですかね?」だなんて大場さんに相談するのも全部楽しかったですね。
――関わったプロジェクトがターニングポイントとなって、作風が大きく変化していくクリエイターもいますが、LAMさんにとって独立後に大きなターニングポイントとなったプロジェクトはありますか?
LAM:まずはHALのCMですね。僕は元々、専門学校HALさんのCMシリーズが好きで、「いつかやりたい」ってずっと思っていたんです。イラストレーターのPALOWさんと、アーティストのDAOKOさんがやっていたCM『嫌い、でも、好き』というのがあって、それが凄い好きでした。
「いつか僕もHALのCMをやってみたい!」と思っていたら、2019年度のCMをやらせていただけることになって、物凄く嬉しかったですし、知名度もガンッと上がりました。地上波のテレビで通年通して流れたCMの影響力はやっぱり凄まじくて「HALの人ですね!」とか、親からも「HALのCMスゴイね!」って。僕自身を押し上げてくれる案件になったなと思います。
タイアップ曲を担当していたEVEさんとも制作がきっかけで仲良くなれましたし、ターニングポイントだなって明確に思える作品ですね。
LAM:もう一つ、『takt op.』もターニングポイントの一つです。アニメの制作現場に関わるのが目標だったので、キャラクター原案として参加させていただけて本当に嬉しかったです。しかもMAPPAさんとマッドハウスさんの共作という豪華すぎる制作陣で、自分のデザインしたキャラクターが動いたときは夢を見ているようでした。
ゲームはソーシャルゲームで、本当に大きな規模感のものだったので、制作期間も5年とかなり長かったです。今回の個展ではそのときに描かせていただいた設定画だったり、未公開のキャラクターも展示させていただけることになっています。
5年間一つの作品を作り続けたのは初めてでしたし、駅の広告に自分の絵がズラーっと並んでいる光景は感動しましたね。一方で大きな作品の看板を背負う重圧も貴重な経験でした。たくさんの人たちが作る“大きな渦”の一部になれたことは、自分の作家人生としても大きかったなと思います。
■ 今、LAMが注目するクリエイターとは誰なのか。そしてこれから活動についても明かす
――以降はLAMさんのこれからについてお聞きしていこうと思います。ただ、まずは最初にLAMさんが現在ご注目されているクリエイターがいればぜひお聞きしたいなと。
LAM:いつも一緒にお仕事させていただいているアーティストのKanaria(@Kanaria390)さんがいらっしゃるんですけど、Kanariaさんの『BRAIN』という曲のアニメーションMVを担当していたodyk(@odyknms)さんです。
odykさんのアニメーションMVが凄く素敵で、短いアニメーションをたくさん量産して、それをコラージュしていくみたいに動画を作っていく方なんですけど、一つ一つのカットが全部可愛くて。僕の書いたKanariaさんのデザインをデフォルメしてたくさん動かしてくださって、メチャクチャ感激しました。だから今注目している方はodykさんですかね。
――今後LAMさんが挑戦したいプロジェクトの領域はありますか?
LAM:あります!
よく周りから「なんでそんなに頑張れるの?」「ずっと締め切りに追われていてなぜ平気そうな顔をしているの?」みたいなことを聞かれます。先ほど“楽しさ”についてお話しもしていましたが、厳密には“好奇心が原動力”なんです。
「画集が出たらどんな気持ちになるんだろう」「個展をやったらどんな気持ちになるんだろう」「フォロワーが100万人になったらどんな気持ちになるんだろう」って好奇心がクエストボードみたいに見えていて、そこにあるクエストを取っていくのが楽しいんです。トロフィーを取っていくみたいな。
それが自分のモチベーションになっているので、まだ取ったことのないトロフィーは全部挑戦してみたい領域です。ただ強いて言うなら......“ゲーム作りたい”です。ゲームのお仕事はさせていただいていたんですけど、それとはまた別で。
僕はインディゲームとかも好きでゲーム実況とかもよく見ますし、やっぱりゲームがずっと好きなんですよね。個展・画集っていう節目の2024年を終えて、2025年になってからどうやって生きていこうかなって思っているんですけど、そうなったときに「ゲーム作ってみたいな」って。あとは漫画も描きたいですし、映画にも関わってみたいな。“やったことがないことは全部やってみたい”ですね。
――“ゲームを作りたい”というのはどういったジャンルでやってみたいとかあるんでしょうか?
LAM:僕は「シミュレーション」や「アドベンチャー」が好きなんですよ。でも、なんでも良いですけどね......。ゲーム全般好きなんです。
インディゲームの良いところって人数が少なかったり、一人で制作したりとかありますよね。『UNDERTALE』も好きなタイトルで、あれも一人で開発されています。
やっぱりそうした濃い成分で作られた作品って制作者の美学が色濃く出てたりして、大人数で作られたゲームとはまた違った良さがあると思います。クオリティに関係なく、熱を込めたものを自分たちの手で作って「どうですか?」って出すまでを、個人でやってみたいな。
――やっぱりいろんなクリエイターさんたちと集まっている規模感でやられるのが楽しい?
LAM:そうですね!というか、僕自身出来ることが絵を描くことしかないので。プログラミングはできないし、プログラミングを勉強する時間があったら、プログラマーの友達に書いてもらって、僕は絵を描いた方がいいんじゃないかって思っちゃうタイプなんですよ。
僕はパソコンにも疎いんです。昨日も新しいパソコンを買うために友人に相談して「これを買いなさい」「分かりました」なんてやり取りをして、URLを送ってもらってポチるみたいな(笑)。
素人の僕が色々調べるよりもプロに聞こうって。そういう性格をしているので「餅は餅屋」みたいな感じです。逆に言うと「絵のことなら全部やるよ!」っていうところがあるので。今回の画集も個展もそうですが、「雷雷公社」の4人でずっと活動してきています。その中の"看板担当、イラスト担当"という自覚を持ってやっていますし、そういう関係性が好きですね。周りに助けてもらいながら生きてます。
――でもそのLAMさんのイラストに助けて貰っている人もたくさんいると思います。
LAM:そうだと良いんですけどね......。僕はもういつも感謝してばかりです。
――LAMさんにイラストをお願いしたいって人はたくさんいるでしょうし、我々も個人的にとても好きです。
LAM:ありがとうございます!僕はチームで何かをするのが好きっていうのが話の全体を通してもあったと思うんですが、やっぱりお仕事相手の方にも「得」をしてほしいんです。「頼んで良かった」でも良いですし、僕に頼んでくださった施策が成功して、その方が上司に褒められて出世したら僕も嬉しいです。
だからお仕事をいただけるのはとても嬉しいことですし、託された以上はその人とタッグじゃないですけど、その人にも会社さんにとってもメリットがあるビジネスじゃないとダメだなって。会社員をやっていたからでしょうか。なので、一個一個の仕事をするたびに、色んな新しいチームでやる感覚で仕事をしているかもしれないです。
画集も大場さんが“ベスト画集賞”みたいなもの?を取れて表彰されたら嬉しいです。......そういうのあるんですか?(笑)。
一同:(笑)。
LAM:そもそも個展をやらせていただいたり、画集を出させていただけるというのが僕にとってハッピーじゃないですか。相手にも僕と一緒くらいの嬉しさがあると、なおハッピーです。
――最後にLAMさんの作品から日々刺激を受けているファンの方々へメッセージをお願いします!
LAM:「締め切り」という名の砂時計が、常に5~10個くらい見えている状態で、この5年間を生きてきました。寝ても覚めても料理をしてても、トイレに行っててもその砂時計は消えることがなく、ずっと締め切りが迫っている。一生泳ぎ続けているなぁと。シャトルランをずっとやっているような感覚でここまでがむしゃらにやってきました。
幸いなことに絵を描くことが楽しすぎて、それは苦ではなかったです。気が付けば体力も付きましたし、たくさん泳げるようになった5年間だったんです。その過程で多くの人や作品との出会いにも恵まれました。その集大成となる個展が11月に池袋で始まりますし、その集大成を凝縮した初めての画集が、PIEさんから10月23日に発売されます。僕にとって2024年から2025年にかけては、セレモニーのような記念すべきタイミングになったなと思います。
僕自身、魂を込めて大事に作った個展ですので、足を運んでもらえたら嬉しいですし、どこに出しても恥ずかしくない自分の分身のような画集もできましたので、ぜひお手に取っていただきたいです。ネット越しに絵を見るのではなく、手にとってはじめて伝わる本の魅力、足を運んではじめて感じる空間としての個展の面白さなど、そういった点を大事に取り組んできました。僕のファンの方も含めて、来て・見て・買ってくれ!と思っています!
――本日はありがとうございました!
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