本当に金融機関のATMには硬貨の取り扱いが不可欠だろうか/日沖 博道
INSIGHT NOW! / 2018年5月16日 7時7分
日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社
日銀のゼロ金利政策が長期間にわたり続いてきたことで、その最大の副作用として国内銀行の貸し出し業務での収益悪化が指摘されて久しい。金利のさやが縮小している状況下で、各行が限られた優良貸出先への低金利競争に走るためである。メガバンクの新卒採用の大幅縮小、地方銀行の業績悪化(福島銀行では7期ぶりの赤字決算が出た)など、同じ文脈である。
そんな中、この5月には3メガバンクが現金自動預払機(ATM)の開発や管理を共通化する検討に入ったと報じられた。ATMの機器費用やメンテナンス費用を軽減化させることが目的である。もともと日本のATMの機器コストは海外に比べ割高とされてきた。
機能的には、現金の預け入れ、各種の現金引き出し、残高照会、通帳記入・繰越が基本で、金融機関によってそれ以外にも様々な機能が付加されている。そのため紙幣、通帳、磁気カード以外にも硬貨や帳票類などを扱うタイプが主流のようである。
しかしこうした高機能、とりわけ硬貨の取り扱いについては本当に必要なのか、今回のメガバンク3行での共通化をよい機会として考え直すべきであろう。
元々運搬が困難なことや紙幣に比べて故障が発生しやすいためもあって、一部のATMでは硬貨を取り扱っていない(無人店舗やコンビニATMなど)。そもそも硬貨を識別・保管するためのメカニカルな構造を持てば、機器代は割高にならざるを得ない。
であれば、いっそのこと共通仕様のATMでは硬貨取り扱い機能を無くしてしまい、その分だけ機器代を大幅に安くしてしまうことはできないだろうか。厳しい環境にある金融機関にはこうした割り切りの発想があってもよいのではないか。
フォーカス戦略を売りにする弊社では、過去にこうした割り切り発想の製品・サービス開発の支援をしたことが何度かある。しかし単にそのまま依頼事項を具現化すればよいとは限らない。「硬貨取り扱い」機能削減により減らせるコストがある程度見込めても、その利便性を失うことで多くの利用客を失うことになっては元も子もないからだ。
ではATMで硬貨を取り扱わないとなると、利用者(一般生活者、取引先)が本当に困るケースがどれほどあるのだろう。少し頭の体操をしてみよう。
一般生活者にとっては現金の引き出しや預け入れの際に硬貨取り扱いは特段必要ではなく、むしろ各種の支払いに応じる「振込」の際に硬貨を含むというのが現実的に少なくないパターンだろう。つまり振込額と同じ、端数を含んだ金額をATMに預け、その全額を振り込むというものだ。
しかしこれとて、預金者であれば自らの口座からの「振込」を指示すればよいだけのことだ(つまりキャッシュカードを読み取る必要はある)。その際に残高に不安があれば現金を追加で預けてもよいが、それは何も端数まできっちり同額である必要はなく、お札だけで事足りるはずだ。
預金者でない行きずりの一般生活者には、彼らが預金を持っている金融機関か、コンビニ辺りで振り込んでもらえばいい。何も彼らのために「余分な機能」を維持する必要はない。
では会社やお店といった取引先ならどうか。引き出しに硬貨取り扱いが絶対に必要なケースがどれほどあるのか、これは調べてみないと分からない。確かに、おつりなどで小銭が緊急に必要な店が両替のためにATMに駆け込むケースがゼロではない気がするが(大半の店ではかなり余分に小銭を保管しているというのが現実だろう)、むしろ近所の他の店と「困ったときはお互い様」で両替をし合うほうが、ATMに往復し並ぶ時間が節約できる分だけ現実的な気もする。
また、「振込」の際に硬貨を含む必要があるかについては一般生活者と同じだ。取引先なら確実に預金口座を持っているのだから、そこから振り込むのを基本にすればよく、残高に不安があるなら余分にお札で入金してもらえばよい。
一方、現金の預け入れに関しては異論があろう。売上金の現金を会社や店に置いておきたくないのでATMから預けるというケースがよくある(営業終了が遅い場合は夜間金庫のほうが主流かも知れない)。売上金全額を預けたいとなると端数の金額となって、「硬貨も取り扱ってくれ」となりそうだ。
しかし硬貨を扱わないATM専用のセブン銀行「売上金入金サービス」が(24時間営業ということもあって)人気であることを見ると、多くの会社・店では必ずしも売上金全額を預ける必要がある訳ではなく、多額の現金を会社・店に置いておきたくないだけなのだと考えられる。つまり硬貨を扱わないATMでも十分役に立てるということだ。
結論としては、小銭への両替にATMを利用している取引先が多くなければ、共通仕様のATMから硬貨取り扱いの機能を抜いても大した問題はないのではないか。【追記】
本文でも触れているが、これはあくまで「頭の体操」である。ATMの思い切ったコスト削減をする余地があるのか(→機能をシンプル化)、あるとしたらどういうものか(→硬貨の取り扱いだろう)、それで利用者は納得するのか、といった一連の問いに答えていくと「可能性は結構ある」ということが言える、というものだ。
だからといって弊社が実際にコンサルティングすることになったとしたら、「ATMで硬貨の取り扱いを止めましょう」という結論を下しそうかというと、それはまた別問題だ。
なぜなら銀行における最大の問題はATMのコストではなく、色々な設備そして人件費にべらぼうに高いコストを掛けている割に儲からないことだからだ(友人から聞いた話によると)。
もし正しい内部数字をもらえば、例えば「有人店舗を大幅に削減、および空中店舗化(ビルの1階の路面店ではなくする)し、その代わりに大半の利用者向け業務は路面設置のATMでできるように、むしろATMはより高機能化すべし」という結論になるかも知れない。つまり「ATMでの硬貨の取り扱いは継続すべし」という反対の結論になる可能性があるということだ。
この記事の趣旨を誤解されているかも知れないので、念のために申し添えておく。
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