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「ジョブ・プライス制度」導入の5ステップ(【連載9】新しい『日本的人事論』)/川口 雅裕

INSIGHT NOW! / 2018年6月16日 14時40分

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川口 雅裕 / 組織人事研究者

無限定な働き方をする、日本特有の”正社員制度”は、人に値段をつける評価制度をベースとし、その値段に見合った(と思われる)仕事・役割を会社が見繕って(半ば強制的に)与える仕組みであり、『長時間労働が解消できない』『働く人々が学ばなくなる』『多様性が失われる』『同一賃金同一労働が実現できない(不公平処遇が残り続ける)』といった結果につながっていることは、前回、指摘した。もちろんバリューワーカーも、このような制度のもとでは生まれにくい。

多様な人々がそれぞれの強みを活かし、伸ばしながら働いている。それぞれが自らの意思で、人生や生活と労働とのバランスがとりながら、フェアな処遇のもとで働いている。ほとんどの経営者は、そんな状況を望ましいと思うだろうし、社員の幸福感やモチベーションは高まるだろう。活き活きと多様な働き方をする人々が生み出す工夫やイノベーションが業績向上につながり、それぞれが抱く幸福感は言動の主体性や組織へのロイヤリティを高め、職場への定着も進む。このような状況を目指すには、人に値段をつける「無限定・正社員制度」から、仕事に値段をつける「ジョブ・プライス制度」に変える必要がある。

仕事に値段をつける仕組みにすれば、仕事の価値が可視化される。仕事に値段をつけるには、その根拠を明らかにする必要があるが、それによって職務(「具体的で詳細な職務内容」「職務権限、職務の範囲」「チーム構成(誰とやるか)」「仕事量」「職務遂行に要する時間」「期待される成果」「求められるスキルやノウハウ」など)が明文化される。会社の中に、どのような価値の仕事が、どれくらいあるかがハッキリする。また原則的に、仕事の値段の合計が、社会保険料などを除く総額人件費と一致する。

職務(仕事の値段の根拠)を明らかにすれば、属人化した仕事が減るはずだ。人に仕事を貼り付けたまま何年も異動を行わないと、その人しかできない職人芸、その人しか知らない情報やノウハウが溜まっていく。業務はマンネリ化し、蛸壺化し、改善や工夫のない旧態依然の繰り返しになりやすく、仕事の価値は相対的に低下してしまう。仕事の価値の向上、生産性の改革という観点においても、「ジョブ・プライス制度」の導入は欠かせない。

●「ジョブ・プライス制度」はどのように導入するか

では、仕事に値段をつける「ジョブ・プライス制度」は、どのようにすれば実現可能だろうか。そのステップを考えてみたい。

第一段階は、「ジョブ・プライス・シート(JPS)」の作成である。まず、仕事の内容とその価値、その報酬を明らかにするのが目的だ。本来的には、当該業務をマネジメントしている上位者が各々の職務内容について詳しく記述するのが望ましいが、詳細に業務が分かっているかというと、心もとないのが実際だろう。したがって、担当者による記述が現実的だ。項目としては、「①業務の目的(誰に何を提供しているか」「②具体的な目標(いつ、どのような状態を達成することが求められるか)」「③業務の内容(具体的な行動、使用するツール、その業務の関係者など、誰と何をどのようにやっているかに関する詳細な記述)」「④それにかかる時間」「⑤その遂行に必要な知識・スキル」などになる。そして「⑥その業務に対する報酬」となるが、これはいったん、その担当者に現実に支払われている給与・賞与で仮置きするのが良いと思われる。

もちろん、本来は①~⑤の内容を吟味し、上位者がその価値について検討した上で「仕事に値段をつける」べきだ。しかし、それをやってしまうと、「人についている値段」とのギャップが問題になってしまう可能性が高い。「仕事の値段>人の値段」となれば、現在の報酬に対する不満につながるし、「仕事の値段<人の値段」となれば、その人の価値や努力を否定してしまうようなことになる。「ジョブ・プライス制度」とは、人に値段をつけるのではなく、仕事に値段をつけるという大きなパラダイム転換であるので、その理解・浸透には時間がかかるのは仕方ない。全員がその考え方に納得するまでの期間、仕事の価値とその担当者の報酬に乖離がある状態に対して目をつぶり、徐々にその乖離を解消していくのが得策だろう。

また、上位者は担当者が作成したJPSに「余計な仕事・行動が入っていないか」をしっかりチェックする必要がある。本来はしなくてもいいこと、旧態依然の非効率などがあれば、それは削除するように求めるべきだ。人に仕事が張り付いていると、そのような状況になりがちであり、それがそのままJPSに反映されてしまうのは、仕事の本来の価値が明らかにできない。さらに、「やるべきなのに、やっていない」ことは、上司者が別途JPSを作成すべきである。取り組みたい課題があるのに忘れている、放置している、人手不足で取り組めていないといった仕事は、担当者に記述させるJPSから漏れるだろう。今、やられている仕事だけに、価値があるわけではない。

第二段階は、「スキル・シート」の作成だ。第一段階では、会社の中にある仕事の価値とその報酬を明らかにした。第二段階では、それらの仕事に対応できる、改善・改革・向上させていけるタレントが、社内にどれくらいいるのかを明らかにする。項目は「①私の強みは何か」「②私はどのような知識・スキル・ノウハウ等を持っているか」「③②で記述した内容のエビデンス(経歴や実績)」「④望む働き方は、どのようなものか(労働時間、働く場所などに関する希望とその理由)」「⑤望む職場(どのような人達とどのように働きたいか)」「⑥望むキャリア(今後、身に付けたいこと、経験したいことなど)」である。

多くの会社で「スキルマップ」が作成されているが、それとは全く異なるものだ。典型的なスキルマップはマトリクスになっており、社内の各業務とその遂行に必要な能力を左側の縦列に並べ、従業員の名前が上部の横列にあって、それぞれがその能力を保有しているかどうかをチェックしていくような仕組みだが、残念ながらほとんどのケースでお蔵入りか、形骸化してしまう。最大の理由は、左側に記述されている業務が曖昧である(業務のタイトルが書いてある程度である)ため、それに必要な能力も曖昧な記述になり、何ができる人なのか、何が得意かといった人物像がいっこうに見えないからだ。その結果、人事異動にも大して使えないし、評価にも使えないし、育成の役にも立たなくなる。そもそも、スキルマップは、家電製品のスペックを比較する表のような外観であり、人間の多様性や複雑性を認識していない人の発想としか思えない。

「スキル・シート」は、強み重視である。何ができるか、何が得意かを自ら表明する。そして、その根拠も同時に記述する。スキルマップのように、マトリクス表にチェックがなされているような無機的なものではなく、各々が自らの言葉で詳しく記述する。同時に、働き方や職場やキャリアに関する希望も書くようにするので、どのような形で貢献したいかという個別の想いも明らかになる。無機的で多様性が感じられないスキルマップとは違い、様々なタレントが存在している状況が分かってくる。

第三段階は、「JPS」と「スキル・シート」のオープン化である。JPSで、会社の中にある仕事の全てを公開する。スキル・シートで、会社の中にいる全ての人の得意分野や望む働き方を公開する。会社に、「仕事のプール」と「人材のプール」の二つのプールができる。そこに何が入っているかは全員に明らかにされる。仕事のプールの番人はマネジャーであり、人材のプールの番人は人事部である。現状は、仕事も人材もマネジャーが管理しているが、これを明確に分けて考える。そのマッチングがなされるような労働市場を社内形成する。

何を見て、どこでどのように協議されたか分からない人事異動ではなく、「仕事のプール」の番人が「人材のプール」をよく見て人材を調達し、「人材のプール」にいるタレントたちが「仕事のプール」をよく見て、それに応募する。互いの合意形成によって人が移動していく、オープンで分りやすい状態が実現する。人の移動は、基本的に公募が中心となり、その補完・調整機能として“人事異動”が行われるようになる。

第四段階は、等級制度の改定、定期昇給の廃止などを含む給与制度の改定である。「ジョブ・プライス制度」では、JPSに記述されている仕事の値段が、それを担当する人の報酬となる。したがって、職能や勤続年数などによって決まる等級(職能等級や役職等級)と、それにリンクしている基本給は、「ジョブ・プライス制度」の考え方とは矛盾する仕組みである。(同一労働同一賃金の原則にも矛盾している。)これらをそのままにして、「ジョブ・プライス制度」は機能しない。等級を大ぐくりにする、等級と給与を切り離すといった工夫が必要になるし、定期昇給も廃止するのが妥当だ。超過勤務手当の支払いなど日本の労働法制の範囲内で行うのは当然だが、等級制度・給与制度は時間をかけて改定していかねばならない。

第五段階は、学びと交流の仕組みを構築することである。「ジョブ・プライス制度」のもとで自由な労働市場ができてくると、出来る人には沢山のオファーがあって報酬も上がっていくが、一方で、オファーが少なくて報酬の下がる人が出てくる。オファーが少ない理由は、能力不足と交流不足である。能力が不足していたら、声はかかりにくい。それだけではなく、能力があるのに知られていない人もいるだろうし、声をかける側も、能力があるのはJPSから分るが会ったことがないから不安といったケースもあるだろう。だから、スキルアップを促す様々な学びの場を用意するとともに、様々な交流機会を設け、多くの人の間で相互理解が育まれるような場づくり、仕掛けの工夫が会社には求められる。

【つづく】

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