死刑囚たちが「オウムの真相を語る」必要がない理由/増沢 隆太
INSIGHT NOW! / 2018年7月9日 7時0分
増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ
1.オウム事件の教訓は真相ではない
東大など最高の学歴を持つエリートが次々と怪しい教義と怪しい風体の教祖に操られ、史上まれなテロなど犯罪に手を染めるに至ってしまったオウム事件。事件当時からたいへんな関心と、その真相を追う声が集まりました。
死刑が確定した後も、麻原自ら真相を語らせるべきとの声はあり、死刑執行によってその道をふさぐことに反対意見も出されています。信者を操って悪質な犯罪行為をさせた張本人自らが、その真相を語ることができるのなら、それは非常に意義があることだと思います。しかし真偽はともかく麻原自身が心神喪失状態といわれ、まともに話すこともできない現状で、どれだけ治療ができたとしても、そのような真相を自ら説明できる状況が来るとは考えにくいといえるでしょう。
そもそも本人自ら語ることに意味はあるにしても、大切なことは「真相を犯人自らが語る」ことではなく、このような犯罪集団を生み出したメカニズムとそれを許容してしまった環境を社会が強く認識することだと思います。
ナチのホロコーストへの糾弾は、ヒットラーだけを否定するのではなく、人類の犯罪として「普通の人」が関与したホロコーストを歴史に永遠に刻み続けることに触れています。私もヒットラーの思考を知るより、普通の人が加担してしまったメカニズムこそ、人類にとっては重要な教訓だと思います。
2.オウムの真実は解明済み
地獄の特訓のような社員研修で社員を操縦するのは、ブラック企業の典型的手法です。心身を極限状態に追い込み、思考能力を奪い、そこに導きたいメッセージを注入すれば、誰でも拒むことはできなくなります。こうした環境設定下で行われる洗脳は、個人の能力に関係なく効果が見られる手法です。
日大アメリカンフットボール事件の際、反則をした選手に対して自分で判断できなかった責任を問う声がありました。しかす私は法的にはその通りであっても、現実的に最強の体育会社会において、そのような思考や判断はできなかっただろうと思っています。組織や指導者への反抗など絶対に許されない環境に追い込まれている学生に、自己判断せよというのは正論であっても現実的には不可能なことです。
オウムは神秘体験を演出するためLSDまで使い、身体拘束や食事制限、暴力含め極限状態に追い込んだ信者に、教義を吹き込んだことはすでに解明されています。「教祖に超能力があったから」ではなく、科学的な洗脳手法を悪用して、普通の人間であれば抗うことができない技術で洗脳しただけのことです。
麻原教祖の超能力でもなんでもない、違法なトリックで犯罪を犯す側にされてしまっただけであり、思考能力を奪われた人間の当時の判断基準を聞くことに意味はあるのでしょうか。真実や本心がどうだったかより、誰でも洗脳手法を使って改造されてしまうメカニズムを悪用した犯罪だったことをあらためて認識し続けることの方がはるかに重要だと思います。
3.科学的に理解すべき超能力
犯罪者はこれからもずっと現れます。自分勝手な理屈で人をあやめたり、だましたりする人間は永遠に現れるでしょう。
真実の究明より大切なのは、そうした今後も現れる犯罪者とどう向き合うかです。一流大学を出ていても、洗脳やマインドコトロールの存在を知らず、それらを神秘体験と理解してしまうような愚かなことをしないようにする教育の方が重要ではないでしょうか。
今現在も後継団体の信者勧誘は行われているといいます。メディアや有名人も動員して一気に膨れ上がり、破局を迎えたオウム教団を育ててしまった社会のメカニズムと、超能力でも何でもない単なるトリックで、人は簡単に思考能力を奪われてしまうという実態。そしてそれは心の弱さなど関係ない身体的反応であること。
何より大切なことは自ら考えることを捨ててしまえば、犯罪に手を染めた死刑囚たちと同じ行為を、私たちは誰でも犯す可能性を持っているのです。エセ科学を無批判に信じてしまう思考こそ、オウムを育てた土壌となったことを、永遠に語り継いでいくことの方が、真実の追求よりずっと重要だと思います。
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