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“自立幻想”より”依存の自覚”(【連載11】新しい『日本的人事論』)/川口 雅裕

INSIGHT NOW! / 2018年7月18日 18時45分


        “自立幻想”より”依存の自覚”(【連載11】新しい『日本的人事論』)/川口 雅裕

川口 雅裕 / 組織人事研究者

バブル崩壊以降、働く人々にとって、会社は一生面倒をみてくれる存在ではなくなった。大企業といえども、倒産したり、存亡の機に立たされたりすることがあるのだから、信用しきって自分の人生を任せることは難しいという認識が広がった。将来的に人員削減の対象になるかもしれないし、在籍する会社の処遇体系が変われば生活水準の維持も難しくなるかもしれない。だから、いつどんな環境変化があってもやっていけるような、力のあるビジネスパーソンでいることが大事だと考える人が増えた。会社と従業員は「主従」の関係ではなく「対等」なのであり、会社に身を預けるのではなく、自分の人生は自分の力で切り開かねばならないとする主張も受け入れられるようになった。

もちろん、会社だって従業員全員に先々の保証ができるわけはないし、必死になって費用を削ろうとしているのに、しがみつかれるのも困る。あれをして欲しい、これをして欲しいといった要求ばかりしてくるのではなく、自分の食い扶持は自分で稼ぎ、自分の生活は自分で組み立てられるような社員が望ましい。会社が用意する地位・報酬・福利厚生・研修などに頼らず、自分の道は自分で切り開いてほしいというのが本音だ。こうして、両者にとって「自立」がキーワードになった。不確実な時代の到来により、社員は自立しなければならないと考えるようになり、会社も社員に自立を求めるようになったのである。

両者の姿勢が一致するのは悪いことではないし、働く人たちが、会社の中に閉じこもって与えられるのを待っているのではなく、自分の人生に対して自分で責任を持つようにするのは、そもそも当然の姿であるとも言えるだろう。勤める先に自分の人生や家族を預けるような感覚になったのは、終身雇用が前提の“日本型・正社員”が普及したせいぜいここ五十年程度のことでしかないし、欧米諸国にはそのような制度も感覚も、もともと存在していないからだ。

しかし、優れたキャリアの構築を考えるとき、この「自立」という言葉をその意味通りに理解してしまうのは危険である。自立とは、「自分以外の何の助けなく、何からも支配を受けず、自分の力だけで物事を進めている状態」といった意味だが、このような状態を作ってしまうとキャリアに支障が出てしまうからだ。


●自分は、何に依存しているのか?

あらゆる仕事において、「自分以外の何の助けなく、何からも支配を受けず、自分の力だけで物事を進めている」ことは有り得ない。従って、そもそもその言葉の意味通りの「自立した」職業人など存在しない。全ての仕事は、多くの人やモノや情報に依存しているのである。

営業職であれば、扱う商品やサービスに(それを開発・製造した人達に)依存している。契約後のお金のやりとりを行う人や、アフターサービスを行う人達にも依存している。知名度や会社の信用、顧客名簿や営業ノウハウは、それまでその仕事に携わった人たちの努力によるものだ。もちろん、それがなければ成果も出ないという意味では、顧客にも依存している。営業パーソンのキャリアは、これら多くの依存先によって築かれるのであり、マーケティングのセオリーを学んだり、営業スキルを磨いたりすれば良質なキャリアが出来あがるわけでは決してない。

経営者を含めて組織の長たる人々は、従業員や部下に依存している。自分が描いたこと、指示・指導したことを実行するのは部下だ。部下の実行力なしに、組織や業務が動いていくことはない。もちろん、部下は組織長に依存している。担当業務を与え任せてもらっているのも、期待をしてくれるのも上司だ。経営者と従業員、上司と部下は常に相互依存の状態なのである。この相互依存状態を軽視して、マネジメントやリーダーシップ・メンバーシップ、経営管理・実務知識などを学んだって、組織内で上手にコラボレーションできないだろうから大した成果も上がらず、キャリアにはつながっていかない。

そもそも働く人たちは、事務所スペースや電話や事務機器や事務用品を用意してもらっているし、社会保険も半分を負担してもらっているし、福利厚生制度などの恩恵もあるし、貢献の如何を問わず安定雇用が提供されているのだから、相当に会社に依存している。もちろん、会社も従業員に依存している。会社が依存しているのは株主やオーナーにだけではなく、従業員の頑張りに依存することで事業の継続や成長も可能になっている。

このように、あらゆる仕事において、「自分以外の何の助けなく、何からも支配を受けず、自分の力だけで物事を進めている」ことは有り得ない。したがって、依存状態(自分は何に依存しているのか)を自覚し、その依存先を大切に考え、その気持ちを行動に移すことが重要になる。でなければ、キャリアにつながるような成果を残すことはできない。自立したビジネスパーソンとは、依存先の上に自分が寄って立っていることを具体的に自覚し、だからこそ依存先を大切にし、その依存先からの期待に応えようとすることで結果を出し続けている人のことなのである。


●依存先を明らかにすることが、キャリアにつながる。

ところが、ほとんどのビジネスパーソンは依存先を明らかにはしていない。「私は何にも依存していない」と誤解しているか、依存しているがそれが「誰か」「何か」を明確にしないままでいる。依存先とは、すなわち貢献や配慮をすべき相手だ。だから、依存先をできる限り広げて考えることが、貢献する機会を増やすことになる。依存先を具体的に把握しないままでいるのはもちろん、依存先を狭く設定するのも貢献の機会を乏しくしてしまう。依存先を広く具体的に捉え、依存先を大切にすることによって、成果をあげる機会が得られ、それがキャリアにつながっていくのである。

依存先は、次のような観点から考えられるだろう。

①私の仕事の顧客は、誰か?(この仕事の依頼者は誰か?)

②仕事の関係者は、誰か?(誰と一緒に進め、誰に移行していくのか?)

③私が扱っている商品やサービスを生み出したのは、誰か?

④私が使っているツールは、誰が作ったのか?

⑤私が仕事を進めるために必要な環境を作ってくれているのは、誰か?

⑥私が心身の安定をもって仕事に臨めているのは、誰のおかげか?

⑦私が気持ちよく働けているのは、誰のおかげか?

このような観点から、自分が依存している人やものを思いつく限り、具体的に記述していく。そして、その様々な依存先に対して自分は何ができるか、どのような貢献や配慮ができるか、何が期待されているかを徹底して考え、行動に移していく。このような姿勢の人に対して機会が与えられる。この積み重ねこそが、キャリアなのである。ビジネススクールや研修や読書によって得られる知識は、依存先からの期待に応えるための手段に過ぎない。それらからいくら知識を得ても、「私は自立している」と勘違いし、依存状態の自覚がなければ、期待されず機会もないから知識を使う場面がない。学びだけでは良質なキャリアが築けないのは、こういう理由だ。

「優れたキャリアは、組織を信じ、職場の仲間と良好な関係を築き、“自らの職業人生のこれからを敢えて組織や職場に委任する(entrust)”ことによって形成される。独善的な目標や計画、孤立した学習や努力ではなく、組織や職場の仲間との協創によって優れたキャリアが実現する。」これが、キャリア・エントラスト理論の考え方である。委任する(entrust)にはまず、自分が何に依存しているのかを具体的に理解することが大切だ。そして、その依存先と相互理解を深め、相互に期待しあう関係を作る。そうすれば、安心して委任することが可能になり、優れたキャリアにつながるための機会に大いに恵まれるはずだ。自分は自立しているという“自立幻想”のままでは、いくら学んでも優れたキャリアは構築できない。

【つづく】

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