ロジカルシンキングを越えて:9.「海の水を全て沸かす病」の症状と処方箋/伊藤 達夫
INSIGHT NOW! / 2018年9月1日 22時10分
伊藤 達夫 / THOUGHT&INSIGHT株式会社
「ファクトのないあなたの話は聞けないよ。今現在どうなっていて、どうすべきなんだ?」
企画職の上司が典型的に言う言葉です。知りたい病を一通り経ると、今はどうなっているか?というのを数字で示し、そこから問題点を抽出し、提案することが求められていることがわかるようになります。それをしかも効率的にやらねばならない。
企画職としては当たり前なのですが、こう言われると、
(1)今現在どうなっているのか?をひたすら調べる。
(2)そこからどんな施策がありえるか?をひたすら考える。
(3)調べたことと施策をまとめて提案する。
が正しいように思えてきます。実はここに落とし穴がある。
しかし、このロジックのおかしさに気づくのはなかなか難しい。世間的には常識に見えるからです。コーポレートガバナンス的にも、意思決定はしっかりと事実を踏まえた上で、客観的に正しいというアクションを選ぶべきだ、それが株主への責任だ、というロジックがまかり通っている面もあるのです。
そんなことをすれば企業は競争力を失うことは明らかだというのに、気づかない人も多いのです。ある意味で恐ろしい。この誤解もとかないと、日本の競争力を復活させることは難しいとも思いますので、ここはしっかりと見ていきたい。
しかし、誤解を解くと言うより、しばらくこの通りにやってみれば、このロジックが机上の空論だということが身を持ってわかります。どういうことでしょうか?
これをやろうとすると、体がもちません。どんな素晴らしき情報システムがあっても、体がもたないのです。
これが「海の水を全て沸かす病」ですね。
いまどき、会社の経営に関する数字なんていくらでも出てきます。それをひたすらクロス集計かけても、意味のある読み取り方ができるような数字はなかなか出てきません。数字をこねくり回して、多変量解析やら、データマイニングでいろいろやろうとしても、よくわからない結果しか出てきません。当たり前です。この作業をやり続けるうちに、時間と体力が尽きてゲームオーバーとなります。
ただ、たまにきれいな相関が出るような指標同士が出てきます。
例えば、国家のデータを見てみると、インフレ率と経済成長率の相関が高く出たりしますよね。きれいに正の相関が出る。クロス集計を数百個も作ってこの結果が出たら、飛びつきたくなります。そして、この結果から「インフレを起こせば景気がよくなる」というアクションを見出す人もいるかもしれません。
そういえば、著名なコンサルタント/経済評論家という方が、このようなことを戦略担当大臣にご提案されていましたね。しかし、これは相関があるからといって、因果関係を安易に決めてはいけない、というデータ分析の基本中の基本をはき違えています。
このインフレ率と経済成長率の高い相関は、「景気が良くなると、その結果としてインフレが起こることがある」というふうに読むのが正解であって、「インフレが起こると景気が良くなる」と読むのは因果関係の読み間違いです。
あと、よくあるのは、ガソリンスタンドの立地条件を考えるためにデータを分析していたら、地域のコンビニエンスストアの数とガソリンスタンドの数が高い相関を示すようなケース。これは何かあるはずだ!と思うかもしれません。そして、ガソリンスタンドとコンビニエンスストアの併設店舗を作ればいいんだ!というアクションが出てくるかもしれません。
ただ、おそらくはうまくいかないのではないかと思います。ガソリンスタンドのオペレーションとコンビニエンスストアのオペレーションが違い過ぎて、併設店を作ってもコストの共通化が難しそうですし、シナジーのある形にするのも難しそうだからです。そんなマルチタスクができるコンビニのアルバイトがいたら見てみたいです・・・。いや、わかりませんよ。ひょっとしたら、ひょっとして、うまくいくかもしれませんから。
こういういわゆる「結果としての相関」の読み違いも頻発するのですが、もう1つ頻発するのが「コインの裏返しの施策」です。経営の指標を見れば、ちょっとずつ「問題だ」と読めることがたくさんある。それを1つ1つ叩いていくことは、現場のマネジャーは普段からやっている面があります。
彼らはこの指標を改善するために、何らかの施策をやると、また違った指標が問題を起こすことを知っています。なんとなく、これらの指標間に関係があることはわかっているのですが、それをまとめてどういう関係になっているという全体観をまとめるにはなかなか至らない。
簡単な例で説明してみます。
営業部門では、「成約率を上げろ!」が合言葉になることがあります。見込み客のリストは限られている。成約率を上げれば、売上が上がる。
でもね、「成約率が上がった!やった!」と思うと、別の問題が起きます。
たいていはクレーム発生率が上がるのです。クレーム対応にマネジャーが追われるようになり、「なぜこうなったのだろう?」と思うこともあるのですが、目の前のクレームの嵐に対応しなくてはならない。
そのクレーム発生率を下げるために、デリバリー(サービス提供)を必死でやろう、となる。
でも、デリバリーのコストが上がって、ペイしなくなる。これじゃペイしない。現場のマネジャーとしては、サービス残業を強要したりするという解決策もないわけではない。
なんとかペイさせるために無償労働、サービス残業を従業員に強要することを選んだとしましょう。
すると、だんだん離職率が上がり、いつの間にか、サービスレベルが低下してしまう。そうすると、クレームはやまず、更には次々に新しい人員を採用せざるをえないことになり、採用コスト、教育コストが上がってしまう。人がいつかない、クレームがやまないという目の前の状況を見て、現場のマネジャーは「どうすればいいんだ」と途方に暮れる。
まるでモグラ叩きですが、現場のマネジャーはこういう状況の中で回し続けるのが仕事だったりします。
「なんとか耐えてくれ」以外にメッセージの出しようがない場合も多々あります。こういう現場を企画の人が見ると、「はじめからちゃんとやりゃあいいのに」とあきれたりもしますが、現場の人は日々のオペレーションを回すことで手一杯です。
たとえ企画の人がやったとして同じような結果となるでしょう。そういうものです。
ただ、こういう指標をバラバラに見て、施策を1つ1つにやっていこうとしても、未来永劫続くモグラ叩きゲームをやり続けるだけです。
上記の現場マネジャーはどのように思うかといえば、因果関係を考えるよりも、クレーム発生率が高いこと、人の離職率が高いこと、つまり結果としての現象に着目するだけです。たいていの場合、その根本原因にクロージング率を無理やり上げていることに着目したりはしません。
確かに経営はモグラ叩きゲームのような側面があることは事実ですが、モグラが一気に顔を出し続けるとビジネスプロセスが崩壊するという事態に陥り、サービス提供ができない状況となります。お客さんの数が一気に減り、収益性が悪化し、最悪はビジネスが継続できなくなります。
少なくとも、モグラがしばらく顔を出さずに、収益性が向上するような施策を考えて実行したい。
でもね、会社のデータをひっくり返して、指標をひたすら見て、相関を見ても、重労働のわりに、因果関係を読み違えてとんでもない施策を提案したり、モグラたたきより少しましなアクションを次から次へと打たざるを得ないという状況になったりするのが関の山です。
根本的な勘違いがここにはある。
それは何でしょうか?
それは、「結果として出ている事象、数字に対応することがいいことである」という勘違いです。
結果として出ている事象には、深層というべきものがあります。
数字にならない、数字にまだなっていない、数字にできない部分での原因というものがある。数字になっていない部分があることを認識したうえで、数字になる部分とならない部分を含めた全体の関係性を把握した上で、その体系の中でクリティカルな部分を叩いていかないと、効果の高い施策にはならないということです。
こういった数字にならない部分まで考えていかないといけない。この作業がまさに分析であり、仮説を作っていくという作業なのです。
仮説に関しては、何をすればいいのか?というアクションに関する仮説はみんな出てくるのですが、何が起きていて、それがどう関係して、今の事象として表れてきていると思う?ということに関する仮説はなかなか出てこないものです。
でも、こういった部分での仮説を持って作業をしないと、すべてに手を付ける調査と言いますか、とにかく会社にあるデータをひっくり返して全て見てからいろいろ考えるという、体がもたない作業をやらざるを得なくなるわけです。
たまたまいい結果が出ることもあります。確かにその、たまたま出た結果に救われたこともあります。
でもね、ある時、優秀なコンサルタントに言われました。
「この結果はすごいね。よくわかったね。でも、これ、初めからこうなると思ってだしたの?それともたまたまクロス集計したら出たの?」と。
思わず、「たまたまだよ!」と絶叫している時に気づきました。おそらく、全く違ったアプローチがありえると。自分はとてつもなく非効率的なアプローチをとっている、と。
確かに、20代ならばこの作業に耐えられるかもしれない。最悪35歳ぐらいまでなら、なんとか無理も効くかもしれない。でもね、40代になったら、そんなことはおそらくできない。これは容易に想像がつくことです。
たまたま、早い時間でいい結果が出て、「今回は冴えていた!」という偶然に頼るわけにはいかなくなるのです。「なかなかいい結果が出ないなあ。しょうがない今日は朝まで頑張ろう。みんなごめんね」というようなことができるのは若くて元気な時だけです。
20代のビジネスパーソンがひたすらデータ分析をするのは、それなりに意味があると思います。物事のつながりにおける仮説を考える能力がないのならば、それぐらいやって当たり前だとは思います。
でも、少しずつ、因果関係の仮説を考えるほうに向かってほしいのです。まだ数字になっていない部分はなんなのだろう?数字は、結果として出てきた数字はこうなっているけれども、深層に潜んでいるものはなんなのだろう?と。
ビジネスにおいて、深層にあるのは、たいていは人の気持ちだったり、なんとなくの行動だったりします。数字という結果が出るためには、どのような人の気持ち、行動があるのか?これに辿りつけるようになるには、すごく時間がかかると思います。できない人はずっとできないでしょう。
でもね、こういう仮説と論点を考えることができるようにならない限り、結果だけを後追いで追い回すことしかできません。
もしも、リソース量が圧倒的で、業界ナンバーワンなのならば、先読みをする必要もないでしょう。「牛歩」とも言うべき戦略オプションがある。
つまり、人がやって少しうまく行っている様子ならば、タイミングを見て、満を持して当該市場に参入して、一気にマーケットを支配するというやり方を取ればいいのです。
でもね、そんな会社はほとんどないわけです。規模の経済で勝負するのは、グローバルマーケットで言えば、米国系中国系の超大企業です。日本企業の多くはグローバルニッチと言われるように、ニッチ市場を動き回ることで生き延びている企業も多いと思います。
そういう企業は常に深層まで深く考えていくことを求められます。常に数字に目を配りながら数字の深層にあるものを捉えていく。これはある意味しんどいのですが、日本企業の場合は、こうやらざるを得ない企業が多いのではないでしょうか?
また、国内マーケットでも、中堅中小企業は、常にこういった考えを巡らせている必要があると思います。大手がリソースにモノを言わせてやってきたら非常に厳しい。かといってモグラ叩きでは間に合わない。毎年毎年マーケットを見ながら深層を考えていかねばならない。
もうわかりましたね。この部分を越えていくには、しっかりと仮説を作ることが必要なのです。しかも作る仮説はアクションに関する仮説だけでなく、もっと大事な「未だ数字になっていない部分の因果関係仮説」です。
しかし、この段階に来ていれば、数字をおさえてモノを言うことはできますので、数字をおさえて、数字になっていない部分を考える方向に向かっていくことが必要であることを認識することで、この段階を少しずつ超えていくことができるようになります。
はじめから「大体の数字はこうなっているだろうから、深層の因果関係について仮説を考えてみよう、こんなアクションがよさそうということにして、ストーリーがしっかり描けるか考えてみよう」というような仕事の始め方がいいと思えるようになると、次の「仮説/論点立てたい病」に進むことができるようになります。
ここまで読み進めた読者ならば、初めに書いた3つのプロセスがおかしいことがわかるでしょう。もう一度書きますと・・・
(1)今現在どうなっているのか?をひたすら調べる。
(2)そこからどんな施策がありえるか?をひたすら考える。
(3)調べたことと施策をまとめて提案する。
敢えて答えは書きません。どこがどう間違っているのかを考えてみましょう。ここまで書いてあることを読み込めば、必ずわかるはずです。
それでは次に、実際に仮説、論点をどのように使うのか、その時陥りがちな過ちを見ていきましょう。
ただ、仮説、論点は非常に奥が深い世界ですので、必要性の認識を持ったとしても、なかなか使いこなせるようにはならないです。しかし、ここができるかできないかが、できる企画スタッフとそうでない人の分かれ道です。気合を入れて次の章でその段階を詳しく見ていきたいと思います。外部リンク
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