日本企業に埋め込まれた「シェア」と、欧米のワークシェアの違い(【連載17】新しい「日本的人事論」)/川口 雅裕
INSIGHT NOW! / 2018年10月24日 15時35分
川口 雅裕 / 組織人事研究者
ワークシェアは仕事の分かち合いによって、個々の労働時間を削減しながら、全体としての雇用数を拡大しようという策で、失業率の高かったヨーロッパでうまくいった例が多い。日本でも、長時間労働の是正という観点から注目されたことがあった。ただ、確かに一つの仕事を二人でやれば、一人の労働時間は半分くらいになるのだが、同時に賃金も半分になってしまうから、なかなかワークシェアが進まない(だから労働時間が長いままだ)ということになっている。
しかし、あらためて考えてみれば、日本の会社はもともとワークシェアによって成り立っているようなものである。日本は「正社員」として雇用したら原則として解雇できないし、雇用期間の定めもないから、これから先もずっと会社にいる前提になっている。だから、仕事の量が減ったり、組織の形態や会社の業績等がどんなに変化したりしても、所属している人たち全員で仕事を分け合うのが基本である。でなければ、社内失業者(給料を払っているのに仕事がない人)が出てしまうからだ。欧米のように、仕事の質や量に応じて人が調達されるわけではなく、日本では在籍者全員に仕事が常に分け与えられ、場合によっては、無理に作り出してでも全員に仕事が行きわたるようにする。日本企業には、もともとワークシェアの仕組みが組み込まれているのである。
失業率が低い一因はここにあるが、一方で、ではなぜ労働時間が長いのかという疑問が湧いてくる。もともとワークシェアの仕組みが組み込まれているのであれば、雇用が維持されるだけでなく、労働時間も短くてすむはずだ。この疑問は、シェアという言葉の意味を考えてみると解決できる。シェアには、「分けること。分配。分担」という意味と、「共同でもつこと。共有」という意味がある。そして、欧米のワークシェアは前者であり、日本企業に組み込まれているワークシェアは後者なのである。
欧米のワークシェアとは、役割や責任や業務を明確に分担することを意味している。各々の業務が重複せず、また互いの干渉や調整ができる限り少なくなるように、明確に仕事を分け、それぞれがその遂行・達成に責任を負う。一方、日本のワークシェアはfacebookのシェアと同じように、皆で仕事や情報などを共有するという意味合いが強い。一応、分担された役割や業務はあるのだが、それぞれの範囲は重なり合っており、責任の所在もはっきりしない。だから、すり合わせを欠かさず、協調的に進める必要があり、最終的な結果に対する責任も皆で負うことになる。決裁に必要な書類にハンコがズラリと並んだり、会議の出席者がやたらと多かったり、連絡メールのCCにたくさんの人のアドレスが入っていたりするのが、分かりやすい例だ。日本の企業に組み込まれたワークシェアは、分担ではなく、「共有して一緒に」であり、これが労働時間が長くなってしまう元凶ではないかと考えられる。
皆でホールのケーキを食べようとなったとき、欧米式は切り分けるが、日本式ではケーキをホールのまま皆でつついているようなものである。どこまで食べていいか、イチゴに手をつけていいのかは、一緒に食べている人たちの様子を見ながら、話し合いながら決めることになる。仮に、ケーキを早く食べきることが目標だとすれば、欧米式は早く食べる能力に応じて切り分け、役割分担を明確にするから結果に対する貢献度もわかりやすい。皆でつつきながら食べていては、早くも食べきれないだろうし、結果は皆の責任となり曖昧なものになってしまう。
●日本型シェアのデメリット
囲い込まず、他者に仕事を振るというのは、「共有して一緒に」という日本型シェアの考え方に反している。いかなる仕事も完全には手放さず、任せるが関心は持ち続け、何かのときには手を貸そうという姿勢をとる。すべての仕事に全員が関心を払い、各々が状況変化について関係者に対する報告や連絡や相談をしっかり行う。これが、日本型シェアの考え方に合致する仕事の進め方である。その結果、上手に仕事が振れず、囲い込んでしまう人が増えてしまう。これが、日本型シェアによって生まれる一つ目のデメリットだ。
日本型シェアは、仕事への参加者が増える。最適な人数、最適な能力、最適な進め方を決めて権限を委譲し、結果責任を問うという発想はなく、多くの人間が関われば関わるほど、結果が良くなると信じているかのように、全員の力を結集して仕事を進めようとする。その結果、参加者がどんどん増えていくので、コミュニケーションが複雑になる。「聞いていない人がいる」ことは大きなミスとされるし、いつ誰にどのような情報を入れるかという“機微”のようなものが重要なスキルとなる。関係者が多ければ多いほど、物事は決まりにくくなるから、会議も増えてしまう。もちろん、多数による複雑なコミュニケーションが良い結果をもたらすなら問題はないが、多くの場合、時間の浪費・凡庸な結論・あいまいな責任といった結果に終わってしまう。これが、二つ目のデメリットである。
三つめは、リーダーシップが発揮されにくくなることだ。役割や業務の分担を明確にすればするほど、担当者に責任感や結果に対するコミットメントが生まれるから、リーダーシップが発揮される。分担があいまいで、仕事が相互に重なっており、全員がすべての仕事に関心を持ち合っているような状態では、責任感が生まれにくく、従ってリーダーシップは発揮されない。同じシェアでも、「分担」はリーダーシップを促すが、「共有」はリーダーシップを抑制してしまうのである。
最後に、シナジーも生まれにくくなる。相乗効果は、異なる利害や主張を持つ者同士が、いかにして互いに満足できるwin-winを実現するかというプロセスから生まれる。逆に、もともと同じ意見を持つ者同士がいくら話を重ねたところで、新しいアイデアは生まれてきにくい。明確な役割や業務の分担とは、組織に異なる立場の者を作ることなのであり、立場や見方が多様になった結果としてシナジーが生まれるようになる。「共有して一緒に」とう仕事の進め方をすればするほど、皆が同じ見方・考え方をするようになってしまう。そのような組織には、シナジーは期待できない。
●切り分ける力
とはいえ、日本型シェアをやめてしまうのは無理だろう。皆が同じ情報を持ち、仲間外れがないように、全員の合意形成に基づいて丁寧に物事を進めていくのは、仕事に限らず日本人の行動様式であるし、仕事がないからと言ってクビにしたりせず、また社内失業が起こらないように仕事を与え続けるようにするのは、日本の労働法制や労働慣行の要請によるものであるからだ。
重要になるのは、中間管理職層の「シェア」に関する考え方の転換だ。
まず、自らの権限や責任まで、上位者や部下とシェアするような態度はやめるべきである。上位者への相談を重ね、その回答からいろいろと忖度して物事を決めたりするような態度は、自らの権限や責任を上位者とシェアしているのと同じである。また、部下の意見や意向をいろいろとヒアリングし、自らの意見との調整を図って最大公約数を結論とするような態度も、自らの権限や責任を部下とシェアしている。このような態度は、そのポジションに本来、求められているものではないだろう。
次に、「情報の共有」に価値を置きすぎないことである。何でもシェア(共有)すれば、自分もメンバーも安心するのは間違いないが、成果が上がるというものではない。何でも共有するようにという指示は、会議を増やし、コミュニュケーションを複雑にしてしまう。報告・連絡・相談の上手さが仕事ができる人であるかのような錯覚をメンバーに抱かせ、せっかくの多様な才能をつぼみのまま萎ませてしまいかねない。
仕事を切り分ける力、欧米型のシェア(分担)をする力を身に着けるのも大切だ。各々の職務を明文化し、期待する成果の内容を細かくしっかりと約束し、結果に対する責任を問い、説明を求めるようにすることである。「曖昧な分担と綿密な共有」というスタイルから、「明確な分担と、異なる立場同士の葛藤」へマネジメントを転換する。それによって、各々のリーダーシップと組織のシナジーが期待できるはずだ。
【つづく】
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