シナジーを発揮するための6つの視点(【連載19】新しい「日本的人事論」)/川口 雅裕
INSIGHT NOW! / 2018年11月29日 14時5分
川口 雅裕 / 組織人事研究者
同じ人たちがそれぞれ同じ業務・役割を、目的を変えず、何も学ぶことなく、同じルールや手続きや空気に従って行っている組織には、当然ながらシナジーが生まれない。それまでよりも大きな成果、良質なアウトプットなどを得るためには、「もっと頑張れ」「もっと工夫せよ」といった叱咤激励ではなく、具体的な変更がマネジメントには求められる。
もっとも分かりやすいのは「人を替える」ことだ。同じ人が同じ役割や担当業務をやりつづけると、たいていの場合、アイデアが枯渇して機能が低下したり、属人的になってブラックボックス化したり、飽きやマンネリ化によってパフォーマンスが落ちたりする。したがって、一時的な生産性の低下やリスクの高まりを恐れず、人事異動や担当を変更していく必要がある。これができるのが大企業の強みだ。大企業では、役割と人の組み合わせはいくらでも考えられる。中小企業ではその必要を自覚していても、役割と人の組み合わせが限られてくるから、柔軟な人事異動や担当変更が難しいのが現実である。
「人を変える」のも重要である。多様なインプットを行う機会を提供し、刺激を与えつづけることで、それぞれの役割や日常業務に関する変化を促していく。人は経験や場数で成長していく一方で、経験を積めば積むほど、場数を踏めば踏むほど先入観にとらわれやすくなり、過信が生まれ、アイデアも出にくくなってくるものである。これを防ぐのが、日常の業務を離れた学びだ。「人を替える」よりも時間がかかるし、効果も見えにくいケースが多いが、これは組織の大小にかかわらず可能で、継続すれば「人を替える」よりも、企業の競争力に寄与する可能性も高いだろう。
「目的を変える」のも効果が期待できる。その仕事の意味、自分たちの顧客や使命の定義づけ、ビジョンやパラダイムを定めるといったアプローチを行う。人の行動はその目的に依存しているから、「誰のために、何のためにやっているのか」を明文化して納得・共感を得られれば、役割行動や業務行動も変わっていく。同じ仕事をしていても、自分を“ブローカーだ”と思っている人と、“ソリューションの提供者だ”と思っている人では、顧客対応も提案内容も大きく異なる。少し前にトヨタのトップが「クルマを作る会社から、モビリティ・サービスの会社に変わる」と発言したが、このような企業ドメインの定義も実務者たちの思考を変えていくはずである。
そのほかにも「ルールを変える」「技術を変える」「コミュニケーションを変える」といった方法が考えられる。硬直化した、前時代的な、肥大化したルールや規制・手続き・フォーマットを改廃し、合理的で必要最小限なものにする。業務に用いている古い機器を入れ替える。会議・説明・議論、報連相、対話・面談など、様々なコミュニケーションのありようを見直したりスキルの向上を図ったりする。5人でやっていた仕事が、3人でできるようになる。5人で出していた成果の質や量が、どんどんと増えていっている。これが、シナジーが発揮されている状態である。それには、以上の6点の観点から具体的な変更を実施し、シナジーが生まれやすい組織開発を進めていくのが重要だ。
●シナジーを生み出すコミュニケーション
これらの中で、もっとも漠然としていて分かりにくいのが「コミュニケーションを変える」だろう。コミュニケーションはあまりに日常的だし、多少の苦手意識を持つ人はいても、自分のコミュニケーションがそんなにダメだと思っている人は少ないからだ。実際、具体的な課題を持って改善を図っていたり、高いレベルのコミュニケーション・スキルを学んだりしている人は少ない。「コミュニケーションを変える」と言われても何をどう変えるかはピンと来ないだろう。シナジーを発揮するためのコミュニケーションは、「発信」がポイントである。発信といっても、しゃべるという意味ではない。
シナジーを発揮するコミュニケーションの第一段階は、「興味・関心の発信」である。そして、相手に対する興味・関心を発信する方法は、「訊く」(質問する、尋ねる)ことと、「聴く」(洞察的・受容的な姿勢で耳を傾ける)ことに尽きる。「訊く」は客観情報だけでなく、相手の思考・感情の中身や意見まで質問するのがポイントとなる。客観情報を把握したいだけの質問は、(知っていれば誰に尋ねても同じ回答になるから)相手に対する興味・関心を発信したことにはならない。後者の「聴く」では、適切なリアクションが欠かせない。向き合わず、無表情で反応もしない人に対して、話す気にはならないからだ。うなづきやあいづちがあり、言葉だけでなくその真意をくみ取りながら、見られている意識を持って最後まで耳を傾ける。このようにして発信された「興味・関心」は、相手の話す意欲を刺激し、後の効果的な合意形成に結びついていく。
第二段階は、「共感と違和感の発信」である。効果的な質問を重ね、洞察的・受容的に耳を傾けて受け取った内容に対して、「同意する点や一致する点」と、「相違点や自分の考え方とは異なる点」の両方を整理して述べる。相違点のみに焦点を当てた発言をしてしまい、まるで全ての点で意見が異なっているような議論になるケースは多いし、その結果、合意形成への意欲が低下してしまうのは、もったいない。さんざんしゃべったあとで、「あれ?じゃあ、だいたい一緒なんじゃないの」となるのは非効率だ。何が同じで、何が異なるかをしっかり表明し、確認する。その上で、相違点だけにフォーカスするのが重要である。
第三段階は、「意欲と信頼の発信」だ。これは、「案を出し合う」ことと、「合意を確認しあう」ことで可能になる。相違点にフォーカスしたら、どのようすれば相違点を解消できるか、どのようにすれば両者が満足できるかという観点から、アイデアを出していく。win-winの追求である。もともとは両者ともに考えていなかった第三案を、互いに出し合い、これを修正しつづける。そうして出来上がった案について、合意できたことをしっかり確認する。実行を約束する。相手の案を待ち、それを評価・判断するだけの受動的な姿勢ではない。否定されることを恐れず、何としても相違点を解消できる案を生み出そうとする姿勢は、合意への意欲と相手への信頼が感じられる。
シナジーを発揮するコミュニケーションは、「興味・関心の発信」「共感と違和感の発信」「意欲と信頼の発信」の三段階から成る。互いに忌憚のない本音を述べ合い、一致点と相違点を整理しながら、相違点を解消する第三案を出し合って合意にこぎつけ、その実行を約束する。こうして出来上がった合意と約束は、それぞれの役割行動や業務行動を変化させる力を持つ。
当たり前のようだが、この三段階は、よくある組織内コミュニケーションとは大きく異なっている。職場を振り返ってみれば、「まず話を始める」人が多いだろう。質問をせず、したとしても「客観情報のみ」で、相手の思考や感情や意見まで踏み込んで聴き出そうとする人は希少だ。リアクションがない、少ない人も本当に多い。それなりに聞いてはいるのだろうが、うなづきやあいづちなどの反応がないので、見ていると聞いていない感じがしてきて話すモチベーションが下がってくる。これでは、分かっているつもりになっているだけで、実は相手の言いたいこと、思っていることはほとんど理解できていないだろう。相違点だけにフォーカスしてしまったばかりに、相手の案のデメリットを指摘して終わるような会話・会議も多い。相違点を「まあまあ」とウヤムヤにするような会議も多い。案を出さない人、合意するより説得することに熱心な人も散見される。よくある組織内コミュニケーションは、ざっとこのような状況であり、そこから導かれた結論に人の行動を変える力はない。
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