「動物園のような会社」と「エコシステム」(【連載20】新しい「日本的人事論」)/川口 雅裕
INSIGHT NOW! / 2018年12月13日 15時5分
川口 雅裕 / 組織人事研究者
弱肉強食と共存共栄は、局地的・一時的には両立しない。強い者と弱い者が出くわせば、強者は弱者を捕食してしまうから、共存は不可能だ。しかし、だからといって森の中がライオンだけになってしまうわけでもないし、地球がヒトだけになってしまうわけではない。そうなってしまえば、ライオンもヒトも生き残れないし、弱者は弱者でそれぞれ置かれた環境に適応し、進化しながら生き延びていくからだ。全体を長い目で見てみれば、自然界は誰が介入することもないのに多様性を保ち続け、共存共栄が実現している。弱肉強食も共存共栄を実現するための手段のようなものだ。生態系はこのような「放っておいても回る」仕組みを持っている。
注目されている「エコシステム」は、このような状態を目指そうという考え方だ。得意・不得意が多様な組織や人たちがそこに参加する。それぞれが誰に従属するでもなく、参加者たちの中央に強い権力や権限を置くのでもなく、各々が得意を活かし、自分にメリットがあるように行動する。(ただし、「共存共栄」を共通の目的や理念として設定しておくことは重要である。)その結果、参加者全員にとって望ましい果実が生み出される。それぞれが思いのままに力を出し切っているだけで、「放っておいても」成果が出て、「放っておいても」次の成果に向けて回り、進化していくような仕組みである。エコシステムは、イノベーションの創出を目指した企業同士の協働といった意味で使われることが多いが、以上のように捉えると、企業の組織運営や人事管理にも十分に参考になる。
エコシステムには、淘汰や代謝がつきものだ。得意がなければ、そこでは必要とされず見向きもされない。得意がなくても手を差し伸べてくれるような権力や権限は存在しないから、淘汰されてしまう。その意味では「弱肉強食的」ではあるのだが、重要なのはこれが「進化」や「成長」への強いインセンティブとして働くことである。そうして、参加者は必要とされ続けるために学ぶようになり、エコシステムは「学習する組織」になっていく。
それぞれが異なる得意分野を持って集まり、同時に不得意を補い合う関係にあるとき、そのチームにはリスペクトの感情が生まれる。エコシステムへの参加者は、自分には出来ないことができ、知らないことを知っている仲間のおかげで、成果が生まれていくのを実感できるからだ。そして、リスペクトは協調する姿勢、貢献する意欲につながっていく。異なる得意分野を持った者が集まってできた多様性は、「弱肉強食」ではなく、共存共栄を実現するのである。エコシステムが理想とするのは、放っておいても学び、進化し、成果が出て、共存共栄が実現する、そのような状態である。もちろん、そこではモチベーションやロイヤリティ、エンゲージメントといった観点の問題も解決する。
●エコシステムのインセンティブ
エコシステムの特徴は、そこに組み込まれた「インセンティブ」にある。エコシステムにおけるインセンティブは、金銭的報酬などのいわゆる外発的動機づけに分類されるものが極端に少ない。エコシステムのインセンティブには、まず「言動の自由」が挙げられる。規制やルールは少なく上司や権力も存在しないから、要求されたからやるのではなく、自分で考えて、自分で決定した行動をする。“やらされ感”ではなく“やりたい”という欲求で動ける状況は、人を大いに動機づける。次に、多様性によって生じる「自分らしい居場所」もインセンティブだ。それぞれに得意分野や強みが違うから、頼りにされるし、質問されるし、果たすべき役割が自然に決まってくる。同質な組織では役割があいまいになるので、椅子取りゲームが始まってしまうが、多様性があればあるほど居場所ははっきりしてくる。居場所とは、周囲からの承認を得た証であり、チームの一員であることを実感できるものであるから、これもいっそう人をやる気にさせる。そして、自由意思や自己決定に基づいた行動、明確な役割に基づいた行動によってチームに貢献した結果は、与えられた役割をいちいち指示されて行った貢献より、はるかに大きな心の報酬となる。
もちろん、役割が明確に割り振られ、その能力を発揮しなければならない状況はプレッシャーにもなるが、その結果として、またそれゆえに、エコシステムにはフリーライダーがいなくなる。相互の明確な期待(プレッシャー)は、「皆の行動や成果に乗っかるだけで何もしないような人」を減らしていく。このように、誰もがそれぞれに頑張っていると実感できる(だから自分もいっそう頑張ろうと感じられる)のも、エコシステムに存在するインセンティブである。また、このような内発的動機付けが機能しているチームや個人に対しては、金銭的報酬が逆効果になりかねないのが面白い。(アンダーマイニング効果)
●介入・調整システム
エコシステムと対照にあるのが、ルールや権限による統制を行う「介入・調整システム」である。自由意志や自己決定による行動はリスキーである(あるいは期待できない)と考え、就業・働き方・処遇、業務遂行・意思決定などに関してくまなくルールを張り巡らせ、フォーマルで確実な組織運営によってミスやトラブルや失敗を防ぎ、組織や人を守ろうとする仕組みと言ってよい。ルールや手続きが定められ、それに則った行動がなされるのでコンプライアンス上の安心があるし、“強みや得意”ではなく、“ルールに基づいた行動ができるか”という比較的容易な能力が問われるので、エコシステムのように人の淘汰や代謝が起こりにくい(から働く人たちも安心だ)。職務分掌が明確で、上席がいてその判断が常に優先されるから、部署間や関係者間の軋轢や葛藤は少なくなるし、組織が空中分解してしまうようなこともない。一言で言えば、“皆が安心のシステム”である。
もちろん、「介入・調整システム」が提供する安心は、弊害も生む。役割は組織の長が必ず与えてくれるし、強みや得意がなくても淘汰されることはないので、学び、進化する姿勢がなくなっていく。淘汰をされることがないから、フリーライダーも増えてくる。(本人に悪意があるわけではなく、実質的社内失業によってフリーライダーになってしまう。)ルールや手続きが決まっていて、自由がなく自己決定できない環境に慣れてしまうと、考えるのを諦める態度が染みついてしまう。法改正が行われたり新たな規制が加わったりするたびに、また想定外のことがあるたびにルールが増え、介入・調整を担当する管理部門が肥大化していく。ルールの運用・管理や事務処理を行う部署や人が増える多大なコストはもちろん、ルールの存在が奪っている現場の付加価値時間は、無視できるレベルではなくなっていく。“安心”を求める人はそれでもいいだろうが、“安心”とは異なる会社観・キャリア観、働く意味を持つ者には、とてもモチベーションが保てない。
●エコシステムを取り入れる工夫を
エコシステムが自然界だとすれば、介入・調整システムは動物園のようでもある。自然界には、進化しないものは淘汰されてしまう厳しさがあり、生死の危機にさらされることもあるだろう。しかし、その環境が生物を強くし、多様性が生まれ、持続的な共存共栄を実現している。動物園では、飼い主は人気のあるなしにかかわらず、元気で生きていてもらうためにそれぞれにしっかり餌をあげ、大切にかわいがる。しかしながら、狭いところに閉じ込められ、餌を確実にもらえる環境にいる動物たちは、確かに生死の危険や苦しい生活環境からは逃れられるのだが、決して強くなることもなく、活き活きともしてこない。
エコシステムは、主として内発的なインセンティブで人を動かす。介入・調整システムは、ルールで人を動かす。もちろん、どちらも万能ではないが、多くの日本企業が介入・調整システムを中心としているのは言うまでもない。そして、意図があってそのような仕組みを取り入れているのではなく、ほとんど無意識にあるいは先入観として、介入・調整システムを採用しているのが実際である。
ここまで考えてくれば明らかなように、「介入・調整システム」一辺倒で人を動かしている状態のまま、人材の成長や組織の活性化、モチベーションやエンゲージメントの向上を期待するのは、ブレーキを踏んだままアクセルをふかしているようなもので無理がある。これが、多くの企業で人事施策に効果がない理由だ。
さらに言えば、「介入・調整システム」は、能力的に未熟で、尻をたたいてもやろうとしないような意欲の低い人間で、放っておけば何をしでかすか分からない性悪を想定している。このような人間たちを御していくには、当然ながらルールで縛り、規制をかけ、監視する仕組みが欠かせない。もちろん、どのような人材像を描こうが企業の勝手なのだが、少なくとも、「低能で意欲が低い性悪」という想定でなされる人事管理や人材育成から、組織の活性化や事業でのイノベーションが起こらないことは確かだろう。
また、「介入・調整システム」は、明日の食い扶持にも困り、社会保障もほとんどなく、未来の夢よりもとにかく安定した仕事と給与が欲しいという人たちが少なくなかった、日本が貧乏だった時代を想定しているようでもある。確かに、会社がセーフティーネットの役割を果たしていたような時代であれば、淘汰や代謝が起こらない“安心”のシステムが良かったに違いない。しかし、時代は変わる。豊かになった結果、仕事はカネを稼ぐ手段でしかないとしか考えられないような人は少数派で、仕事そのものの面白みややりがいや意義、自己実現を目的とする人が増えている。そして、不自由な「介入・調整システム」が、そのような人たちを喜ばせ、幸せにするとは思えない。
「介入・調整システム」一辺倒では、もはや人や組織は上手に動かせない。「介入・調整システム」だけが、人や組織を動かす仕組みではない。「介入・調整システム」は、創造性や新規性が求められる現代のビジネスシーンにはそぐわない。「介入・調整システム」は、現代の働く人たちを幸せにはできない。「介入・調整システム」が想定している(この仕組みの底流にある)人材像や時代観は、もはや適切ではない。今、求められているのは、ルールや規制の大胆な改廃を実行し(大きなコストダウンや効率化が同時に実現する)、内発的なインセンティブを上手に設定して、エコシステムを段階的に取り入れていく姿勢、工夫なのである。【つづく】
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