日本の「従業員エンゲージメント」が、酷く低い4つの理由(【連載21】新しい「日本的人事論」)/川口 雅裕
INSIGHT NOW! / 2018年12月26日 13時5分
川口 雅裕 / 組織人事研究者
日本企業の「従業員エンゲージメント」は、世界で最低レベルにあるそうだ。熱意を持って主体的に仕事に取り組み、ワクワク・イキイキしながら、成果を出して組織に貢献しようとするような従業員の割合は、世界でもっとも少ないレベルにあるという。米国の調査会社ギャラップによれば、エンゲージメントの高い「熱意あふれる社員」の割合は、米国の32%に対して、日本企業はわずか6%。「やる気のない社員」は約70%に上るらしい。もちろん、アンケートに回答する姿勢が日本人はあいまいで控えめになりがちだから、額面通りには受け取れない。が、それでも日本企業の従業員エンゲージメントの低さは実感するところであり、いくつも理由が思い当たる。
一つ目は、時間と賃金がリンクしている結果、従業員は「内容の希薄な時間」を職場で過ごさざるを得なくなっていることだ。日本企業では、一部の管理監督者を除けばいくら能力があっても、短時間で成果を出しても、9時から17時まで会社にいなければ賃金を控除されてしまう仕組みになっている。早く仕事を片付けても、短時間で成果を出しても、決められた時間は職場にいて、仕事に従事しなくてはならない。その結果、能力が上がっても、業務が効率化されても、実際には「決められた時間を満たすようにゆっくりと仕事を進める」ようになってしまう。これが生産性が高まらない最大の理由なのだが、こうして生まれる「内容の希薄な時間」がエンゲージメントも低下させてしまう。
時間と賃金がリンクし、9時から17時まで会社にいれば基本的にOKという仕組みは、従業員を、能力を存分に発揮する必要もない、夢中になって集中して取り組まなくてもよい、という意識にさせてしまう。あれこれと忙しく、テキパキと進めなければ間に合わない、期待に応えられないといった緊張感もなくなってくる。だから達成感も得にくい。「決められた時間を満たすように」会議も長くなりがちだし、必要かどうか分からないような業務が「生産」されていくこともある。時間対応型の賃金制度は、熱中や夢中や集中とは縁遠い「内容の希薄な時間」を生む。これが生産性が低い理由だが、生産性の低さがまた従業員のエンゲージメントを低下させ、さらに「内容の希薄な時間」を再生産していくような面もあるから、悪循環が起こっているとも言えるだろう。
二つ目は、オーバー・コンプライアンスである。社内外で何か起こるたびにルールが作られ、手続きやチェック・監視が増えていく。少しでもリスクがある試みは、排除されるようになる。あれをするな、これをするなと禁止するルールばかり作って守らせようとする企業の姿は、まるで小中学校のようだ。ルールを作って監視強化をしたからといって不正や不祥事が減るわけではない、というのは起こり続ける大企業の様々な事件を見ればすでに明らかになっている。トップが謝罪の会見で口にするように、不正・不祥事の原因はモラルハザードなのであり、対策は良質な組織風土づくりに尽きる。ところが、依然として過剰な規制をしつづけているのが実際だ。そして、オーバー・コンプライアンスはノー・チャレンジにつながっていく。
創意工夫や新しい取り組みは前例がないから、常にリスクをはらむのは当然だ。でも、リスクはすべて排除すべきというルールの番人は、それを許さない。やるなら、絶対にうまくいくことを論理的に説明してくれ、となる。やってみなければ分からないなどという物言いは、聞いてもらえない。こうして、多くの挑戦が排除され、挑戦者もだんだんと減っていく。挑戦がないところには、無事はあるが成功はない。成功がなければ、喜びもない。オーバー・コンプライアンスは、従業員の挑戦を阻み、成功の喜びを味わわせない組織を作ってしまう。もちろん挑戦には失敗もつきものだが、結果がいずれであっても、挑戦する姿勢は主体的であり、そのプロセスは人を夢中にさせる。旧態依然の業務遂行を無難に進めることばかりが求められる組織で、エンゲージメントが高まるはずはない。
三つめは、複雑な組織形態によるストレスの多さである。日本の企業組織は、国の人口構成と同じようにピラミッド型を維持できなくなって、つぼ型になっている。定年退職の年齢が伸び、若年層の採用が少なくなった結果だ。それでも、必要なポストに期間を決めて任用するような仕組みなどで、役職者を必要最小限にし続けられれば、ピラミッド型の組織にできるので問題は小さいが、日本の場合、役職がミッションではなく「資格の取得」のようなインセンティブになっていることも多く、役職者に昇進すればずっと役職者でいつづける仕組みの会社がほとんどである。役職者の数に合わせて、部や課が出来たりもする。したがって年齢構成だけでなく、役職や職階の人数構成も、つぼ型になってしまっている。部署や役職者が、必要以上に多い状況なのである。
部署や役職者の多さは、コミュニケーションを複雑にする。誰に何を、どのようなタイミングで伝えるかを常に、考えなければならない。「これは、○○さんの耳に入れておいて」「○○さんに、相談したほうがいいのではないか」といった会話が多くなり、皆が誰に対して報連相すべきかを考えながら仕事を進める。会議も多いし、関係者同士の人間関係だって気になる。報連相をすればそれぞれのリアクションがあるから、またそれらを調整しなければならない。このような複雑なコミュニケーションを心から重要で楽しいと思っているのならいいのだが、実際にはほとんど全員が「大変だ」「面倒くさい」と感じている。多すぎる役職者が原因の複雑なコミュニケーションは、従業員の大いなるストレスとなっており、これがエンゲージメントを低下させる一因となっているのである。
四つ目は、職能型の処遇が、それぞれの強みや使命をあいまいにし、プロフェッショナルの自覚を低下させていることだ。自分の役割や使命が明確に定められ、自分の強みとともにそれが周知されている環境で、能力を発揮できていれば、エンゲージメントは高まる。これはそもそも、欧米の職務型の処遇システムが目的とするところである。誰でもできる仕事だと思うとやる気も湧かないが、私しかできない、私だけに期待されている役割だと思えればやる気は出る。ダメなら次はないという危機感もあるから、必死になって結果を出そうとする。賃金を上げるには、自らの労働の価値を上げることだと考えるから、強みや専門性を磨くための学ぶ姿勢も生まれる。
日本の職能型の処遇システムは「専門性や強み」より、「汎用的な業務遂行能力」が重視される。欧米が“仕事に焦点を当てて個別の職務内容を「ジョブ・ディスクリプション」として記述する”のとは対照的に、日本では“人に焦点を当てて階層別に画一的な「等級定義」や「評価基準」が定められる”。強みや専門性、役割や使命よりも、汎用性の高さや器用さ、会社都合による異動にいつでも応えるような姿勢が求められる。“個々の力量が問われるプロフェッショナル”ではなく、“主体性や熱意は抑えて、全体を見て空気を読みながら適切な言動を選択する能力が問われるメンバーシップ”が重要なのである。これでは、エンゲージメントの高い状態はなかなか望めない。
エンゲージメントを高めるには、上司のリーダーシップやチームビルディング、職場環境の改善や組織開発、仕事の与え方や福利厚生制度の改定といったアプローチもあり得るだろう。しかし、上に述べたような根本問題を軽視したままでは、効果はかなり限定的なものに終わるに違いない。時間と賃金のリンクを法の範囲内で(早期の法改正を求めたいが)、部分的にでも切り離すこと。オーバー・コンプライアンス(過剰規制)の見直し。多すぎる部署と役職者が原因となっている、複雑なコミュニケーションの解消。職務型処遇システムの段階的な導入。これらが、エンゲージメント向上のポイントなのである。
【つづく】
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