セクハラの境界線 お笑いをつまらなくした真犯人/増沢 隆太
INSIGHT NOW! / 2019年1月24日 12時33分
増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ
1.セクハラ発言
ダウンタウン松本さんが、自身の番組「ワイドナショー」において、出演者である指原さんにセクハラ発言をしたという批判が起こりました。経緯としては、AKBグループであるNGT所属タレントへの暴行事件についてのコメントの中で、事実上AKBのトップリーダーである指原さんに対して、ゆるいボケの一環で放った松本さんに発言がセクハラだとしてネットニュースに上げられたのです。
恐らく番組を見ていない大多数の人は、このネットニュースの文字情報だけをみて「松本、セクハラ!」という印象を頼りに批判を広げ、さらに小島慶子さんやたかまつななさんなどの文化人がセクハラ糾弾に燃料投下とするなど、炎は燃え広がりました。
一方当事者である指原さんは自身のツイッターで本件について「松本さんが干されますように」との、正に神がかった絶妙のボケを返し、当事者二人の信頼関係や本件を勝手に広げられたくない意思表明をしたと考えられます。
他にも長崎新聞社長が、社長就任前のパーティで部下に対してセクハラ発言をしたことや、週刊SPA特集「ヤレるギャラ飲み」において、ギャラ飲み女性(お金を払って宴席に来てくれる一般女性)のランキングを載せた記事が猛批判を浴びています。ハラスメントがだめとなった現在でも、いまだにくり返されるのはなぜでしょう。
2.「信頼関係があればハラスメントではない」は通じない
ハラスメント対処が遅れればその企業組織の存亡にかかわる巨大なリスクとなった今、社会を上げてハラスメントの認識を高めているのが一般の社会です。しかし一方で、政治家を中心に「そんなつもり(ハラスメントの意図)はなかった」「本人も了解・納得している」「(不倫でも)個人間の恋愛関係に基づいたもの」という言い訳が行われます。本稿で挙げた3つの例すべてで、こうした言い訳が聞かれます。
結論からいば、ハラスメント行為かどうかでいうなら「全部ダメ」です。
重要な点は「本人同意」とハラスメントは関係ないということです。完全密室で他の誰にも聞かれない状況であれば、本人以外影響がありませんので、本当に本人が良いのであればそもそも問題になることがありません。しかし実際は第三者もいる公の場で行われることによって、問題は露呈し大批判を呼ぶことになります。
「本人の了解」を証明することは一般的にきわめて困難で、都議会でセクハラやじを受けた塩村文夏都議(当時)は、そのセクハラやじの場面でははにかんだ笑顔のようにも見える表情を浮かべました。痴漢の瞬間声が出せないのと同様に、ハラスメントにおいて被害者がその場で訴え出ることは、政治家でさえ難しいのです。多くの場合加害者側が発する「信頼関係がある」はハラスメントにおいて何の免罪符にもなりません。では松本さんの場合もそのように考えるべきなのでしょうか?
3.「笑ってはいけないシリーズ」の視聴率ダウン
18年末のダウンタウン「笑ってはいけないシリーズ」の視聴率がダウンしたと報じられました。その件についてデイリー新潮は「川口春奈だけが面白かった「笑ってはいけない」視聴率低下で“保守的すぎる”の声」という記事を掲載しました。
笑いを作る上で、古典落語にも多く見られる差別や暴力的言動といったものは欠かせない要素の一つです。もちろん古典落語にも爆笑などない、おとぎ話のような無難な噺もありますし、デイリー新潮のいう「保守的な笑い」という、爆笑を求めない人もいることでしょう。しかしそれをすべての国民に強要するのであれば、それは組織に好ましくない言葉を禁じるニュースピークによって思想統制したビッグブラザー*の世界です。(*オーウェル「1984」より)
ではハラスメントを放置して良いのでしょうか?
全く違います。そうではなく、ハラスメントと日常生活、ハラスメントと芸能をごっちゃにしなければ良いのです。
松本さんの言動は芸能という特別な作品の一つ。日常生活の社会そのものではありません。松本さんの発言は番組の演出上のボケであって、日常生活で発せられるものとは区別しなければなりません。「テレビで言ってるから自分も言って(行動して)良い」と考えてしまうような愚かな思考がダメなのであり、そんなレベルの人間であれば、テレビや映画の戦争や殺人シーンですら現実と思ってしまうのではないでしょうか。刑事ドラマも戦争中の時代設定ドラマもすべて禁止しないと犯罪やハラスメント行為が助長されるのでしょうか?そこまで視聴者一般はバカだと言いたいのでしょうか?
番組でおもしろいことを発するのが仕事である芸人さんにおもしろいことを言うなというのは、言論統制以外の何ものでもありません。芸として笑いを発信する本当の芸人さんたちは、日常生活でも常時芸を演じている訳ではありません。
一般人の社会や職場ではなく、テレビなど演芸における内容においては、受け手のリテラシーが問われます。格闘技を試合会場で行うのは正当業務ですが、路上で勝手に戦えば暴行です。バラエティ番組で笑いを提供するのは芸人としての正当な業務です。
バラエティ番組がイジメを助長するという暴論が意味をなさないのは、バラエティは芸であって、イジメは単なる暴行という犯罪だからです。なぜか学校内で起こった犯罪は訴追されないことが結果として多いだけで、犯罪を放置することこそイジメ助長ではないのでしょうか。
リテラシーのない人間のために芸術が弾圧されることは許しがたい暴挙だと思います。
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