「しぼりたて生しょうゆ」を考えたのは、なんと20年前。キッコーマン流・成功を生む発想法/LEADERS online
INSIGHT NOW! / 2019年2月13日 11時0分
LEADERS online / 南青山リーダーズ株式会社
伝統は革新の積み重ね
現在のキッコーマンは、1917年に野田の茂木六家と高梨家、流山の堀切家の八家が合同して生まれた。
100年企業でこれほどの規模の展開をする会社は、日本にいくつあるだろうか。
タケ:
八家が一緒になるには難しさもあったのでは?
堀切社長:
想像でしか言えませんが、大変なことだったと思います。
それまで何百年も使っていたそれぞれの看板を架け替えることになる八家が、合わせて200以上のブランドを1つにするのは並大抵のことではない。しかし、それ以上に近代化の意思が強かったと堀切社長は分析する。
その八家の一つ、堀切家出身の社長は、どのような志で入社を決意したのだろうか?
タケ:
社長は、最初からキッコーマンに入社するつもりだったのですか?
堀切社長:
私は創業家のひとつの堀切家の出身ですが、創業家は1世代に1人しか入社させないという不文律があります。私は次男坊でしたが、兄が急逝し、私が家を継がないといけないという立場になりました。のんびり育っていたから、いきなり風当たりが強くなり"ヤバイ"という感じはありましたね(笑)。
かといって、そのままエスカレーターで現在の地位についたわけではなく、創業家の出身だからと言って特別扱いはされず、役員の保証もなかった。
先代と先々代の社長も創業家出身ではない。あくまで実力主義というのも長く続いてきた理由なのだろう。そして長く続いてきた伝統については、このようにも語っている。
堀切社長:
"伝統"は"守る"というイメージがありますが、"伝統は守るものでなくて、革新の積み重ねの結果"です。次の100年に向けて更なる革新を積み重ねていきたいですね。
海外進出と高付加価値商品を作る
キッコーマンは、海外でしょうゆを売るときに、「日本食」や「和食の調味料」としては売っていない。「あらゆる料理に使える調味料」として紹介している。
特に北米でマーケティングを本格化した1957年から、「日常の中にどう、しょうゆを浸透させていくか」を課題として取り組んできた。
その成果もあり、「デリシャスオンミート」とアメリカの人たちに受け入れられて急速に浸透。さらに一歩進んで、海外の各地の食文化と交流をして、新しい文化が生まれる、この繰り返しをやってきたという自負がある。
一方の国内の食卓にも、新しい文化が生まれている。
今でこそ、定番化した「しぼりたて生しょうゆ」。これは、どのように生まれ、どのように浸透したのだろうか?
堀切社長:
20年くらい前からこの発想はありました。しょうゆは開栓して空気に触れると本来の味が失われていくのです。
昔は家庭でおいしさが維持されている間に使い切っていたしょうゆだが、日本人の食スタイルが変化し、年々外食や中食が増えたりしたことで、家庭での消費量は減っていった。
そこで、使い切るまでフレッシュさを維持できるよう、空気に触れない容器を開発。生しょうゆを提供できるようになった。
お客からの評価としては、「使い勝手がいい。倒してもこぼれないし、1滴単位で使える」と高い評価を得ている。
また、思わぬ副産物もあった。
「お寿司の軍艦が食べやすくなった」、加えてある回転すしチェーンでは「しょうゆの小皿を無くした」といった声も聞こえてきた。1滴単位で使う分、消費量が減ると言われるが、その代わり、商品としての付加価値を高めることに成功した。
トップはブレてはいけない
今でこそ、当たり前になったキッコーマンの「つゆ・たれ」。しかし、ここには板挟みや葛藤もあったと堀切社長は振り返る。
というのも、本格参入当時の責任者は、まさに現在の堀切社長。当時は、麺つゆやだしなどの「つゆ・たれ」への家計支出がしょうゆを上回り始めた頃だった。
「つゆ・たれの担当を私が担いまして。大変でしたね」と笑って振り返る堀切社長だが、当時はそんな穏やかな心境ではなかった。
その悩みの種のひとつは、しょうゆに関してはかなりの技術があるが、つゆ・たれは「加工」の産物。そのノウハウがなく、試作商品は好評でも、大量生産化すると不思議とその品質には届かない。満足いかない品質に、半年間は夜も眠れないような思いだったそうだ。
もう一つの悩みの種は、新しいことをやろうとすると必ず現れる「抵抗」。
今まで原料として取引していたつゆメーカーや、さらに、その会社担当の営業も同様に反発する。そういったことは予想できたが、それでもなおトップからの「自社ブランドで育てていくんだ」という意思を受けて邁進しており、同時にそれが精神的な支えとなっていた。
タケ:
当時の社長・茂木友三郎さん(現・キッコーマン名誉会長)は、やるんだ、と?
堀切社長:
はい。社内外での抵抗は私のところに来ましたが、トップはブレてないんです。方針が明確にされているから、風当たりは強いけれど、やっていることは間違いないんだと。
それは自身がトップになった時の勉強になっており、今の経営にも生かされているそうだ。
堀切社長のマインド
「つゆ・たれ」の参入をはじめ、様々な事業を手掛けてきた堀切社長。
今、その中にはどのようなマインドが備わっているのだろうか?
■堀切マインドその1:現場主義
「これまで自分で見たり聴いたり感じたりすることを基本にして仕事をしてきました。トップになってもそれは同じで、現場を知らないと意思決定の際に自信が持てないのです」
現場主義の精神に関してこう語る堀切社長。製造の現場や販売の現場では、社内コミュニケーションを密にとるようにしているという。
「他にも、社長になった時に社員の夢を尋ねたそうですね?」とタケが問う。
事業会社のキッコーマン食品の社長になった時、トップメッセージとして「夢を持とう」と社員に投げかけたことがあった。そのワケは、堀切社長の好きな言葉のひとつに「夢無き者に理想無し、理想無き者に計画無し。計画無き者に実行無し。実行無き者に成功無し。故に、夢無き者に成功無し」というものがある。
「皆に夢を持とう、と。何でもいいからメールで教えてくれ」と呼びかけたら、「自転車で世界一周」、「家族の幸せ」と返ってくる中で、「どうせ見てないよ」という声も聞こえてきた。「それなら」と全ての夢にコメントを返信したのだ。その数、およそ1000人。
タケ:
これ、返信するのにどのくらいかかりました?
堀切社長:
3ヶ月くらいです。
「どうせ見てないよ」と言っていた社員も、「まさか」と思ったに違いない。
■堀切マインド:その2「積小為大」(小を積みて大を為す)
タケ:
座右の銘が『積小為大』?どういう意味でしょうか?
堀切社長:
二宮尊徳の言葉だと聞いていますが。現場主義に繋がる言葉だと思っています。
日々の仕事なり、日々の積み重ねが成果につながっていく。これは、むしろ自分への戒めであり、一発長打を打てるスタープレイヤーも良いが「むしろ、ヒットを積み重ねてチームに貢献するイチローが好き」とも例えた。
食文化と会社のこれから
キッコーマンは去年11月、「食文化の国際交流」を掲げたレストラン「ライブキッチン東京」をオープン。
複数のシェフがコラボしてつくったコース料理を、調理する様子も見ながら楽しむというもの。また、キッコーマンは2030年を見据えた長期ビジョンを策定しており、創立100周年を超え、次の100年に向けた一歩を踏み出した。
「和洋中の枠を超えた料理を一流のシェフとコラボして、"料理を作るところ、食材の説明も目の前で行って食べる"というコンセプトでスタートしました」
これは今までしょうゆを海外に広めて、その地域の食文化との交流によって生まれた、新しい食文化や食べ方を発信していくというキッコーマンの基本的なミッションから成る。
食文化への今後のアプローチは「融合した食文化を発信して、食の世界を広げていく」というこれまでの方針を踏襲しつつ、時代に合わせたものに組み替えていくのだろう。
インタビューも終盤に差し迫ったところで、タケ小山が気になることをたずねた。
タケ:
後継者のイメージは?
堀切社長:
一般的ですが、我々がやっている仕事に、夢と情熱と実行力を持った人です。そういう人がいれば明日にも譲りたい(笑)。
はにかみつつも、「できれば、私の手で育てていきたい」とも本音を覗かせた堀切社長。
それは駅伝に例えると、次のランナーを育て、見つけ、たすきを渡すのが自分の役割だと考えているからだ。しかし、その駅伝のたすきは、100年企業というチームの特別なたすき。
次の10年、50年、100年先にもキッコーマンが発展して、社会にとって存在意義のある企業になっていたい。そうあり続けるために、堀切社長は革新を積み重ね、今日も走り続ける。
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