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セブンイレブンの真のオーナーはフランチャイズ加盟者/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2019年3月8日 20時27分


        セブンイレブンの真のオーナーはフランチャイズ加盟者/純丘曜彰 教授博士

純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

セブンイレブン(2018年2月末)の資本金は、172億円、店舗数2万0700。フランチャイズは、建物が自前のAタイプと、本部準備のCタイプがあり、2009年度で直営店+委託店:Aタイプ:Cタイプの比率は、 613:4437:7703、計12,753。加盟金は、Aタイプは300万円(+工事費・賃料等)、Cタイプは250万円。年度がずれているので概算でしかないが、店舗比がいまも同じだとすると、(20700x4437/12753x300)+(20700x7703/12753x250)=529億円! つまり、セブンイレブンという「看板(のれん)」の真の「資本金」は、約700億円で、その76%がフランチャイジー「株主」のもの。くわえて、Aタイプの場合、土地や店舗も「現物出資」しているので、この比率は、実際はもっと高い。

フランチャイズは、もともとフラン(自由)の買い取りを意味した。つまり、王様や発明者から特定商品の販売免許を得る、ということ。これを大戦後、資本金が潤沢ではない新興企業がうまく利用し、一気にチェーン店を拡大した。

本来の意味のフランチャイズであれば、加盟金で販売免許を買った以上、どう売ろうと、まさに自由。価格を上げようと下げようと、営業時間を何時にしようと、免許を売ってしまったやつに、もはや口出しされる筋合いはない。映画『ファウンダー』(マクドナルドの創立物語)でも、主人公レイ・クロックは、マクドナルド兄弟から販売免許を買い取って、その口出しを封じる。その一方、彼は、力関係を利用して加盟店は徹底的に支配、実質的にチェーン全部を自分の「会社」のようにし、大元のフランチャイザー、マクドナルド兄弟の存在さえも完全に「抹殺」して、自分が「創立者」を名乗る。(これは、どこかの即席麺会社でも聞いたような話。)もちろん、契約書にごちゃごちゃ特約を付ければ、それはそれで「合法的」なのだろうが、社会の良識として、うさんくさいことこの上ない。

さて、コンビニ。「セブンイレブン」という「看板(のれん)」のほんとうのオーナーは、いったい誰なのか。実質総体で700億相当以上の資本金を有していながら、本部の172億円分しか計上していないというのは、道義的に正当な会計評価と言えるのか。76%もに及ぶ残りの529億円は、実体としては、無議決権株式ではないのか、しかし、2002年に緩和改正された商法でも、それは発行株式総数の2分の1以下と定められている。

ダブルスタンダードは、いけない。自立し、努力せよ、というのなら、店舗に相応の裁量権があって当然。逆に、「業務命令」や「業務指示」が全面的に及ぶのであれば、契約上にどうあれ、それは被雇用者で、労働環境の健全性も無視して100%のノルマ給で扱き使うのは、その契約そのものに社会良識として不正があると疑われても仕方あるまい。まして、76%以上もの「資本金」を実質的に出させておきながら、その経営参画を全面否定するというのは、ある意味で、資本の「乗っ取り」に等しい。

とにかく、商法が、これほど巨大化するフランチャイジングを想定していなかったのだ。そのスキをぬって、こんな異常な業態ができてしまった。上述のように、フランチャイジーの実質的な出資は、フランチャイザー「本部」をはるかに超える。(名目上、「加盟金」の内訳を、研修費だの手数料だの、わざとフローにしているのが、いかにもあざとい。)だが、同じ看板を上げる以上、すべて同じ「会社」としてフランチャイザー「本部」とフランチャイジー「加盟店」を総体で連結決算しないと、その「企業」価値は正しく評価できない。このような二枚舌の余地がないように、商法を早急に改正する必要がある。

この問題の解決を急ぐ必要があるのは、今後、「出資就職」のような詐欺が横行する危険性があるからだ。若手不足の一方、職の見つからない女性や高齢者、氷河期世代に正社員就職話を持ちかけ、さまざまな形態でなんらかの出資を迫るという手法が流行しかねない。タレントになりませんか、では、まずプロモ写真の撮影を、から始まって、研修費だの、装備費だの、預託金だのを巻き上げる。意図したわけではなかっただろうが、早くきっちり整理しないと、コンビニ問題は、次の特殊詐欺のビジネスモデルになってしまう危険性がある。

なんにしても、進んで協力してくれた加盟店に感謝もせず、負担を押しつけてばかりいるようでは、今後、こんな業態に新規に参加しようなどというバカはいない。もうすぐ契約年数切れで、みな手を引く。社会インフラというのなら、いよいよ本部の責任。病院のように、夜間は各社持ち回りの交代制で、どれかのチェーンの店舗をひとつだけ開けておく、など、事業定義を業界全体で根本から見直すべきだろう。立場の弱い加盟店ひとつが相手だと思って、古い契約を盾に、社会の良識から外れることをやっていれば、いくら「合法的」でも、潰れるときは潰れる。

参考: 純丘曜彰「会社とは何か:法人の存立根拠」

by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka. 大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。最近の活動に 純丘先生の1分哲学、『百朝一考:第一巻・第二巻』などがある。)

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