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「角ハイボール」は酒の世界を変えたか/猪口 真

INSIGHT NOW! / 2019年4月26日 14時46分


        「角ハイボール」は酒の世界を変えたか/猪口 真

猪口 真 / 株式会社パトス

最近、知り合いの飲食店(バー系)で立て続けに聞いた話がある。

「角ハイボールある?」

「いえ、当店にはおいておりませんが」

「えー!じゃ帰るわ」

「角ハイボールちょうだい」

「いえ、当店にはおいておりませんが」

「えー!角ハイボールないの!? じゃ、生ちょうだい」

「ハイボールください」

「銘柄はいかがいたしましょうか?」

「え、・・・」

角ハイボール恐るべしである。

完全にひとつのジャンルを築いた感があり、ジャンルというか、銘柄というか、メニューのひとしなというか、ひと言では片づけられないところまできた感すらある。

さらに、国産シングルモルトの超品薄状態と投機対象なのかとも思える価格高騰。

朝ドラ「まっさん」から始まり、角ハイボールのCM効果が重なり、コスパの良さも手伝って、もはやスタンダードともいえる「角ハイボール」状態だ。

日本においてもバブル以来ようやくウイスキーの文化が再来したのかと思えるほどで、さぞや久しぶりに酒業界に明るい話題で盛り上がっていることだろうと思っていたのだが、実態はそうでもないようだ。酒量全体で見た市場の状態はかんばしくない。

全体で見ると酒量の販売は減少している。ピークは平成8年で、平成28年はピーク時の約87%になっているという。

87%でも、一人当たり10%以上飲む量が増えていればいいのだが、一人当たりの飲む量はピーク時の8割程度だと言われている。これではどうしても売上は減少する。

酒類の内容はどう変化しているのだろう。

平成元年と現在では、その構成は大きく変わっている。清酒とビールが大きく減少し、焼酎やワインは増えている。そしてウイスキーが大きく増えていると思いきや、実はそうでもない。平成元年ごろ、まだバブルの好景気が残るころ、おやじたちは、ウイスキーをがぶがぶ飲んでいたこともあり、ここ数年伸びてはいるものの、平成元年あたりの売上と比べると大きく下がったままだ。大きく増えているのはリキュールで、チューハイや類似ビールの登場が大きいが、実は角ハイボールなどの缶ハイボールはここに含まれる。

「濃いめ」(角ハイボール)はウイスキー分類のようだが、残念ながら、角ハイボールはウイスキーではない。レモンスピリッツなどが加えられており、もはやチューハイという感じか。

角ハイボールはウイスキーとは思えない現象はいくつかある。

昔のハイボールに比べると薄くてとてもライトだ。なんせ、居酒屋ではジョッキで飲むのだから。(最初に見たときは驚いた)

最初に紹介した会話にあるように、「ハイボール」という種類のお酒がある(と思っている人がいる、そしてウイスキーの銘柄は知らない(というか関係ない)人も多い。

スーパーに行くと、原酒不足と騒いでいるのに、1000円前後の国産ウイスキーが所せましとならんでいる。(あれは原酒を使っていないウイスキーなのか?)

さらにペットボトルに入った4リットルの角ウイスキーも売っている。ブラックニッカやその他のものもある。(あれを家で飲むのか?)

銘柄については、「まっさん」のおかげで「余市」は知っているが、「宮城狭」は知らない。

「白州はないのかあー」と言いながら、「知多」を飲む。(これはグレーンだ!)

ウイスキーに関して、実に不可解な現象がいろいろと起こる。

それでも、角ハイボールの尽力のおかげで、シングルモルトも売れてはいるようだ。

ただし、売り上げの推移を見てもわかるように、ビールの代わりに売れているとしか思えない状況であり、「とりあえずビール」が「とりあえずハイボール」となったとしか思えない。

なので、やっとウイスキーも復権かと思いきやそうでもないようだ。

バブル前、団塊の世代が人生を謳歌していたころは、クラブやスナックで飲む酒は基本的にウイスキーだった。

サントリーでも、ダルマからリザーブ、そしてローヤルと、当時にしては非常に高額な価格で出ていたにもかかわらず、みんなこぞって飲んだものだ。シーバスやジョニ黒などは、高級酒として誰もが憧れた。そのころをピークとすれば、今はその3分の1程度だ。

「角ハイボール」のすごさは、ウイスキーとしてではなく、「ハイボール」として売ったことだ。ウイスキーを楽しませるのではなく、ハイボールを飲ませることに成功した。

この視点のチェンジはすごい。

なまじっかのウイスキー好きは、どうしてもウイスキーの持つ深さやバリエーションを言いたくなってしまう。産地がどう、樽がどう、年数がどう、ボトラーズがどう、誰も聞いていないのに語ってしまうのが難点だ、

そういう人間を相手にしていたら、この超ヒットはなかっただろうし、そこがメジャーになりえないことを悟りきったのだろう。

「角ハイボール」でなければなかったのだ。

しかし今後、この強力すぎるブランドを超えるのは並大抵ではない。

「角ハイボール」のあとも、同じサントリーからは「ジンビーム」、キリンからは「ホワイトホース」が出て好調らしいが、これもまた筋が違うと思う。バーボンがどうの、スコッチがどうの言っているが、残念ながら関係ない。「角」にはかなわない。

ただ、こういうことが続いてしまうと、日本の酒文化は大丈夫なのだろうかと他人事ながら心配してしまう。

世界的に展開するMHDの仕掛けはおしゃれだ。女性にも人気のあるグレンモーレンジィにはソーダにオレンジピールを添えたり(スライスではないぞ)、タリスカーには、よりスパイシーさを出すために、ブラックペッパーを入れたソーダ割を提案してくる。

やはり、こうした世界のほうが楽しいし、次への楽しみも出てくる。

とはいえ、「角ハイボール」を世に出したほどの企業なのだから、次はさらに「あっ」と驚くものが出てくるに違いない!

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