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健康寿命は、“どこに住むか” で決まってしまう。/川口 雅裕

INSIGHT NOW! / 2019年9月2日 17時30分


        健康寿命は、“どこに住むか” で決まってしまう。/川口 雅裕

川口 雅裕 / NPO法人・老いの工学研究所 理事長

「健康上の問題で、日常生活を制限されることなく過ごせる期間」と定義されているのが“健康寿命”で、男性が約72歳、女性は約75歳(2016年調査)となっている。平均寿命との差は男性が約9年、女性で約12年あり、この期間を短くすることは、個人にとっては高齢期の充実につながるし、国や地方にとっては社会保障費の圧縮につながるから非常に重要な課題で、実際に厚生労働省は、2040年までに男女とも健康寿命を今より3年以上延ばすという目標を掲げた。健康食品をはじめとして、高齢者を対象とする商品やサービスの宣伝には「健康寿命を延ばそう」というフレーズがあふれているから、高齢者自身の関心も単なる長寿ではなく、健康長寿にあることが伺える。

もっとも、健康寿命を延ばす方法が明らかになっているわけではない。様々な研究によって分かってきていることは少なくないが、これからも健康寿命に影響する要因が新たに見出されていくに違いないし、それらが相互に影響しあうことや、それぞれの影響度合いの違い等も考えれば、あまりに複雑であって、決定的なノウハウが近いうちに確立するようなことはないだろう。とはいえ、健康食品やサプリをしっかり摂取していればよい、スポーツに定期的に取り組んでいればいい、栄養管理が行き届いた食事をしていればいい、といった単純な方法で健康寿命が延びるわけではないということだけは明快である。

そもそも、健康寿命の「健康上の問題で、日常生活を制限されることなく過ごせる期間」という定義には、やや問題がある。よく知られるように、健康とは「身体的・精神的・社会的に満たされた状態」であることを指す。だから、健康寿命も「身体的な面だけではなく、精神的な面(安心感、活力、喜び、楽しみ、知的欲求など)、社会的な面(役割、居場所、関わり、つながりなど)においても十分な状態である期間」と定義するほうが自然だ。健康長寿の難易度が上がってしまうように見えるが、私はむしろ、そうすることで、健康長寿につながるのではないかと考えている。身体的・精神的・社会的側面は互いに大いに関係しあっており、相乗的に高齢期の健康に効果をもたらすからだ。

これを分かりやすく証明しているのが、一般社団法人・日本老年学的評価研究機構が約20万人の高齢者を調査してきた結果である。

例えば、『「運動する」だけでなく、「誰かといっしょに運動する」と抑うつ状態になる人の割合が下がる』(東京医科大学・公衆衛生学分野 金森悟氏)という調査結果からは、運動という身体に良い行動に、「誰かと」という社会的側面をプラスすると、より効果的になるということが分かる。『友人が多い高齢者は、歯が多い』(東北大学大学院・歯学研究科 相田潤氏)という結果も、人と交流する機会が、歯の健康を維持する動機となっていることを示唆している。『サポートを受けられる高齢者は、「10年後の要介護リスク」が10%以上減少する』(国立長寿医療研究センター・社会支援研究室室長 村田千代栄氏)、『交流の場に参加していると、要介護になる割合が半減する』(日本老年学的評価研究機構)といったものも、精神的側面・社会的側面が身体的状況に好影響を与えている(好循環を生んでいる)ことを示すものである。そしてこれらの調査を総括し、日本老年学的評価研究機構・代表の近藤克則・千葉大学予防医学センター教授は、『「どこに住んでいるか」によって、健康寿命の平均値が大きく異なることがわかっている。』と言っている。

『どこに住むかで、健康寿命が決まる』理由は、以下のようなことだ。

まず一つ目は、“家”や“住んでいる環境”そのものが、高齢期の身体的リスクになるからである。平成29年の高齢社会白書によれば、高齢者の事故のうち77%が家の中で起こっている。段差や階段につまづいて骨折し、入院して一気に衰えが進んでしまうケースや、暖かい居間から寒い風呂場へ移動する際など、家の中の寒暖差によって失神・心筋梗塞・脳梗塞などを引き起こすケース、そのような緊急時に誰にも気づかれず、放置され、手遅れになってしまうケースなどが代表的なものだ。家が(高齢者にとって)危険で不慮の事故が起こってしまえば、せっかくの健康的な生活習慣も水の泡になってしまう。そう考えれば、①転倒リスク(段差・階段がある)、②温度差のリスク(家の中の寒暖差がある)、③放置のリスク(誰も近くにいない)が排除された家に住むのは、健康長寿にとって極めて重要と言えるだろう。

二つ目は、住んでいる環境が、健康習慣を実践する動機を大きく左右するからだ。日本老年学的評価研究機構の調査の中に、『「運動する」だけでなく、「誰かといっしょに運動する」と抑うつ状態になる人の割合が下がる』『友人が多い高齢者は、歯が多い』などとあるように、他者の存在が健康習慣をより効果的にするし、健康維持を心がける気持ちを強くする。子供が独立し、職場もなくなった高齢者は、他者の目にさらされる機会がだんだんと少なくなってくる。誰も見ていないところで、手を抜きがちになるのは若い者も同じだ。運動するにも、自分ひとりだとすぐやめてしまうところを、誰かが一緒だとちょっと頑張るようになるし、継続する気にもなる。歯の健康が大事だと分かっていても、誰とも会う機会がない高齢者と、日々人と会う人ではケアに対する気持ちも違ってくる。食事だって、自分ひとりのために一生懸命に食事を作る人はほとんどいないだろうが、誰かと一緒に食べるのだと作る気合も違うし、食欲だって変わってくるはずだ。健康長寿には確かに健康習慣が重要だが、その健康習慣を継続し、効果的なものにするには、他者の存在が常に感じられる場所に住むことが欠かせないのである。

健康習慣は、この二つを満たした場所に住むことで初めて有効になる。せっかくの健康習慣も、どこに住むかによって効果は大きく変わるし、場合によっては、健康習慣の意味がなくなってしまうケースも考えられるのである。

以下がそれを簡単に表した、健康寿命の方程式だ。

大事なのは、掛け算であること。健康習慣を実践しても、物理的リスクの排除や精神的・社会的リスクの排除ができなければ、健康長寿の実現可能性はゼロかもしれないということだ。健康習慣の実践は、これらリスクが排除された家に住むことを前提としなければ意味がないかもしれないと考えてもいい。実際、日本は欧米に比べて、高齢者自身も高齢の親を持つ子供らも、「どこに住むか」を軽視しすぎている。「どこに住むか」×「健康習慣」が健康寿命を左右する。健康長寿は、健康習慣だけでは実現しないと心得なければならない。

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