CbS(Choice by Supplier)の重要性/野町 直弘
INSIGHT NOW! / 2019年12月26日 8時0分
野町 直弘 / 調達購買コンサルタント
自動車業界のサプライチェーン構造、特にトヨタ自動車のサプライチェーン構造は独特です。一言でいえば「緊張関係のある協調体制」でしょう。しかしそれを成り立たせたのは、共存共栄となり得る経営環境、事業環境です。つまり、売上げや収益が伸びるというのが、その前提となっているモデルと言えます。全体のパイとして売上げが増え、収益が増えればサプライヤはトヨタを頂点としたピラミッド構造の中に居れば低リスクで、ゴーイングコンサーンが実現できるでしょう。
ということは、比較的計画的に投資もできます。つまり継続的な研究開発投資も可能ですし、結果的にサプライチェーン全体で競争力を持つことにつながったのです。
しかし、全体のパイとしての売上が伸びない状況が近づいています。CASEが進むと売上は確実に伸びなくなるでしょう。
CASEとはC:Connected、A:Auto、S:Shared、E:Electricの略です。(簡素化しています)またCASEが進むとサプライチェーンの構造改革も確実に進みます。具体的にはトヨタという完成車メーカーを頂点とした、力関係が変わっていく可能性が高いです。
C:Connectedによって車はIoTの端末となります。もっと言えば車は動く情報端末になるでしょう。そうすると車の中で、常時情報を取得することも可能となりますが、端末である車の情報を誰かが把握することができます。これは、ストックで車を管理することを可能とし、稼働率(走っている、且つ人や荷物が乗っている)を高くする方向に働くでしょう。つまりフローでの車の販売台数は確実に減っていきます。
A:Autoによってモジュールメーカーの相対的な立場は強くなります。新車の購入をした方で詳細検討をされた方はADASという安全装置がどこのカーメーカーのどの車種でも一律10数万円という価格設定に驚くでしょう。価格の決定権がカーメーカーでなくモジュールメーカーにあることの証拠です。このようにサプライチェーンの構造は変革しつつあります。
E:Electric。Eはより鮮明にサプライチェーンの構造を変革します。電気自動車にエンジンは不要です。エンジン関連の部品売上は今後確実に減っていきます。自動車業界では通念になっていることですが、エンジンは自動車メーカーにとって、技術力の結集でした。自動車メーカーの技術屋のエリートはエンジン開発か、エンジン実験へ配属されました。また、殆どのエンジンは内製です。自然とエンジン関連の部品メーカーは準内製的なの位置づけの企業が多く、競争よりも協調関係が重視されていました。そのエンジンが無くなるのですから、大きなインパクトであり、サプライチェーンの構造にも影響を与えます。
最後はS:Sharedです。SharedはConnetcedと相まってストックの有効活用を促すでしょう。乗用車の稼働率は4%程度と言われています。これは平均すると1台の乗用車は1日1時間しか走っていない計算になります。また平均乗員は1.3人です。5人定員とすると20%しか稼働していないことになりますので、実質1%以下しか活用されていない状況です。車は現状の保有台数は無駄ということになります。一方でカーシェアや非稼働車をもっと活用するUberのようなビジネスが既に出てきており、車の販売台数を激減させる要因になるでしょう。
このように今すぐではないかもしれませんが、CASEが進むと車の売上は低迷します。そうすると現在の全体のパイが伸びるという前提でのサプライチェーン構造は耐力がなくなってくるでしょう。
実際に、まだまだ先のことと考えていた様々な事象が出つつあります。これは今年の10月後半から11月の、いくつかの自動車関連ニュース報道からも言えることです。
「ホンダ系サプライヤ3社を日立オートモーティブが買収」10/30日付発表
これは部品メーカーが自ら生き残りをかけて、技術力を強化し相対的な力関係を高めたいということがきっかけになっています。従来であれば対競合で勝てばよかったのが、将来的には自動車業界全体での競争になっていくと予測されるでしょう。
「CASEが重荷 カイゼンに試練」11/8日付日経新聞
日経新聞記事によると、トヨタのカイゼンによる「1台当たり原価低減額」は18年3月期の3万7千円から今期は2万8000円ほどとなり、大幅に低下する見込みであること。その理由がCASEによる新機能拡充である、との記事です。つまり、一台当たりの改善額が目減りしており、研究開発投資の負担が益々増えている状況と言えるでしょう。
「トヨタ自動車新年賀詞交換会を中止」11/22日付日経新聞
取引先の負担を軽減するという理由(本当にそうなのか)から20年の賀詞交歓会を中止すると発表しました。確かにサプライヤにとってもトヨタにとっても、負担となっている行事とは言えるものの、これは全方位型から重点型へとトヨタのサプライヤに対する考え方の切替えを示すものと考えられます。
「トヨタ、エンジン部品減少に備えサプライヤー支援 豊田通商の取引先紹介」11/29日付日刊工業新聞
エンジン部品関連のサプライヤにトヨタが豊田通商経由で取引先(中国の大手自動車メーカーや国内大手農機メーカーなど)を紹介するという記事です。
このように「百年に一度の大改革」と言われ始めてまだ数年しか経っていませんが、徐々にその兆しが出始めています。実際に18年度の決算を見ますと、完成車メーカーは増収増益ですが、部品メーカーは増収減益となっています。
今後の動向を考えますと、来年あたりから、トヨタはもう少し鮮明に全方位型から重点型への切替えを表明し始めるのではないでしょうか。つまり、選ばれたサプライヤとのみ共存共栄を図っていく、という方向性をより明確に出していくことと考えています。
一方で完成車メーカー側も全く同じことが言えるでしょう。今後、完成車メーカーはサプライヤから選んでもらう必要があるのです。
これはCbS(Choice by Supplier)チョイス・オブ・サプライヤとも言えるでしょう。場合によってはサプライチェーン全体の中で一部部品メーカーによる下剋上が始まるかも知れません。こういう状況下では、今まで以上にサプライヤマネジメントが重要になります。
CbS(Choice by Supplier)チョイス・オブ・サプライヤが重要となり、サプライヤに如何に選んでもらうか、が今後の自動車業界におけるサプライチェーン全体でのキーとなるでしょう。
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