そして誰もいなくなった/野町 直弘
INSIGHT NOW! / 2020年1月29日 10時0分
野町 直弘 / 調達購買コンサルタント
「そして誰もいなくなった」は言うまでもなく、アガサ・クリスティの名作推理小説のタイトルです。
どこかの島に10人のゲストが集まり、1人ずつ殺され最後には誰もいなくなる、というあらすじのミステリーだったと記憶しています。
今回はこのミステリに絡めて、ちょっとショッキングな考察を述べましょう。先日、久しぶりに調達購買関連のある勉強会に参加しました。
そこではモデレーターが最近の中東情勢や米中貿易摩擦の動向について述べ、その上で「2020年はサプライチェーンの再設計が必要だ」とおっしゃっていました。その上で、会場に集まった100名を超える、参加者のほぼ全てがバイヤーの方々に意見を求められたのです。
その時の反応が、私にはすごく違和感を感じさせました。数人が意見を述べたのですが、感度高くこれらの問題を捉えていたのは、いずれも中国企業勤務のバイヤーだったのです。他の参加者は殆ど反応なし。「サプライチェーンの再設計」までの問題はないかも知れませんが、自分の調達購買業務にとってあまり大きな問題にはつながらない、というのが大方の課題感であったように感じられたのです。
第二次世界大戦後、貿易摩擦と言えば、日米貿易摩擦のことでした。最初は繊維製品から始まり、鉄鋼、それから80年代には自動車から家電製品まで広がり、その後、貿易摩擦だけでなく、ハイテク摩擦と言われる特許を巡る抗争等、例えばIBMと日立の問題などが次々と起こったのです。それは1985年のプラザ合意とそれによる円高まで続きました。特に自動車での貿易摩擦は熾烈で、80年代には輸出自主規制と現地生産のスタート、拡大につながっていったのです。
その後、日本の製造業は輸出による成長が困難になり、日本経済は内需主導の成長を志向し、余剰資金が資産インフレにつながり、バブル経済が発生、バブル崩壊後は失われた20年となり日本経済は殆ど成長せず、賃金も低いままになっています。
一方、米国は今でも経済成長を続けています。米国はどんな時代でも自国の経済成長を妨げるような存在に対して保護主義的な動きを取るのが常です。
そしてその相手が今は中国。HW社の問題を見ていてもわかるように、米国は「出る杭は打つ」のです。逆に言うと、それだけ米国にとっての中国のプレゼンスが高くなったということ。逆に日本のプレゼンスは下がる一方です。生産性は上がらず、賃金も低迷、GDPも抜かれ、人口は減少傾向、老年化も進展する一方。このような状況なので、世界の経済、技術、政治などの大きな流れについていけていない、また変化に気がつかない国や人になりつつあるのかも知れません。
冒頭に紹介した勉強会でのトピックは、それを象徴するような気がしてなりませんでした。
以前、シャープが台湾のEMSである鴻海に出資を受ける際に、シャープの元社長であった町田氏が、鴻海の技術開発拠点を訪れ、その時に「もう抜かれとるやないか」という発言をされたことが印象に残っています。そう、気がついた時にはもう誰も周りにいなくなっているのです。正に「そして誰もいなくなった」状態。こういう状況が続くと、日本の優秀な人材は日本企業で働くのではなく、中国企業の門戸を叩き始めるでしょう。優秀な人材がプレゼンスや高い報酬、働き甲斐を求めて国外に流出するのは極めて当たり前な話です。
私が社会人になったころ、外資系といって、主に米国企業の日本法人で働く優秀な人材が増えました。私も外資系企業に勤めた経験が何度かありますが、非常によい経験でした。同様に、今後は活躍の場があり、報酬が高く、世界的なプレゼンスも高い、成長市場の中国企業へ働く場を求める人が徐々に増えていくでしょう。
そうするとタイトルではないですが、「気がついたら日本は抜かされていた」、そして優秀な人の多くは日本から出ていってしまい、「そして誰もいなくなった」という社会になってしまうのではないでしょうか。
ちょっとショッキングなことですが、可能性がない訳ではありません。
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