成長企業が荒波を乗り越える、強靭さの根底にあるのは?ーエアビーアンドビーの事例/石塚 しのぶ
INSIGHT NOW! / 2020年2月28日 10時47分
![成長企業が荒波を乗り越える、強靭さの根底にあるのは?ーエアビーアンドビーの事例/石塚 しのぶ](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/insightnow/insightnow_10811_0-small.jpg)
石塚 しのぶ / ダイナ・サーチ、インク
成長企業が苦境に打ち克つ秘密は?
近年、業績や運営の面で企業の「綻び(ほころび)」が露見する時、その企業の文化の「歪(ひずみ)」が併せて語られることが多い。ましてやスキャンダルや不正などが明るみに出ると、即座にその根っこにある問題として、「企業文化」が精査されることが半ば常識のようになっている。
その逆もまた然りである。つまり、企業が苦境に立たされた時、踏みとどまって這い上がることができるか、あるいは下り坂を転げ落ちるかは、どれだけ堅固な企業文化や、言い換えればしっかりと確立された価値観(コア・バリュー)の共有があるかどうかにかかっている。
いつの世も、スタートアップが生き残り、事業的にも組織的にも成熟していくまでの道は険しい。急速に成長しているスタートアップであればなおさらだ。事業や組織の規模が大きくなっていく過程で、ぬかりや見落としや怠慢、あるいは誤算が生じてくるのは自然といえば自然なことなのだ。
そんな時、堅固な企業文化と、価値観の共有によって培われた結束の強い組織があれば苦境を乗り越えられる。反対に、そうでない組織は沈没してしまうだろう。
エアビーアンドビーの躍進
そんな「堅固な文化」をもつ企業の一例としてエアビーアンドビー(Airbnb)を考えてみた。
エアビーアンドビーといえば「空き部屋のマーケットプレイス」という事業カテゴリーのパイオニアであり、リーディング・カンパニーである。年商3,600億円(2018年推定)、評価額3兆5,000億円。2018年には「ユニコーン」には珍しく利益を計上したが、昨年はマーケティングをはじめ営業経費がかさみ、赤字に転落している。
個人宅、時には賃貸のアパートを「間貸し」するというビジネス・モデルのため、世界の各都市で様々な規制の問題に直面している。また、今年、2020年に株式上場を控え、成長ポテンシャルの膨大さをアピールするために、「空き部屋のマーケットプレイス」の原点から大きく飛躍し、ホテルなど従来型の宿泊施設へのリスティングの拡大や、個人が「ガイド」として登録し地元民ならではの稀有な体験を旅行者に提供するサービスや、非従来型の場所で開催される「プライベート・ライブ・イベント」のリスティング・サービスなど、周辺カテゴリーへのアグレッシブな事業・サービス拡張にも余念がない。
エアビーアンドビーほどの莫大な規模(従業員14,000人超、営業対象地域191カ国、営業拠点21カ国31箇所、利用者数1億5,000万人超)と事業の複雑さや競争環境の熾烈さを考慮すると、先に述べたような「綻び」や「歪」が出てきても当然と思われる。しかし、それでいてエアビーアンドビーという企業が安定性や一貫性を感じさせるのは、やはり、「企業文化」というファンダメンタルの強さに因るところが大きいのではないか。
内情はわからないが、グラスドア(Glassdoor)のような社員による企業レビュー投稿サイトによると、エアビーアンドビーは依然としてかなり高い評価を保っている。運営やプロセスの面で「混沌としている」などといった批判はあるものの、企業文化や労働環境の面では大多数の人がおしなべて四つ星、五つ星でもって称賛の意を示す。
サンフランシスコにあるエアビーアンドビーのグローバル本社には2017年の初旬に一度訪問したことがある。オフィスの雰囲気や働いている人の表情からも、同社の共同創設者たちがいかに心を砕き、魂を注いでエアビーアンドビーのカルチャーはどのようにあるべきかを考え、細部までに気を配って組み立ててきたかがひしひしと感じられた。
エアビーアンドビーと企業文化といえば、「企業文化をぶち壊すな(Don’t F**k up the Culture)」と題する創設初期のエピソードで有名である。シリコンバレーのカリスマ投資家ピーター・ティールが、エアビーアンドビーの最初の投資家として契約を交わした際に、共同創設者兼現CEOのブライアン・チェスキーにアドバイスを求められてこう言ったという話だ。「君たちの企業文化を見て投資するのを決めた。事業が拡張モードに陥ると必ずといっていいほど企業文化は崩壊する。だが企業文化は君たちの唯一無二の資産だ。Don’t F**k it Up(決して台無しにしないように)」と忠告したというのである。
誰もが「居場所」を感じられる世界をつくる:コア・パーパスの徹底
見る限り、ブライアン・チェスキーをはじめ共同創設者たちはこのピーター・ティールの教えを忠実に守ってきた。最も重要なのは、「誰もがどこにいても『居場所』を感じられる世界をつくる」というミッション(コア・バリュー経営の言葉でいえば『コア・パーパス』)を事業や組織の中核に据えてきたことである。
エアビーアンドビーのビジネス・モデルでは、顧客と直接触れ合い、体験をつくり出すのは「ホスト」、つまり、空き部屋を提供する人たちである。だから、エアビーアンドビーがその社内だけでビジョンやバリューを共有すればいいというものではなく、それらに心から共感してくれる「ホスト」と共に創り上げていくことが必要だ。これを実現するために、エアビーアンドビーでは「ホスト」を招いて年一回のカンファレンスを開催したり、各拠点や地域で勉強会を行ったりしてきた。
そして、全世界で12,000人を超える社員に対しては、誰もが「居場所」を感じられる職場づくりに並々ならぬ力を注いでいることはいうまでもない。飛行機の管制塔をもじった「グラウンド・コントロール」という部門は、エアビーアンドビーの各支社や営業所に存在し、オフィス環境や社内コミュニケーション、報奨・表彰プログラムや社内イベントなど、社員のワークライフのすべての側面のお世話をする役割を果たしている。
また、年に一度、全世界から社員がサンフランシスコの本社に集い開催される「ワン・エアビーアンドビー」と称す社員カンファレンスがある。同イベントは数日にわたり、経営陣から短・中・長期的なビジョンと戦略の共有があったり、また、社員がそれに対してフィードバックを与える機会もある。社員同士があらゆるトピックについてナレッジやハウツーを提供し合うセミナーの時間や、社員が共にボランティア活動に勤しむオプションもある。普段は別々の場所で働いている社員たちが一堂に会し、仲間意識や所属意識を実感し、会社としての結束を固める絶好の機会となっている。
エアビーアンドビーは、入社以降の社員生活の中で「居場所」という精神が大切にされているだけではなく、「採用」においても極めて重要視されていることでも知られる。言い換えれば、入り口のところで、会社の「存在意義(コア・パーパス)」や「価値観(コア・バリュー)」に共感してくれる人材を集めることに細心の注意を払っているということだ。採用面接では、募集が行われている「職種」に必要とされる知識やスキルが問われるだけでなく、エアビーアンドビーの企業文化に対する「フィット(適性)」が問われる。そのために、その職種には何の関係もない人が面接にあたるのである(もちろん、職種に対する知識やスキルを評価するためにはまた別の面接が行われる)。入社初日からの一週間の「オンボーディング」でも、新しく会社に入ってきた社員は、コア・バリューをはじめ、エアビーアンドビーの社員であるということはどういうことか、を座学や体験を通して学んでいく。
強靭さの秘密はコア・パーパス、コア・バリューの共有
このように、設立から10年以上がたった今でも、エアビーアンドビーでは、「企業文化(コア・パーパス+コア・バリュー)」を中核に据えた経営が徹底されている。同社の事業のスケールや複雑を考えても、その未来は波乱に満ちたものになると予測されるが、もし、エアビーアンドビーがそのチャレンジを乗り越えていくことができるとすれば、その強靭さの根底にあるのはコア・パーパスとコア・バリューの共有を基盤とした「結束力」や「仲間意識」や「帰属意識」の強固さであると推察できるのである。
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