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経済パラダイムが変わるということ/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2020年3月17日 11時11分


        経済パラダイムが変わるということ/純丘曜彰 教授博士

純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

かつて羊が世界経済の中心だったことを想像できるだろうか。鉄は国家なり、と言われた時代もあった。中南米の金銀の略奪に奔走したこともあったし、胡椒を求めて投資をかき集めたこともあった。奴隷や綿花、煙草、そして砂糖、さらには阿片が、世界経済の中心だったことさえある。日本もかつて経済と言えば、ひたすら田の面積を広げることに決まっていた。逆に言うと、そういう「基幹産業」というのは、じつはたいして長く続かない、百年程度で別のものに変わっていく、そして、古い時代を信じ続けている者を切り捨てていく、ということだ。

現代、というより前世紀、1920年代から世界経済の主軸にのしあがったのが、自動車や家電、そして、娯楽、観光、外食だ。それは、ようするに、近代の帝国主義、植民地争奪戦争で、兵員や労働者の数こそが国富の元ととなったから。国家が無償で教育と保健を世話して、大量の健全な兵員や労働者を供給する中産階級、「大衆」を育成したから。

これによって、全国各地の村に閉じ込められていた事実上の「農奴(小作)」が都市に流入し、軍隊に徴用されて、新しい生活習慣を身につけ、均一化した「大衆」となった。工場や軍隊の自動車や電気製品が家庭に持ち込まれ、娯楽、観光、外食などの奢侈が一般化した。近世の特殊な都市を除けば、それ以前、前々世紀まで、ふつうの村では、娯楽といえば、年に一度の祭りのみ、観光も一生に一度できるかどうか、まして日々の食事にもこと欠くのに、外食を楽しむ余裕などどこにも無かったにもかかわらず。

いま、兵員や労働者の数で国富を築こうとしているのは、遅れて来た中国くらい。世界全体で言えば、ただ規定どおりに作業をするだけの仕事は、ロボットやITに置き換わり、兵員や労働者の供給源である中産階級は、もはや不要の存在となりつつある。ただ、自動車や家電、娯楽、観光、外食のような大衆産業を繁栄させるための大量消費者として生きながらえさせられているというにすぎない。

だが、もとより大衆奢侈産業の大量消費の負荷に地球は耐えきれないことが明白になってきた。美しい自然を守るために、人間のいない社会を実現しよう、などというファナティックな環境主義者たちのイデオロギーも、あながち、あなどれまい。人類が生きながらえようとするなら、疫病以前に、だれもが前々世紀のような質素な生活に戻らざるをえない。疫病の流行で既存産業の株価が下がるのは、自動車や家電、娯楽、観光、外食のような大衆産業に、もはやマーケットとして将来性が無いという現実をようやく直視せざるをえなくなったからだ。

羊時代や胡椒時代と同様、いずれ、この百年こそ、病的で異常な大衆産業の躁乱だった、と気づくだろう。これまではたしかに健全な大量の兵員や労働者、そして大量消費者を作ることが、国富への道だった。しかし、国民戦争だの、大量生産だのの時代でなくなれば、こんなことは、限られた国力をドブに捨てるようなもの、と見なす人々も増えてくる。

カネにならないことに、だれも投資しない。それは、国家も同じ。既得権を持つ大企業や消費者をむりに保護しても、国家として衰退してしまう。国は国民のためのもの、などというのは、それが国富につながった前世紀の幸運なマリアージュにすぎない。国民と国富の共依存関係がとぎれれば、百年前の普通選挙化、人権平等化の運動も逆転し、ただ浪費し寄生する者としてしか社会に存在意義のない連中の意見など、政治や経済は聞き入れなくなる。つまり、民主主義や大衆経済そのものが、露骨に平然と無視されるようになってしまうだろう。

敗戦後、外地から引き上げてきた帰還軍人たちの多くは、いずれまた日本軍は復活すると信じて待ち続け、時代に置き去られた。一方、過去を忘れ、現実を割り切って、新時代とは何か、何ができるか、を模索した人々は、大衆産業で高度経済成長の波に乗った。しかし、その娯楽、観光、外食というアンシャンレジームの大衆奢侈産業時代もまた、終わりつつある。一方、ただで国が与えてくれていた大衆向けの教育や保健に代って、個人型のプレミアムな教育産業や保健産業は、最先端の通信機器を活用し、すでに走り出している。また、食品や日用品などの基本的な生活物資産業は、あいかわらずいたって堅調だ。しかし、これらの新時代の「基幹産業」から外れた者は、再び前々世紀以前の「農奴」に没落する。

資本主義の強みは、古い産業から資金や労働力を引き上げ、新しい産業に投資する流動性、新陳代謝にこそある。だが、正直なところ、今後、あまり良い時代が来るようには思えない。とはいえ、時代の流れ、文明の変化は、あまりにも巨大で、だれにも止められない。生き残るには、流れ、変化を乗り切っていくしかあるまい。

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