日本がコロナ検査に消極的なワケ/日沖 博道
INSIGHT NOW! / 2020年4月8日 7時7分
日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社
遂に日本でも大都市圏で緊急事態宣言が出される事態に至った。残念ながら新型コロナウイルスの治療法が確立していない中で、感染拡大を防ぐ唯一の方法は患者およびその濃厚接触者の隔離である。したがって効果的なウイルス封じ込め対策は「クラスター把握→感染者隔離&行動履歴追跡→濃厚接触者の検査」だ。欧米の感染専門家の合言葉は”Test, test and test”(とにかく検査せよ)で、とにかく感染が疑われる人を片っ端から検査することがすべての始まりなのだ。
お隣・韓国は、感染者数は早い時期から有数の多さだが、その検査の徹底度とフォロー体制の充実(感染者の訪問場所の公表など)により「模範的な対策」と世界からは高い評価を受けている。ドライブスルー検査まで実施しているのだから、悔しいけれど大したものだ。
そんな中、先進国の中で唯一、日本は検査の実施に関してずっと消極的だった。有力メーカーへのPCR検査機の生産働き掛けにも政府は及び腰で、民間で進めていた幾つかの簡易検査キットの採用検討にも厚労省は消極的なままだ。
保険適用を受けて全国800カ所ほどの帰国者・接触者外来にまで拡大したとはいえ、PCR検査が実施できる機関はまだまだ限られており、しかも診療所や小さな病院経由で保健所に検査依頼をしても大方は断られるそうだ。
ではもしあなたが自らの感染を強く疑うなら、どういうルートならよいのだろうか。いきなり医療機関に飛び込むのではなく、各地の新型コロナ受診相談窓口(帰国者・接触者電話相談センター)に電話相談すれば、症状・背景によって判断されるので、その指示に従う必要がある。
最近の渡航歴や症状などから感染疑いのある場合、帰国者・接触者専門の外来にて診断され、そこで感染疑いが濃厚となれば当外来の医師から保健所に連絡され、保健所の判断で初めて検査が実施される、という繁雑なプロセスをたどる。
言い換えればこの途中のどこかで「渡航歴もないので感染疑いが濃くはない」とか「症状が軽いので、後回しにしても大丈夫だ」などと判断されれば、検査は受けさせてもらえない。実際、感染経路が分からない状況が増えた今、こういった理由で検査を受けられないという苦情が溢れているし、一種の「たらい回し」に遭った挙句、検査・入院になかなか至らずに結果的に重症化してしまったという訴えも目にする。
ではなぜ厚労省はこれほどまでに新コロナウイルスの検査に消極的なのだろう。幾つかの理由が考えられる(以下、事実を基に、彼らの判断の筋立てを類推している)。
第一に、現実問題として検査実施のボトルネックが大きかったので、「やりたくてもできない」という側面があったのは事実だ。
1つ目のボトルネックはPCR検査機(それなりに高価な機械だ)の数、2つ目のボトルネックは検査機を取り扱って判定できるスタッフ数、この両方とも限られていることだ。そして仮にこの2つを増やしても、検査結果が判明するのに時間が掛かることが3つ目のボトルネックだ。当初は数日、今でも一両日は掛かっている模様だ。
だから一挙に感染疑いのある人達がそれらの機関に押し寄せてきても処理し切れないことは目に見えていた。今月6日になってようやく、1日2万件の処理能力に倍増することを政府は宣言したが、緊急事態宣言の直前では「今さら」の感は否めない。
第二の理由として、(世界の趨勢に反して)検査をする意義に疑問を呈する専門家の意見が対策専門家会議では少なくなかったようだ。実はこれが、厚労省が新型コロナウイルスの検査に積極的でない最も大きな理由かと思われる。
それはありていに言えば、「(簡易検査もフル稼働させて)片っ端から検査してしまうと、判明した感染者が急増したら入院させないといけない。そうなれば治療法がないのだから感染症対応の病院ベッドがすぐに満床になってしまい、本当に対応しなければいけない重症患者が入院できず、措置できなくなってしまうじゃないか」という意見だ。
この背景には「感染症法」(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)の存在がある。新型コロナウイルスは既に感染症法の対象に指定されているが、この法律では感染が判明した患者に対しては入院勧告を行うことが明記されている。つまり強制的に入院させる義務がある訳ではないけれど、お医者様から「入院をお薦めします」と言われれば、大概の人は応じるだろう。
そして新型コロナウイルスに関して病状悪化のリスクがよく分からない初期段階ではもちろん、その後も急速な症状悪化の事例も報告されているので、大概の医師が、軽症だろうが未発症だろうが、まずは入院を薦めていたはずだ。
今や感染症対応の病院ベッドがまもなく満床にならんとしている東京周辺ではこの認識は大いに変化しつつあり、軽症や未発症だったら病院ではなく自宅か借り上げた宿泊施設で様子を見てもらえばいいじゃないか、という話になっている。
でも感染が急拡大する前の段階では厚労省にも感染対策専門家にもそうした発想があまりなく(つまり「入院させないといけない」という思い込みが強く)、検査体制だけ拡張することに厚労省は否定的だったと考えられる。
その姿勢を後押ししたのが、PCR検査の信頼性に疑問符が付くことではないか。つまり、陽性なのに陰性と誤判定される、その逆に本当は陰性なのに陽性と誤判定される、のいずれもそれなりにあるということだ(本当はどんな検査機にもつきまとう必然的な問題だが)。実質的な正解の確率は7~8割という説もある。ましてや簡易検査キットだと、さらに誤判定率が高まる。
この精度で、感染疑いがある人に気軽に検査を許してしまうと、2通りの「間違い」による好ましくない事態がそれぞれ引き起こされ得る。
1番目は、本当は陰性なのに陽性と誤判定される「偽感染者」が続出して、ただでさえ逼迫しかねない入院ベッドをさらにふさいでしまうという問題だ。一旦入院させてしまうと、二度の検査で連続して「陰性」とならないと退院させられないと思い込んでいた厚労省および多くの医療関係者に、「これは医療崩壊への近道だ」と危惧させた可能性は十分ある。
2番目は逆に、本当は陽性なのに陰性と誤判定された人たち(つまり真の感染者)が安心して気軽に出歩き、他の人たちに片っ端から感染させかねないという問題だ。これはこれで現実的にありそうな恐怖のリスクだ。
どちらの誤判定のケースでも大いに問題だ。それだったらいっそのこと検査を簡単には受けさせずに、軽い自覚症状の人たちには2週間ほど自宅待機して様子を見てもらう、それで自然回復すればめっけもので、もしその間に症状が重くなったら面倒ながらも正式なルートで検査を受けてもらって入院してもらうほうがいいじゃないか、となったのではないか。
要は、「現実的に検査体制が貧弱で大きなボトルネックを抱えており」、「検査をしたからといって治療法もないのだから、入院ベッドをふさぐ軽症・無症状患者が急増してしまう恐れが高く」、「検査してもその判定の信頼性が高くないのだから余計な問題を増やすだけ」。「だからいっそのこと全面的な検査はしないで、確実に感染が疑われる人だけ検査をすればよい」という結論になったのではないだろうか。
ついでに言うと、「厚労省および政府関係者が、インバウンド効果に依存している地方経済や安倍政権に忖度し、国際的に突出しかねない状況にあった日本の感染者数を人為的に抑制するために徹底的な検査を忌避した」と主張する人たちも少なからずいる。小生はそうした「陰謀説」的な言説には与しないが、結果的に日本の感染者数の発表値に対する国際的信頼が低くなっていることは指摘しておきたい。
上記に挙げた厚労省および感染対策専門家の判断の筋立てはあくまで小生の推論だが、大筋では合っている可能性が高いかと思う。そしてそのロジックは、「個別の感染源を突き止めることをせずとも何とか感染爆発を封じ込めることができ、事態を収拾できる」という超楽観的な見通しの下で正当化されるに過ぎない。
今さらながらだが、やはり主要外国と同様、一定割合の誤判定も許容した上で最初から徹底的に検査をしまくって(そのためには検査機と検査スタッフを大幅に増強する必要がある)、軽症および無症状の感染者は病院ではなく自宅待機または政府が借り上げた宿泊所にて隔離することを早い時期からやるべきだった。その検査で仮に「陰性」が出た人に対しても、「後になって発症することもあるから」と2週間程度の自宅待機を強く薦める(GPSによる位置監視アプリも義務付けて)、といった予防対策は執れたはずだ。
難しいからといって工夫を放棄した結果が、これまでの「検査は最低限必要な場合だけ」「感染が判明したら入院」という「もぐらたたき」式であり、それは本質的に非常にリスキーな判断だったと言わざるを得ない。
この「人智を尽くさず運を天に任せた」消極策の結果、どういう事態がもたらされているか。検査を無理に絞っているがために、冒頭に挙げた有効なウイルス封じ込め対策が採れず、事ここに至っては非常事態宣言の上での実質的な都市封鎖しか感染爆発を抑える有効な手段が残されていない、という事態に追い込まれているのではないか。
危機管理を間違うとどうなるか、東日本大震災時に続けて生じた原発事故で嫌というほど思い知らされたはずなのに、我々とその政府は本当に過去に学んでいるのだろうか。
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