コロナの好機:医療サービス会社としてアマゾンは飛躍できるのか?/石塚 しのぶ
INSIGHT NOW! / 2020年5月15日 7時5分
石塚 しのぶ / ダイナ・サーチ、インク
「コロナ絡み」のプライム会員向けサービスの拡大?
アマゾンによるホール・フーズ・マーケットの買収を予測したことで一躍有名になったニューヨーク大学マーケティング学教授のスコット・ギャロウェイ氏。日本でも『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』などで知られていると思います。毎週のように刺激的な予言や提言を発信してくれるギャロウェイ氏に私も常に注目していますが、同氏の最新の予言は私を含めアメリカの産業界を覚醒させるものでした。
『近い将来、アマゾンがプライム会員を対象にコロナウイルスの検査キットを提供するだろう』というのです。
アマゾンといえば、倉庫作業員や宅配ドライバーを含む全従業員を対象にコロナウイルス検査を行う目的で、現在、独自の検査ラボおよび検査キットの開発を急ピッチで進めています。
当初の目的は「自社従業員対象の検査執行」に限定しているにしても、信頼性の高い検査キットが開発できたあかつきには、それを社外にも提供しない手はない・・・というのは、極めてロジカルな推論だと思います。
ヘルスケア市場に伸びるアマゾンの触手
日本とは異なり、アメリカには「国民皆保険制度」はなく、多くの場合、医療保険は企業が従業員に対して福利厚生の一貫として提供するもの。個人で保険を購入する人もいますが、月平均600ドル(個人)~1,600ドル(家族)と大変高額なため、保険を持たない人も3,000万人近くいます。年々増加の一途をたどる医療コスト、そして、それに伴う企業(雇用主)の負担の深刻化が国を挙げての問題になっています。
問題のあるところには「好機」も同様に多く潜んでいることに目をつけ、近年、アマゾンは、「ヘルスケア市場」への参入を視野に様々な取り組みを次々と展開してきました。2018年には、「米雇用主の医療コスト負担の削減とより優れた医療サービスの提供」という壮大なビジョンを掲げ、バークシャー・ハサウェイ、JPモーガン・チェイスと合弁会社を立ち上げました。また、AIアシスタントのAlexa(アレクサ)は、2019年以来、ボストン・チルドレンズ・ホスピタルやエイトリアム・ヘルスなどアメリカの有名医療機関との提携により医療データの交換に活用されています。さらに、流通の分野では、法人向けマーケットプレイスであるアマゾン・ビジネスを通じて医療サプライの販売に注力するだけでなく、2018年にはネット・ファーマシーのピルパック(PillPack)社を買収し、処方薬その他の医薬品を生活者に直接販売・宅配する事業にも意欲を示しています。
上記は「ヘルスケア」という膨大な市場に対するアマゾンのアプローチの「氷山の一角」であり、クラウド・コンピューティング事業であるAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)を活用している医療機関の数を考慮に入れると、アメリカのヘルスケア業界におけるアマゾンのリーチは既にかなりのものだと推察できるのです。
「5年間に株価を倍に」を実現する巨大市場
上場企業としては、常に株価を上げ続けることが要求されます。現在、アマゾンの時価総額は約1.2兆ドル(120兆円)。もし、アマゾンが向こう5年間に株価を倍にしようと目論むのであれば、年率1,000億ドル(10兆円)から1,500億ドル(15兆円)の増加をめどに売上を拡大していくことが要求されます。これを実現する唯一の手段は、非効率極まりない巨大な市場に進出し、サプライ・チェーンの川上から川下まで一貫してメリットを提供するイノベーションを起こすことですが、その恰好のターゲットが「ヘルスケア市場」であるということなのです。
不謹慎な言い方かもしれませんが、その足掛かりとしてコロナ・クライシスはまたとない好機をもたらしました。コロナ感染症拡大抑止のための「ロックダウン(外出禁止令)」がアメリカ全土に広がるにつれて、アマゾンは自社従業員を対象に昨年9月に立ち上げたバーチャル・ケア(オンライン診療)サービスをさらに充実・強化しています。自社従業員を対象に既に運営しているこの「バーチャル・ケア・サービス」や、先述のコロナウイルス検査キット/サービスを、二次的な展開として社外サービスとして拡大することは、アマゾンにとって最もロジカルかつ経済的にも理にかなったステップであるといえます。
コロナの時代を切り拓く
以上が、ギャロウェイ教授が「2025年には、アマゾンは世界で最も急速に成長しているヘルスケア・カンパニーになっている」と予言する所以です。コロナの影響は荒波となってあらゆるセクターに波及し、世界中の国、市場、業界、企業、人にインパクトをもたらしています。その「インパクト」をポジティブなものにするか、あるいはネガティブなものにするかは当事者次第であるといえるでしょう。たしかに、コロナで失われるもの・ダメージを受けるものは確実にあります。しかし、そういった危機の只中にあるからこそ、「人の生活を守る・支援する」ことにひたむきなフォーカスをおき、ソリューションを提供していく企業こそが、新しい時代を切り開く存在になれるのではないでしょうか。
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