「リモートワーク」は、企業文化に死をもたらすのか?/石塚 しのぶ
INSIGHT NOW! / 2020年6月10日 7時13分
石塚 しのぶ / ダイナ・サーチ、インク
デジタル・ツールで結束できるのか
「リモートワーク」が長期化する中で、米国企業の多くが、会社としての「一体感」や「仲間意識」をどのように維持するか、取り戻すか、また育むかを模索している。
この三カ月の体験を通して、アメリカのホワイトカラー・ワーカーの多くが、生産性や機能的な側面からいえば、オフィスでも在宅でも支障なく仕事をこなせることに気づいた。しかし、「同僚」同士が顔を合わせることがめったになくなった今、どうやって「企業文化」を維持していくのか、また、「コラボレーション」を促進するのかがリーダーシップの悩みの種となっている。
多くの企業が「ズーム」などのデジタル・テクノロジーを活用しコミュニケーションの活性化を図ってはいる。たとえばある会社では、社内専用のスマホ・アプリを立ち上げ、CEOやその他の経営陣の動画メッセージを定期的に配信している。メガネのマイクロ・ブランド、ウォービー・パーカーは全社会議の頻度を増やし、全社員が「会う」機会を増やしている。
社会意識の高いことで知られるヘルス・バー・メーカー、カインドでは、「ヴァーチャル・ウォータークーラー」と呼ばれるチャット会議を週に数回行っている。アメリカのオフィスでは、ウォータークーラーの周りに同僚同士が非公式に集い、雑談したり情報交換をしたりする。それをオンラインで模倣しようという試みだ。参加は自由であり、入退室も自由。320人いる社員の多くが、平均15分程度参加するという。
パンデミック以前からリモートワークへのシフトは徐々に始まっており、それに伴い「コア・バリュー(社内で共有する「中核的価値観」)」の考え方がもてはやされてきた。会社の結束を強化し、維持するためのひとつの手段として、「コア・バリューの共有」が叫ばれ、社内でのリーダー教育が行われてきた。
進行する「会社離れ」
しかし、これらの努力をもってしても、働く人の「会社離れ」は避けられないようだ。アメリカでプルデンシャル・ファイナンシャル社が行った意識調査によれば、アンケートに答えたアメリカのホワイトカラー・ワーカーの半分以上が「(リモートワークが長期化するにつれて)会社との心のつながりが弱くなっていると感じる」と回答しているという。
「リモートワークが長期化・定着するのに伴い、企業文化が徐々に損なわれていくのではないか」とトップ経営者の多くが懸念している。そしてこれは、企業のリーダーシップにとって最大の関心であるべきだ。
前述のように、オンラインで「全社会議」を行っている会社はたくさんあるが、北米アクセンチュアのエサレッジCEOは、社員が「全社会議疲れ」の状態にあるのではないかと憂慮する。北米アクセンチュアでは、6万人の社員を対象にオンライン全社会議を定期的に開催しているものの、それとは別に、チーム・リーダーやプロジェクト・マネジャーがチーム・メンバーに定期的に連絡をとり、問題を早期に発見して解決につなげることを奨励しているという。個人レベルでのコミュニケーションを重んじているということだ。
イノベーションにも影響
リモートワークがイノベーションの鈍化につながるのではないかという声もある。アイデアは思いもかけない時に生まれるものだ。必ずしも正式な会議の席ではなく、カフェテリアでランチの順番を待っている間に同僚と何気なく交わした会話や、廊下での立ち話がヒントになる。
「スケジュールに従ってイノベーションを起こすことは不可能」と、フォードやアディダスなど大手とのコラボレーションで知られる3Dプリンティング技術開発会社、カーボン社のカルマンCEOは語る。『イノベーション』は偶然に触発されて生まれるもの。リモートワークで個々が孤立している状態でイノベーションを起こすのは難しい、ということだ。
リモートワークで成果を上げている企業も多いが、そうした企業の多くが、従業員の大多数が長年共に働いてきた同僚であり、オンラインの会議でもお互いの表情を敏感に読み取れる、また、同僚の好みや癖について予備知識を持ったコミュニケーションができるという利点を備えている。しかし、新入社員がリモートで働く場合はどうなるのか。同僚との心のつながりや仲間意識を育むことができずに、その結果、企業文化も衰えてしまうのではないか。
「オンライン・ゲーム」や「オンライン読書会」、飲み会やコンテスト、「オンライン・ダンス・パーティ」など、会社によってはあらゆる社交イベントを企画しているところもある。しかし、時折、会社では避けて通れない「不都合な会話」、つまり、上司から部下への叱責や同僚同士の意見の衝突は、本来なら顔を合わせて行われるのがベストだ。オンラインでは伝わらないニュアンスがたくさんある。
また、人間関係とは、何気ないちょっとしたふれあいにより育まれていくものだ。アメリカの大手家具メーカー、ハーマン・ミラーのCEOアンディ・オーエン氏は、ロックダウン以降に失われてしまったと感じるものとして「社員との雑談」をあげる。同氏はかつて、オフィス内を巡回して、社員のデスクに立ち寄り雑談をするのを日課としていたという。主なトピックは社員の家族の近況などだ。なにげない、他愛もない話かもしれないが、こういったふれあいこそが同僚間のつながりをつくり、企業文化を築くのだとオーエン氏は語る。
「それは、事前にスケジュールされたオンライン会議からは生まれないものです」
「効率化」という点では、リモートワークは価値の高い、「今ふう」の働き方かもしれない。だがそれで失われるものもある。人と人とのつながりからもたらされる「企業文化」や「仲間意識」は、定量化さえできないが他の何物にも代えがたい企業力の源である。効率の名のもとにこれら重要な要素が犠牲になることのないように、「新しい働き方」を考えていく必要がある。
コア・パーパス(会社の存在意義)やコア・バリュー(中核となる価値観)の明確な定義や徹底による「唯一無二の企業文化」「独自性あふれる企業文化」の醸成は、ここ10年ほどアメリカ企業の経営戦略の柱として注目され、ウォルマートなどの大企業から、「スモール・ジャイアンツ」と呼ばれる中小規模企業まで規模や業種を問わず導入されてきた。リモートワークの弊害として予測される企業の一体感や仲間意識の弱体化リスクをヘッジする手段としても、コア・パーパスやコア・バリューをもってして社内のベクトルを合わせる手法は、企業経営者やリーダーが深刻に取り組むべき課題だといえるだろう。
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