いまどきの職業としての学問:若手に期待とチャンスを/純丘曜彰 教授博士
INSIGHT NOW! / 2020年7月9日 17時41分
純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学
このコロナ騒ぎで、飲食店だの、芸能人だのが、仕事が無い、補償しろ、と、大声を上げて騒いでいたが、若手研究者において「仕事が無い」は、二十年来の大問題だ。すでにポストを得て給与を食む者は、学界の将来のため、非常勤や出版、マスコミの記事や出演などの仕事を譲り、若手に期待とチャンスを与えてあげてはどうか。
理系若手の短期雇用と業績圧力については、いまはさておく。ここでの問題は、文系だ。若手研究者のポストが、ほんとうに無いのだ。そんなのは好きでやっていることなのだから、仕方なかろう、と切り捨ててしまうには余りある、もっと根深い構造的な問題がある。
たしかに、大学の経営上の都合と学生の就職上の不都合で、一時期、大学院生を増やしすぎた。だが、バブルの後でさえ大学そのものは増え続けたのだ。にもかかわらず、かれらがポストを得られなかったのは、団塊世代の居座り、それどころか実務家教員の水膨れ、という異常事態が背景にある。
新大学や新学部が認可されるためには、実績のある教授を集める必要があった。このため、バブル後の大学大増設期に、ちょうど定年間際の団塊世代が、ごっそり新しいところを占拠してしまった。そのくせ、象牙の塔の教員ばかりでは即戦力を育てられない、と言って、一般企業で役員になれなかったような半端な老人名士たちも「実務家教員」として大量に新設大学に流れ込んだ。
かつてなら、自分はもう身を引くから、あとは君に任せた、と、指導教員が信頼できる弟子筋の若手に順にポストを譲っていった。ところが、団塊世代は、自分自身がさっさと定年の長い私立大学に再就職して、弟子たちは置いてけぼり。ハシゴを外され、非常勤の仕事すら、四苦八苦して探す状況。公募というのも、おうおうに縁故者が決まっている名ばかりのもので、その当て馬、捨て駒にもかかわらず、大量の業績コピーだの、同分野の教授の複数の推薦状を付けろだの、無理難題をふっかける。
この生殺しが、延々と続く。これでメンタルをやられないほうがおかしい。実際、自殺にまで追い込まれた優秀な研究者も少なくない。少子化もあって、突然に大学都合で非常勤の契約更新さえも打ち切られ、ホームレスになった者もいる。私の前後の世代でさえも、数多くの有為の人材が、正規のポストを得られないまま等閑にされている。それ以外にも、どれほど多くの優秀な若手研究者が大学に潰され、学究に失望し、文化の希望の火を消すことになったか。この事態は、いくらなんでも、おかしくないか?
もちろん、百年前、社会学者マックス・ウェーバーも、『職業としての学問』(1917)でも、ポストを得られるかどうかは、その人の研究成果ではなく、運と偶然で決まる、と言っている。また、このような若手研究者の閉塞状況は、大学予算に対する政治的削減もあって、日本だけでなく、海外各国でも日々厳しくなっていると聞いている。
だが、自分のことを振り返れば、妙なジャマをする変な人もいなかったわけではないが、それでもどうにか研究者としてやってこれたのは、それ以上に、運と偶然、というより、ほんとうに良い先生方、先輩方との出会いと励ましがあればこそ。この年になると、そのことの感謝ばかり深く思う。
たとえば、うちの大学の前放送学科長、いまは亡き岩崎富士男先生が、学内ですれちがうだけでも毎度、君には期待しているよ、声をかけてくださった。もちろん、ほかの人にも同じことを言っていたのかもしれないが、あれが教育者だと思う。亡くなってなお私を生かしてくれている。
若手研究者には期待とチャンスが必要だ。いきなり彼らにカネやポストを与えろ、などとムリは言わない。しかし、せめて、いますでに大学にポストを得て安定した給与を食む者は、それ以上の欲をかかず、非常勤や出版、マスコミの記事や出演などの機会は、若手に譲ってはどうか。
たとえば、近年だと、ちくま新書で『世界哲学史』全八巻が出たが、中堅以上の研究者の、個性の強い論文の寄せ集めになってしまっているために、残念ながら、大学の教科書、概説書などとして、あまり使いかってが良くない。もっと「教科書」的にニュートラルにまとめられる次世代の若手たちにこそ、このような意欲的な企画を委ねるべきだったのではないか。
同様に、非常勤も、若手はあえて固定せず、任期付で、あちこちの大学を回転寿司のように巡って遍歴研鑽を積むことが大切だろう。そこでさまざまな大学の気風にふれ、また、その機会に学科以外の諸先生との出会いがあれば、縁も広がる。実際、公募にならない話、○○先生が他大学に転出しそうだ、とか、サバティカル(海外研修)で来年度だけ△△の講義に穴が開いている、とか、××大学では学内にも極秘で改組の話が進んでいる、とか、そういうまさに縁故の情報は、非常勤の講義後に気の合う先生の研究室でお茶をしていたりするときに、ふと耳にしたりするものだ。
とにかくいま、このコロナ騒ぎで、副業の塾やカルチャーセンターの講師の仕事もめっきり無くなってしまっている。大学の状況も、文系の大教室一般教養講義ができなくなって、いろいろな意味で余裕がまったく無い。まして、一介の教員ふぜいにすぎない私に、なにかできるわけもない。だが、若手の研究者諸君、君たちには期待しているよ。あきらめるな。いつかチャンスは巡ってくる。
余談ながら、近年見て、すごいと思ったサイトをいくつか紹介。この状況下で、ほかにも自力で工夫し努力している研究者は意外に多い。
光永隆氏:左大臣どっとこむ
山田哲也氏:Webで読む西洋テツガク史
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mochi_space/
九去堂氏:『論語』全文・現代語訳
https://hayaron.kyukyodo.work/
深谷俊文氏:リベラルアーツガイド
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