コロナ禍がもたらすのは「処し方の変化」か「在り方の変化」か/村山 昇
INSIGHT NOW! / 2020年7月14日 21時9分
村山 昇 / キャリア・ポートレート コンサルティング
◆「大きな環」と「小さな環」
新型コロナウイルスの第2波、第3波の拡大懸念が残る中、社会は「ニュー・ノーマル(新常態)」を模索しつつ、人と人との交流を前提にした経済活動や日常生活を再開しました。
私たちはこの第1波コロナ禍で、いろいろなことが「変わった/変わるだろう」と口々に言います。確かに多くのことが変わるのでしょう。しかし、変わるといっても、表層的な変化と根本的な変化、外的な変化と内的な変化、といったように質やレベルがあり、そこに注視することが重要だと思います。
下の図は「自己と環境」「本質と形態」が相互に影響しあうことを示した図です。すなわち、「環境・形態」が変われば「自己・本質」は変わります。また、「自己・本質」が変われば「環境・形態」は変わります。両者は因果の環になっていて相互作用することを表しています。
このコロナ禍は、いわば環境の一大変化です。それによって自己は変化を余儀なくされました。外側の力が、強制的に内側を変えにきたわけです。そのことによって私たちはいろいろな新しい考え方、新しい行動様式を生み出し、環境にはたらき返します。そのことによって、環境にも変化が起き、やがて自己と環境が調和を保てる状態へと収束していきます。
この因果の環で大事なことは、その環の大きさです。小さな環は、それが起こる次元が「環境・形態」側、すなわち外的・物的な次元に留まっています。他方、大きな環は「自己・本質」側の深くをえぐるように内的・精神的な次元に入り込みます。
このコロナ禍が引き起こす因果の環の大きさはどちらでしょうか? それは個々人によって、組織によって、地域・国によって違うでしょう。ビジネスの世界全体に限って言えば、私は、残念ながら小さな環に留まるのではないかと感じています。
第1波コロナ禍は全世界的に甚大な経済的損失を与えたのは確かなことで、でもそれが、経営者にせよ、個々のビジネスパーソンにせよ、人類的な視座から、あるいは文明的な視座からそれを深く憂慮し見直しをはかって、自己の本質を変えるに至るのかといえば、そうはなっていないように思えます。
なぜなら、結局はいかに損した量を取り返すか、いかに物的に代替方法を手に入れるか、といったような次元の話に留まっているからです。働き方をリモートに変えて劇的な変化があったように感じていますが、それはやはり外側の「処し方」が変わっただけであって、内側の根底にある「在り方」をえぐってはいません。経営の関心事は、もっぱらリモートワークで従業員の生産性がどうなるか、売上げがどう確保できるかです。それらは小さな環の範囲だといえるでしょう。
コロナ禍が根底で問うているのは、人類の行き過ぎた諸活動と地球環境との不調和かもしれませんし、人類の貧富格差かもしれません。その観点から、事業そのものの中身をどう変えていくかといった議論はほとんど聞こえてきません。どれだけの人が大きな因果の環で、事業の在り方、個々人のキャリアの在り方を問うているでしょうか。
それで、ここからは私が専門とする人財教育・キャリア形成についての話に移ります。コロナ禍が起きてしまった世界ではありますが、私はこの禍のあるなしに関わらず、人財教育・キャリア形成については大きな転換点にさしかかっていたと思います。それは「処し方」から「在り方」へと、意識と行動を変えていくべき転換点です。
もし、このコロナ禍によって、人財教育・キャリア形成についての考え方が「処し方」から「在り方」に重心を移すなら、それは大きな環の変化であり、コロナ禍がもたらしたプラス面だといえます。そのあたりのことを2つの観点から述べます。
◆あなたは健康な樹木? 不健全な樹木?
本質を離れたところのささいな部分に執着し、そこでもがいている状況を「枝葉末節にとらわれる」などと言います。そこで、人の能力を樹木に喩えてみたのが下図です。
樹木が生き生きと花を咲かせ、豊かに実をつけるために必要なことは何でしょう───根を広く大地に張ること。太い幹を天に伸ばすこと。さらには、そこからいくつも枝を出し、葉を茂らせ、燦燦たる陽光を受けて健やかに生長していくこと、です。
私たちの事業現場・職場では、ますます成果が求められています。短期に、効率的に、数値で表れる成果ほど歓迎されます。そのため職業人としての能力開発は、どんどん業務処理的な知識・技能習得へと傾き、細分化され、即効を狙うものになります。
書店に並ぶ数多くの実務本、ハウツー本、成功本。最新の業界情報を披露するセミナー。テクニカルスキルを身につける研修。こうしたものを常に取り込み、アタマと手先を器用に磨き続けないと職場からはじかれる時代になりました。
これはいわば、樹木の枝・葉のみをとがらせ、揺り動かし、木の実を急いている状態のように思います。その間、根や幹はなおざりにされています。根や幹がしだいに弱り細ってきているにもかかわらず、私たちは「もっと多く、もっと早く」の成果を追って(追わされて)いるのです。樹木としては何とも不自然・不健全な状態にあります。
コロナ拡大が起こって、会社は従業員に対し、リモートワーク環境を整え始めました。それは必然の対策とはいえ、相変わらず従業員に求めるものは、成果であり、効率性です。いまだからこそ従業員1人1人の幹や根っこを育もう、ではありません。
しかし、従業員の幹や根を育まないツケは会社に返ってきます。枝葉の細分化した業務スキルに閉じ込めた従業員の中には、30代半ばを過ぎたあたりから硬直化し、配置転換しようとしてもうまく動かせない人が出てくるのです。
個々人が100年を生き、会社組織が従業員を60代70代まで雇い続ける時代に、キャリア形成・人財教育で重要なことは、「処し方」次元で従業員を部品的に資源化するのではなく、「在り方」次元で全人的に育むという大きな転換をせねばならないということです。
◆スキルを拠り所にすればするほど不安感は増す
次に、視点を働く個人に移します。多くの人にとって、自分が雇われ続けるための方策としてまずあるのが、ともかく需要のある知識・技能を身につけて、自分を買ってもらおうという「スキル習得」アプローチです。
時代の変化に合わせて、あるいは雇ってくれる側の要請に合わせてスキルを習得・更新していく。それ自体はまったく必要な行動なのですが、長期的な視点でながめれば、枝葉次元の対処法であって、根幹的な取り組みにはなりません。
「スキル習得」アプローチは下図で示すように、変化していく表層を「いかだ」を次々に乗り換えて、何とか職をつないでいく対応です。
「処し方」に長けようと枝葉のスキル習得でがんばっても、AI(人工知能)や作業ロボットとの競走が出てきます。有能な若手もどんどん伸びてきます。キャリア・人生において変化対応は不可避ですが、移り変わるものに自分の拠り所を置くほど不安は増します。
ではどういうアプローチがなされるべきか。私はそれが「マインド・観醸成」アプローチであると提言しています。
◆スキルを鋤・鍬として自分を掘り起こせるか
マインド・観は「在り方」を問います。そして「在り方」はライフワーク(生涯にわたって携わりたい仕事)やソウルワーク(魂の声を成就させる仕事)、道(探究・鍛錬としての仕事)を生み出す源になるものです。知識や技能といった処し方はその下に来る手段的要素ととらえます。それが下図の「耕作的キャリア」です。
不変・普遍のものをつかめば、変化も悠然と楽しむことができる。これが健やかに長く職業人生を送っていくための鍵だと思います。もちろん最初から自身の在り方がわかっていて、ライフワークを見つけられる人は稀です。若いころはスキル習得に右往左往しながら「いかだ移り」をやることでいいでしょう。問題はそこからです。
そのまま表層を渡っていくのか、それとも在り方の次元に意識を向け、深くを耕していくのか。これは決定的に大きな分岐です。
私は仕事柄、さまざまな人たちのキャリアを観察してきました。50代以降もはつらつと働いている人は、知識・スキルを「いかだ」としてではなく、「鋤・鍬(すき・くわ)」として、自分という可能性を耕し続けている人です。あるいは、知識・スキルを「刀」として、人生の在り方を彫刻している人です。そのようなキャリアの体現には、堅固なマインド・観の醸成がなくてはならないのです。
◆研修のオンライン化は「小さな変化」
コロナ禍が本格化した3月、集合型研修を生業とする私のもとには、すべての顧客企業から今年度の研修の中止・延期の連絡が入りました。その後、研修業界ではWEB会議ツールを使ったオンライン化研修の波が急速に起こります。ツールの使いこなしを指南する専門家も続々現れ、ネットセミナーは花盛りです。
私もそんな外側の一大環境変化に合わせ、ドタバタとスキルを習得し、研修プログラムを組み替え、サービスの再構築をはかりました。オンラインでの研修において、受講者とのコミュニケーションの取り方は確かに異なります。そのために講義方法を変えることが必須です。
しかし私にとって、そうした手段・方法の変化は小さな変化でしかありません。研修事業者の中で、WEB会議ツールを使いこなしてうちはこんなこともできる、あんなこともできると、それのみを自慢しているところがあれば、それは小さな変化の環にいるのでしょう。他方、「何が教育されるべきか」というコンテンツそのものに変化の手を下そうというところは、大きな環にいるといえます。
コロナ禍によって何が変わるのか。それは小さな環の変化なのか、それとも大きな環の変化なのか。みなさんの組織において、あるいはみなさんお1人お1人においてどうなのかを見つめてみるとよいかもしれません。
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