「ノックは2回??」エリート学生に謎マナーは無用/増沢 隆太
INSIGHT NOW! / 2021年1月4日 7時53分
増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ
・ノックの回数を心配する学生
年間延べ300人を優に超える学生の進路相談・就活相談を毎年受けています。就活相談ではマナーに関するものもあります。特に私が対象とする理系学生は、文系に比べて就活にかけられる時間も限られており、就活知識を不十分と感じている学生が少なくないのでしょう。
「ノックは3回がビジネスの常識。2回ノックはトイレだから絶対ダメ」と学外のマナー講座やネット、先輩が言っているということで、面接練習でうっかりノックを2回してしまい、「す、す、すみません、もう一度やり直して良いでしょうか」と大慌てする学生もいます。しかしこれって、そんなに大事なことなのでしょうか?
多くの企業がオンライン面接となる中、一部の企業や公務員ではいまだにリアル面接が行われているのです。私は相談学生に、「本番の面接はもっと緊張すると思うけど、そんな時もノックの回数間違えたから『もう一回やり直させて』って言うの?」と尋ねます。私が指導しているのは面接テクニックではなく、社会人として上位校学生に期待される思考の訓練なのです。
私は人事コンサルタントとして企業の採用支援や人事政策への提言をしつつ、大学教員として新卒大学生・大学院生のキャリア指導をして15年になります。東北大、東工大をはじめ、いわゆる上位校と呼ばれる高偏差値大学・大学院の、特に理系学生の就職指導でそれなりの実績を上げてきたと自負しています。
・理系学生の就活
現実の理系トップクラスの学生採用をしている企業の方ならご存知でしょうが、こうしたトップ校の理系学生は、学部ではなく修士課程に9割が進学するため、就活は大学院生が主流になります。この時点で文系学部生のいわゆる「大学生の就活」というくくりと一緒にはできない実態があるのです。当然ながら理系トップ層の学生採用の基準で「マナー」に重きが置かれることはありません。
社会に適応できないほどの非常識な学生では論外なことはいうまでもありませんが、「ノックを2回したからトイレとビジネスの区別がつかない」と判断するような採用者は、少なくともこうした上位層学生を採用する場面では、数学的にあり得ない確率と考えるべきでしょう。ノックの回数のような枝葉末節を気にするあまり、面接をもう一回入るところからやり直すというのは非現実的であり、何より将来の幹部候補としての判断力への疑問を持たれてしまうことでしょう。
社会人を30年以上やっている私も理解しかねる謎マナー。就活だけでなく、冠婚葬祭などの普段日常的ではないシーンでの作法を説く本やサイト、マナー講師と称する人がこうした言説を振りまいています。不安につけ込むというのは言い過ぎかも知れませんが、謎マナーは社会経験の乏しい学生、特に理系や上位校文系学生には有害だといえます。それは謎マナーが正しいかどうかよりも、そうした訳のわからない情報を咀嚼するのではなく信奉してしまうような「思考」にあります。
将来の幹部候補として選考される学生が、自ら考える能力に疑問を持たれてしまうことは大きな損失です。自分を食べ物に例えると何か?のたぐいの、クイズのような無意味な質問はいまだに一部で行われています。しかしそのような採用の本質とは関係ない質問には正解などなく、単に表現力や対応力を求めるものだという仕組みを理解していることが重要です。
・異なる正解
マナーが不要だとは思いません。しかし理系や上位校文系学生すべてに、お辞儀の角度や客室乗務員による笑顔講座が必要とは全く思いません。ホテルやデパート、サービス業で、接客や接遇が重要な職務であれば、こうした知識や能力は欠かせないことでしょう。しかし大学院修士課程で研究を進める理系学生にとって、およそ優先順位は高いとはいえません。
「就活で企業が求めるものは何か?」と学生だけでなく、同僚の教員の先生方からも聞かれることがあります。その「求めるもの」はたった一つの正解ではないのです。旧帝大理系の大学院生に求めるものと、中堅校文系学部生が同じ職務で応募することは希なはず。職務によって、正解は異なります。
就活は試験ではなく、採用というビジネスの一環です。ビジネスにおける成果は一律なものではありません。経営目標やゴール設定によって常に変化する多辺形なもの、それこそ現実のビジネスが追い求めるもの。つまりテストにおける一つの正解を当てるという学生の思考から、多辺形のゴールを目指すビジネスの思考への適応力こそが求められるものです。
謎マナーに踊らされることなく、自らの判断力を鍛えましょう。
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