ノーベル賞受賞者・真鍋さんの警鐘に危機感を覚えよ/日沖 博道
INSIGHT NOW! / 2021年10月13日 7時7分
日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社
気候変動の予測研究の先駆者で、先日ノーベル賞を受賞した真鍋淑郎さん(90)。様々な場で受賞の喜びを語る際には必ずといってよいほど、「好奇心が自分の研究の原動力だ」「最もおもしろいのは、好奇心に基づいた研究だ」と何度も繰り返していたのが印象的だった。
そしてその裏返しとして、やんわりとした言い方ではあるが「若い人たちが(好奇心に基づいてではなく)研究費獲得のために時代の流行を追いかけている」という日本の現状について批判的というか、若い科学者に同情的だった。
要は産業政策が要求するような近視眼的なテーマなら予算が付きやすいが、そうではない「何に役に立つのかすぐには分からない」研究テーマ(しかし実はイノベーションはこういった研究からこそ生まれている)だと途端に渋くなる現状を危惧しているのだ。
そして受賞発表直後の記者会見では、アメリカ国籍を取得し日本を離れた理由を問われ、日本の他人の目を気にしすぎる風潮が合わなかったことを挙げていた。一方、アメリカでは自分のしたいようにでき、他人がどう感じるかも気にする必要がないことを称賛していた。アメリカでは氏の研究のために上司はあれこれ言わずに予算を確保してくれたという。
またその記者会見でも他の場でも、政策決定者と研究者がどのようにコミュニケーションをとるのか、もっと考えるべきではないかと氏は再三指摘していた。これは日本学術会議での任命問題と絡める向きもあるが、むしろ真鍋さん自身が1997年に帰国して科学技術庁の研究プロジェクトの研究領域長に就任しながら、2001年に辞任し再渡米した際の経験からの言葉と思われる。氏は当時、役所の縦割り行政のため他の研究機関との共同研究を阻まれたことに失望し、辞任したと見られている。
こうしてみると、真鍋さんのコメントの多くは、イノベーションを背負っているはずの日本の研究者が置かれている環境に関する、とてつもなく深刻な問題を浮き彫りにしているように思える。
好奇心に突き動かされて没頭したい研究テーマではなく、予算獲得しやすいという理由でそれほど好奇心の湧かない研究テーマを選ばざるを得ない研究者が少なくないことを示唆しているのだ。そして研究テーマをよく理解できない国や上層部が気に入らない分野への予算を絞り、安易に方向性を変えさせてしまうことを示唆している。そんな状況では、潜在的にはインパクトがあるが世間的には理解されにくい研究を、生涯を賭けて追求しようとする若者が減ってしまうのは当然だ。
実際、日本の研究環境の悪化を嘆く本や記事はこの10年ほどで急増している。代表的なものとして『誰が科学を殺すのか科学技術立国「崩壊」の衝撃』(毎日新聞「幻の科学立国」取材班著)と、『イノベーションはなぜ途絶えたか: 科学立国日本の危機』(山口栄一著)を挙げたい(上記にはそれぞれ小生の感想をリンクしてみた)。
まさに真鍋さんの指摘の通りなのだ。あえて自分の好奇心に従う研究テーマに拘った研究者は、十分な予算を獲得できないまま「干される」か、そもそも研究者としてのポジションを維持することすらままならないケースもあると指摘されている。そしてそうした状況は平成不況において顕在化し、アベノミクスによる景気小康回復期にもまったく改善するどころか、却って深刻化しているのだ。
これは、イノベーションの本質を分かっていないまま、大学を中心とする公的研究機関における研究予算を大幅に削って恣意的な分野に集中させてしまった政治家(その代表者がいわゆる「成長戦略」を仕切ってきたT中H蔵氏だ)と財務官僚の、とてつもなく深い罪だろう。20年先以降、日本人のノーベル賞受賞は絶望的だといわれる所以だ(研究発表年と受賞年には、概ね25年のタイムラグがあるため)。
さて、岸田新総理はその政策方針「成長と分配の好循環」における成長の3本柱の一つに「科学技術立国」を掲げている。イノベーションにより国と産業を建て直して成長を目指そうとする、その意欲と方向性は正しい。では具体策として、今の大学等の研究機関への国家予算配分のあり方がいかに近年の日本の研究機関からイノベーションの芽を殺いでいるかを直視し、正しい政策転換をしてくれるのだろうか。真鍋さんの警鐘に応えてくれるのだろうか。心ある人々は注視している。外部リンク
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