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美大生という選択肢(その1) 謎の暗黒大陸、美大生キャリアの実態/増沢 隆太

INSIGHT NOW! / 2021年12月8日 17時18分

美大生という選択肢(その1) 謎の暗黒大陸、美大生キャリアの実態/増沢 隆太

増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ

・美大という暗黒大陸上陸
美大生と言えば、世捨て人のような服装で日々退廃的な暮らしをしたり、昭和のヒッピーをイメージする大人もいるかも知れません。現代アートの高騰で、作品がとんでもない値段で取引される作家もいる一方、昔は「売れない芸術家」や売れない音楽家はダメ人間の象徴でした。しかし実際の美大はそんな変人の居場所とは違いました。

美大=絵という貧困なイメージしかない私でしたが、実際には現代アート的ないかにも芸術的な創作だけでなく、金属やガラス、木などさまざまな素材による造形、伝統工芸、インダストリアルデザインに近いさまざまな作品作りという、かなり「普通な」印象です。普通と言っても私が普段いる総合大学と雰囲気がほとんど変わらないという意味で(私の回りも理工系の博士学生ばかりなので、あまり普通ではないかも)キャンパス内や回廊にも塑像があるなど、おしゃれな空間ではあるものの、ごく普通の大学生たちです。美術系の場合、女子学生比率が高いので、秋美も女子の割合がかなり多い印象です。しかし学生はものすごいぶっ飛んだファッションでもなく、ごく普通の子たちです。

あ、先生の中にはいかにもクリエイターっぽい方が見えますね。といっても広告代理店のクリエイティブの方みたい。
理工系教員の変わった方よりマトモかも。どうやらそこまで暗黒大陸でも魔人の巣窟でもなさそうです。

・美大生の進路の8割以上は・・・
これは美大でも差があるかと思いますが、秋田美大の場合、少なくとも私がキャリア講座を担当していた数年前までは、1学年約百人の内、約8割近くが会社員となりました。事務系やIT系、販売系など職務は様々ですが、中堅大学の進路を大きく差があるとはいえない、普通の企業に就職しています。

そもそもまともな大学であれば就職率100%はあり得ません。旧帝大など上位校ですら、大学院進学や退学などもあり、100%就職することはないのです。ということからすれば、8割近くは会社員に進むという秋田美大の進路はきわめて健全なものといえます。

会社に就職した場合、デザインのような専門イメージそのままの職に就くだけでなく、昨今はゲーム業界などIT能力だけでなく作画能力が必要な職務でも強みを発揮しています。ITやゲームは、日本の経済界でも優等生な業界なので、進路として期待が持てますね。ただしキャリアの授業でも注意喚起をしていますが、デザイン系クリエイティブ系業務の中には法人になっていない自営的な事務所や、社員ではなく独立業者として請負い形態で仕事をするなど、いろいろ複雑な就業形態があるので、労働法に疎い学生はちゃんと契約を理解するよう促しています。

すべてがクリエイティブな職務ではなく、デスクワークや販売・接客業など、直接美術と関係なさそうな業務に就く学生も、感覚的には2~3割以上はいるのはでないしょうか。

ちなみに私が教えていた数年間で、作家としてデビューした学生は年間1人程度でした。就職せずいきなり作家という道は相当に高いハードルですし、中には伝統工芸の世界に、弟子入りのような形で進む者もいるかも知れません。いずれにしても、秋田美大の就職進路の8割方が会社員というのはきわめて「普通」で健全なものでした。

・美大生と就活
クリエイティブやアート産業以外の一般企業において、美大生は採用の対象外なのでしょうか。私は秋田美大のキャリア講座で、「会社員になること」とは何かを教えました。また芸術や美術は趣味なのか仕事なのかを問いかけました。

芸術を教える先生方からは怒られるかと思いましたが、一度も正式には怒られたことはありません。美大を出ただけで作家になれる人というのは例外であり、デザイナーやイラストレーターという仕事そのものが限り無く安定感のない自由業であり、普通の就活のようなプロセスはありません。

美大生であっても、工芸技術の会社やクリエイティブワークの職務でも、ES(エントリーシート)&面接という、就活テンプレで通常は採用されます。その普通就活フォーマットに合わせられなければ、まず社会人となるチャンスを得るのも厳しいことでしょう。美大生も就活は必須なのです。

・美大生という人材バリュー
一方で、美大生を雇うメリットは何でしょう?経団連調査によれば、企業が採用学生に求める能力のトップは過去20年くらいずっと「コミュニケーション能力」です。私は美大生の指導や個人面談を通じて、美大生のコミュニケーション能力をあえて訴えたいと思います。

ペラペラしゃべるだけがコミュ力ではありません。何らかの意思疎通において、意図や目的、感情を表現することがコミュニケーションにおいても欠かせません。文章を使ったコミュニケーションではなく、作品を通しての表現こそ、私は美大生最大の魅力と感じます。美大生たちが日々磨いているのは、どうすれば「それ」を表現できるかです。

素人の私から見ればすごい凝った絵やリアルな彫刻などの作品はそれだけですごいと思うのですが、本当に優秀な芸術作品はそんな見た目の美しさ以上に情念というか、あふれる感情を伝えてきます。文字情報ではない表現能力こそ、美大生の武器だと感じます。偏差値的に優秀な学生は「正解発見能力」に優れていることは言を待ちません。一方、美大生は「表現すること」を徹底して訓練していると感じます。

・実際の評価と問題
いくら技術がすばらしくても、どこかで見たことあるような作品に惹かれることはありません。技術はそこそこでも日々発想を鍛える美大生は、恐らく仕事においてのアウトプットも期待できると感じるのです。

キャリア担当教員である私は、この素養にビジネスとのブリッジができれば、非常に魅力的な人材になると信じています。

実際にコミュニケーションデザイン専攻の学生が、当時ニトムズ社のCM動画コンテストで1位を獲得するなど、一般企業からも評価を受ける、きわめて完成度の高い作品制作が実践できています。クリエイティブ職に限るものではなく、あらゆる職業で表現するコミュニケーション能力は有効だといえるでしょう。

こうしてゲームやWeb制作など広い意味でのでクリエイター系企業や、一般企業以外からも求人が集まっています。私もしっかりとした作品制作とキャリア教育のセットが実現できる美大生は非常に有望な人材だと自信をもってお薦めできます。

良いことばかりでは逆に信憑性が下がるでしょうから、苦手なことも挙げたいと思います。

やはり文章表現中心のエントリーシートや偏差値的能力を測るWebテストは正直苦手という学生は多いですね。美大の受験偏差値ランキングなどもありますが、実に意味の無い指標だと思います。どれだけ筆記試験で良い点を取ろうが、美大生の強みである創作能力や表現能力は絶対に筆記試験では測れないからです。

私の担当時代、秋田美大は入試において実技を必修化していました。これは美大生という人材バリューを担保する上で、絶対に譲れない指標だと考えます。制作能力の無い美大生に人材価値はあるのでしょうか?少なくとも入試でも制作能力がスクリーニングされ、課程において日々創作を重ねる美大生。人事的視点、経営的視点のいずれからしても、私はほとんどの企業において、一般職であっても活躍のチャンスが十分ある素材だと思います。

秋田という場所から一気に遠くへ行くのはためらう学生も一部にいる一方、逆に場所問わずにチャンスを求めて「動ける学生」がいるのも事実です。そうした自由な発想や感覚はやはり美術系だからでしょう。人手不足の企業の皆さん、ぜひ美大生も目を向けてみてはいかがでしょう。

次回は美大生に行うキャリア教育。どうやって一般企業とブリッジしていくかについても説明したいと思います。

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