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事業概念の大転換を図る「アズ・ア」モデルの発想法/村山 昇

INSIGHT NOW! / 2022年4月14日 11時12分

事業概念の大転換を図る「アズ・ア」モデルの発想法/村山 昇

村山 昇 / キャリア・ポートレート コンサルティング

「アズ・ア・サービス」は事業概念発想の一例にすぎない

「アズ・ア・サービス」モデルが注目されています。「Software as a Service|SaaS」や「Mobility as a Service|MaaS」が代表格です。いま特に製造業においては「Product as a Service」、すなわち「製品をサービスとして売る」という事業モデルに続々と転換を図るところが増えています。消費者の購買意識の向け先がモノの所有から、統合化されたサービスの利用へとシフトしているからです。

ただ、安易にモノをサービス化して売ればいい、サブスクリプション型で課金すればいい、という対応であれば、それは外形的で付け焼刃的です。結論から言えば、事業の再構築にはその内側の奥にある「中核的価値」を見据えることが決定的に重要な作業になります。

本記事では、「アズ・ア・サービス」のもととなる「アズ・ア」モデルによる発想法を解説しながら、いかに内側の「在り方」から事業概念の再構築を図るかを考察していきます。実はSaaSやMaaSは、この「アズ・ア」モデルによる発想法の答えの1つでしかありません。他にも事業概念を変換する切り口はたくさんあります。ですから、SaaSやMaaSを表面的に真似ても成功はおぼつかないのです。

クルマを売る→クルマを貸す→モビリティを売る

トヨタ自動車の企業ウェブサイト(2022年3月時点)をみると次のような宣言が記してあります───「100年に一度の大変革の時代。トヨタは『モビリティカンパニー』にモデルチェンジしていきます。『未来のモビリティ社会』の実現を目指しながら、これまで以上に『愛車』にこだわり続け、『もっといいクルマ』をお届けしていきます。」

このように自動車メーカーがクルマを売るということから、「モビリティ(移動性・動きやすさ)を売る」ことに移行していく流れが明確になってきました。その流れを概括しておきましょう。

まず自動車で起こっている変化を3業態に分けて描いたのが下図です。第Ⅰ業態は「クルマを売る」形です。お客様はクルマが持つ機能・デザイン、言うなれば「モノ的価値」に魅力を感じて買います。クルマの所有権はお客様にあり、当然メンテナンスもお客様が費用を負担してやります。そしてクルマの耐用年数が過ぎてくれば、再度、新しいクルマに買い換えることになります。


次に第Ⅱ業態の「クルマを貸す」という形があります。いわゆるリース・レンタルという利用契約です。モノとしてのクルマを所有する欲求がさほど強くない、あるいは、所有するだけの財力がないといったお客様に対し、手軽な価格で一定期間あるいは一時的にクルマを使える権利を売るというものです。

リースにおいては契約期間中、定額利用料を払うという、いわゆるサブスクリプション型課金が用いられます。この業態はモノ的価値ではなく、「移動手段を得ること」「(高級車などを)運転できる喜び」など、コト的な価値を売るのが特徴です。

そんな中、進化形として起こってきたのが第Ⅲ業態の「モビリティを売る」です。この形が進化させたのは次の2点です───

 1)中核的(コア)価値を打ち出し、提供する価値の軸を鮮明にする
 
2)その価値を満たす統合的な仕組みを構築する

モノやコトが溢れつつある中で、自動車メーカーがたどり着いた答え、すなわち「自分たちが究極的に売りたいものは『モビリティ』という価値なのだ!」という自己発見はとても大きな出来事ではなかったでしょうか。自動車という製品が購入客に届ける価値はいろいろあります。しかし中核的価値をいざ、「モビリティ」と定めたときに第Ⅲの業態への転換が大きなうねりとなって生じてきたのでした。

売るものは「製品」ではなく「製品の中核にある価値」である

メーカーはこれまでともかく「自社製品を売りたい、自社製品を使わせたい」という発想で事業を動かしてきました。製品を売ったり、リースやレンタルを通して使わせたりすることで、大量生産する品がどんどんはけていくからです。第Ⅰ業態も第Ⅱ業態もその考えをベースにしたものでした。

しかし、売るものは「製品」ではなく、「製品の中核にある価値」であるとしたときに第Ⅲ業態は誕生します。この「中核にある価値」について、ピーター・ドラッカーは『現代の経営』(英語版の初版は1954年刊行)の中でこう述べています。

「ガスレンジのメーカーは、競争相手は同業他社と考える。しかし、顧客たる主婦たちが買っているのは、レンジではなく料理のための簡単な方法である。電気、ガス、石炭、木炭のいずれのレンジであろうと構わない」。

これは企業に対し、事業の目的をガスレンジという製品に紐づけるのではなく、「日常の料理における簡便さ」という中核的価値に紐づけなさいという指摘です。中核的価値の提供が最上位の目的としてあり、そのもとに手段として製品および製造技術がある。と同時に、その価値を十分に実現させるためには、ときに他社製品を取り込んだり、他業界との協業を行ったりすることも必要だという考え方です。

技術は変転が激しく、1つのハード技術に凝り固まると事業や組織は柔軟性を保てなくなります。しかしその上位に置く価値は本質的であるほど不変・普遍です。事業目的や組織の存在理由を中核的価値で考えることは、言い換えれば、「変わらざる自己概念の軸」を定め、そのもとで「変えていくべき技術」を自覚する一大作業となります。

「モビリティ」は、現代人が求めるきわめて本質的な価値であり、中核的価値として掲げるにふさわしいものです。ビジネス出張や個人旅行、日常の外出など、私たちの能動的生活に移動はつきものです。

例えば、いま自分が東京のオフィスビルにいるとして、これから大阪まで出張に出かけようとするとき、スマートフォン(スマホ)のアプリか何かで現在地と目的地を入力さえすれば、移動経路・移動手段の選択肢をいくつか提示してくれる。そしてその中から最適なものを選べば(それは電車かもしれないし、タクシーかもしれない、レンタカーかもしれない)、予約手配や発券手配、そして料金決済まで、そのスマホ画面で完結できる。おまけに、リピート顧客はこれまでのポイントが決済に使えたり、特別割引クーポンまで手に入る。こうした統合的なサービスは時代の要請にかなっています。

「移動すること」の利便性をいかに向上させ、利用者の能動的活動を支えていくことができるか。目下、「Mobility as a Service|MaaS」として発想された第Ⅲ業態は自社他社、他業界を巻き込んだ大がかりな事業として形成途上にあります。

「X as (a) Y」──XとYに何を入れるか

では、ここから「アズ・ア・サービス」のもととなる発想法を具体的にみていきましょう。この事業概念発想の原型は「X as (a) Y(=YとしてのX)」、言い換えると「XをYという光を当ててながめるとどうなるか」ということです。そのイメージを下に描きました。


昨今は多くの商材(売りたいモノ・コト)においてそれ自体の差別化が難しくなっています。リバースエンジニアリングやベンチマーキングの技法の発達によって、どこかでヒット商品が生まれても参入各社がすぐに真似て追いついてくるからです。そうして製品やサービスのコモディティ化が進んでしまいます。

そのために、商材に新しい概念の光を当ててゲームチェンジを図ることが求められます。その光はその商材を「新しい概念をもった何か」に生まれ変わらせ、商材は「~として」提供されることになります。その仕組みが新たな事業をつくり出すわけです。

私はこの発想法を「アズ変換」モデルとか、単純に「アズ・ア」モデルと呼んでいます。

さて、肝心なのは「X as (a) Y」において[X]と[Y]に何を入れるのか───ここがいわゆる「コンセプチュアル(概念的)思考」の出番です。発想型としては3種類考えられます。

概念構築の肝は「中核的価値」をあぶり出すこと

まず1番めに、Xに[中核的価値]、Yに[切り口・形態]がくる発想型A。例えば、メルセデス・ベンツ社が打ち出した「モビリティ as (a) サービス」がこの型です。クルマという製品が中核にもつ価値を「モビリティ」ととらえ、それを「ひとつのサービスとして」売る仕組みを構築する。


また同様に、ヘルスメーター(体組成計・体脂肪計・体重計など)のトップメーカーであるタニタもこの型の発想により事業転換を図ろうとしています。

すなわち、タニタはもはやハードウエアをつくり、1台1台に値段を付けて売り切っていくという従来の製造業の形から脱皮しつつあります。同社がユーザーに届ける中核的価値は「健康の見える化」と想察されます。同社の谷田千里社長は、「はかる」を通して世界の人々の健康づくりに貢献していくことを理念にすると表明しています。

いわゆるIoT(Internet of Things)やDX(Digital Transformation)などの進化によって、個々のユーザーがヘルスメーターで測定する数値はネット経由で集めることができ、それを蓄積・解析してユーザーに戻すことが可能になります。さらには個々のユーザーの健康状態に合った食品を提供することもできるでしょう。同社はタニタ食堂の運営や健康食品づくりの監修を推し進めており、その分野での実力を確実につけています。「健康の見える化 as (a) サービス」という事業概念の転換により、同社は製造業を基盤としながらも、中核的価値のもとに総合的な利便性を売る企業に変貌していくことになります。

発想型Aとしてキッザニアもあげておきましょう。キッザニアの行う事業がなぜユニークなのか。それは、世の中には就職・キャリアに関わる支援や教育サービスがたくさんありますが、同社はそれを「テーマパークとして」打ち出したからです。すなわち「職業に関するビビッドな体験・理解 as (a) テーマパーク」という事業発想です。子どもに職業を体験させよう、理解させようとする事業はこれまで、現実の職場でのインターンシップであったり、書籍であったり、セミナーであったりしました。それをテーマパーク化という斬新な切り口で形にしたのがキッザニアです。

「車両清掃 as (a) おもてなし」という大胆な事業概念の転換

次に発想型Bは、Xに[商材]、Yに[中核的価値]を置く型です。例えば、JR東日本テクノハートTESSEIという会社があります。同社は東京駅などホームに入線してきた新幹線車両を発車までの数分内に手早く清掃をする清掃員を派遣する事業を行っています。あるときまで同社もそこで働く清掃員も、みずからの事業は単に清掃業という認識でした。そのため、仕事は地味で暗いという固定観念のもとで行われていました。

しかし同社にある1人の役員が入ってきて状況が変わりました。彼は自社が提供する価値を「さわやか・あんしん・あったか」とし、「魅せる清掃・おもてなしとしての清掃」に転換する意識改革・業務改革を行ったのでした。すなわち「車両清掃 as (a) おもてなし」というべき事業概念を掲げたのです。

自分たちの仕事がお客様1人1人の旅の一部になりうる。ならば清掃という仕事はどうあらねばならないか。まさに在り方を基点にして、同社の事業は生まれ変わりました。

もう1つ、アドレスが展開する事業も発想型Bでとらえることができます。同社は「地方の空き家 as (a) 場所に限定されないプチ移住」の事業です。日本全国に地方の空き家物件はかなりの数に上ります。それらを1軒1軒、不動産取引として売買したり賃貸したりするのは事業として難しいものがあります。しかし、そこに中核的価値の軸を通し、統合的なサービスとしてまとめあげると魅力的な事業が誕生します。

アドレスが考えたお客様に届ける中核的価値は、「場所に限定されないプチ移住」とか「住むように旅をする喜び」などのように想察できます。この提供価値を実現させるために、全国の地方にある空き家をいくつもリノベーションし、移住的滞在希望者に向けて整備し、物件をネットワーク化します。その結果、利用者は月定額の料金を払って会員になれば、同社の管理する全国の物件のどこにでも好きな期間滞在ができます。宿泊費、光熱費等は会員費に組み込まれています。このような「定額・多拠点住み放題サービス」は新しい概念の光を当てたことで生まれたものです。

ごく普通の商材は新しい概念の光を当てることで生まれ変わる

3つめは、Xに[商材]、Yに[切り口・形態]がくる発想型Cです。その事例としてあげたいのは、なめがたファーマーズビレッジ(茨城県行方市)です。同施設は民間企業とJAなめがたしおさい、行方市の3者の共同で成功を収めたということで、私は数年前、ある研究グループの活動でここに視察に行きました。

行方市は国内におけるサイツマイモ生産の中心地の1つです。しかしながら、サイツマイモという商材は一次産品であり、どうにも単価が安いし、多少の加工品をつくったとしてもインパクトが弱い。その地味な商材に「エンターテインメント」という概念の光を当てて起こした事業が、なめがたファーマーズビレッジです。

その施設は廃校となった中学校の校舎、敷地を利用してつくられました。エリア内には加工品売店、レストラン、やきいもファクトリーミュージアム、サツマイモ畑などが整備されています。ここでは、サツマイモについて「食べる、育てる、遊ぶ、つくる、買う、考える・知る、働く、つながる」というテーマで活動ができるようになっています。単にレストランで食事をして、土産菓子を買って帰るというのではなく、ミュージアムで食育を学ぶ、キッチンでスイートポテトを焼く経験をする、年間で畑オーナーになってサツマイモを育てて収穫する、この施設で就業体験をするなど、サツマイモをいろいろな角度からエンターテインメントできる機会を集積させたことにより、「サツマイモだけでここまでやるか」というユニークな事業が誕生したのでした。


さらに発想型Cの事例をあげるなら、ディズニーランドもそうでしょう。ウォルト・ディズニー・カンパニーは豊富なアニメーションコンテンツをつくりあげ、保持してきました。この商材を映画や書籍として売ることは通常の発想です。しかし、それを「遊園地として売る」という事業概念の変換を行い、ディズニーランドを生んだウォルト・ディズニーの発想は天才的です。

以上、「アズ・ア」モデルの発想法を「X as (a) Y」として3つの型で整理しました。ちなみに上記事例のX、Yに当てはめた文言は私なりに想察したものです(メルセデス・ベンツ社の例を除く)。各社は実際もっと別の文言で考えたかもしれません。しかし、XをXとして売るのではなく、XをYとして売る変換アプローチを取ったことは確かです。

いずれにせよ、コモディティ化の波にのまれようとする自社の事業を「X as (a) Y」という型で概念変換する作業はきわめて有効であり、大きなゲームチェンジを起こす可能性があります。

また補足しておきますと、「アズ・ア・サービス」というのは、たまたまYの箇所に「サービス」がきているだけです。Yにくるのは「サービス」だけとはかぎりません。冒頭にも書いたとおり、「アズ・ア・サービス」は「アズ・ア」モデルによる事業概念の再構築のアイデアの1つということになります。

単にサブスクリプション型で売るのが「アズ・ア」モデルではない

最近、ともかくモノをサブスクリプション型でサービス的に売れば「アズ・ア・サービス」だ、のような感じになっています。しかし、そうではありません。例えば、ミネラルウォーターの定期宅配サービスを「アズ・ア」モデルによる事業概念の再構築とみなせるでしょうか。すなわち、「ミネラルウォーター・アズ・ア・サービス」として新しい地平を拓くビジネスなのでしょうか。……結論から言えば、これは単なる課金方法の変更であり、「アズ・ア」モデルの概念変換とはいえません。ここには何ら新しい概念の光が当たっていないからです。

「アズ・ア」モデルによる事業概念の再構築の要件の1つとして、お客様に届ける価値を「モノ的価値」から「コト的価値」へ。さらには「コア的価値」へ、という発展がなくてはなりません。この3つめのコア(中核)的価値を事業の基軸にすることが決定的に重要です。

ミネラルウォーターという製品の中核にある価値は何でしょうか? それを主観意志的に打ち出す必要があります。それが例えば、「健やかな体内環境維持の源」だとしましょう。そうすると、「私たちの事業は、ミネラルウォーターを売ることを通じ、お客様の『健やかな体内環境維持のお手伝い』をすることだ」といった提供価値宣言へと昇華していきます。

そのような中核的価値をつかんではじめて、「健やかな体内環境維持のお手伝い・アズ・ア・サービス」あるいは「ミネラルウォーター・アズ・ア・健やかな体内環境維持の源」として、既存事業は概念の転換が図られ、軸を持って動き出します。

健やかな体内環境維持のお手伝いをサービスとして売るわけですから、ミネラルウォーターを売るのはその手段の1つです。そこからさらに、その提供価値の軸にそった商材(モノ・コト)はほかに何があるのか。もしかすると、発酵食品を品ぞろえして定期的に届けることがあるかもしれないし、健康セミナーやヨガプログラムなどを企画することがあるかもしれない。それらを統合的な仕組みを構築して、お客様に利便性高く、恒常的に活用してもらう。そういった発展が「アズ・ア」モデルによる事業概念の創造ということです。

VUCA時代に「概念のイノベーションを起こす力」が求められる

今日、事業を成功に導くために情報や知識、技術は重要なものです。しかし、どのような事業概念のもとにそれら情報や知識、技術を用いるかは、さらに重要なことといえるでしょう。VUCA(変動し・不確実で・複雑・曖昧な)時代の事業の成功は、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)に代表されるように、単に比較相対で数値を多く取ったかどうかではなく、自事業に対し揺るぎない軸を持ち、独自の世界観で顧客を引きつけ、結果的に多くの数値を取ってしまうという像に移り変わっています。

近年、日本企業は「製品スペックで勝っても、事業で負ける」というような問題に直面することが多くなりました。情報や知識、技術よりも上位にある事業概念レベルでの創造力に弱さがあることが1つの要因ではないでしょうか。「概念のイノベーションを起こす力」ともいうべき、事業に対する在り方、中核的価値、グランド・コンセプトを打ち立てる思考力が、いま強く求められています。

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