4,630万円誤送金問題の本質は、町の隠蔽意図を利用した計画的犯行/日沖 博道
INSIGHT NOW! / 2022年5月25日 7時7分
日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社
山口県阿武町が新型コロナの給付金を誤って振り込んだ問題で、警察は無職の田口翔容疑者(24)を電子計算機使用詐欺の疑いで逮捕した。振り込まれたお金が誤送金されたものと知りながら自分の金と装い、別の口座に400万円を振り替えた容疑だ。警察はこの後、残りの金額についても追加逮捕して、全容について取り調べをする姿勢とみられる。
4,630万円が誤って振り込まれた4月8日から19日にかけて田口容疑者は34回にわたって金を引き出している。警察の取り調べに対し田口容疑者は容疑を認めていて、「オンラインカジノで使ってしまって残っていない」などと供述しているとのことだ。
また逮捕前、「お金を使ってしまったことは大変申し訳なく思っている。少しずつでも返していきたい」などと弁護士を通じて返金の意思を示していたとも報じられている。
この事態に至った理由に関し、阿武町は「本人の『返す』という最初の言葉を信用して差し押さえ等の措置は取らなかった、返金してもらえるよう本人と交渉しているうちに時間が経ってしまい、その間に出金されてしまって殆どお金が残っていないと聞いて驚き戸惑っている」などと、いかにも被害者然としたコメントを繰り返している。
それに対しメディアやコメンテータ、そしてSNS上での人々は、阿武町の対処に関し「大金の振り込みミスとは公金の取り扱いに対する意識が低すぎる」「住民だからと甘過ぎる」などと田舎町ゆえの対処の稚拙さだというニュアンスで非難を浴びせている。しかし本当にそこが一番の問題だろうか。
小生は違うと思う。事態はそんな単純なものではない。
事件の経緯は次の記事の通りだ。https://news.yahoo.co.jp/articles/3e958e8aeb2595e192d036da1680f6cc86010f82
そして4月8日における関係者の少々詳しい行動は次の記事で説明されている。https://news.yahoo.co.jp/articles/a5faba0731f00bac8f18fdd82ace7d49a998862b
4月8日の問題発生時点、そして直後の数日間での両者(阿武町、田口容疑者)の行動は怪しい限りだ。
田口容疑者は明らかに時間稼ぎをした上で、金曜の銀行営業時間が過ぎるタイミングを狙って「きょうは手続きをしない」と返還手続きを拒否し、帰宅してしまう。しかもその日のうちにいきなりオンラインカジノ口座への送金を実施、その後も数日にわたってせっせと送金している。
つまり思わぬ金が手元に転がり込んだことを知って、同行前に風呂に入っている間に「何とかネコババできないか」を考え、車での2時間の移動の間に「とりあえず今日はぎりぎりまで引っ張って誤魔化そう」と決断していたと推測できる。そして翌日以降に別口座にできる限り早く、できる限り多くの金額を移そうと考え、それを着実に実行したのだ(当然その間、町からの連絡を無視していたのだろう)。
常識的に考えて、こうした行動を示した相手に対し、返金して欲しい阿武町の担当者と責任者としては「何か怪しい」「すぐに返したくないと考えている節があるな」と危ぶんで、8日の時点で弁護士に対処を相談するだろう(弁護士が相談されていたら間違いなく翌日の時点で金融機関への仮差押え措置を執っている)。リスクを重視する人ならば、この時点で銀行と警察にも相談するだろう。でも実際には町は数日の間、何の有効な行動も起こしておらず、田口容疑者との間で押し問答を繰り返しているだけなのだ。
なぜ町はこんな重大なリスク事態なのに(阿武町にとって4,630万円というのはかなりの大金だ)、誰にも相談をしなかったのか。専門家に相談する手を思いつかなかったはずはなく、「住民男性を信用していた」という言い訳はあまりに嘘くさい。一番可能性が高いのは、町の関係者はこの誤送金ミスを表沙汰にしたくなくて、すぐには外部の誰にも相談できなかったということではないだろうか。
つまりこの事件で被害者づらをしている阿武町は、実は事態を隠蔽しようとしていたのではないか。そんな町の及び腰の姿勢を見て「こいつらはすぐには警察に届けないな」と見切った田口容疑者が時間稼ぎをする余裕を見出し、一生懸命悪知恵を働かしたというのが真実ではないだろうか。
決して、町は「本人の言葉を信じて」善意の待ち姿勢を続けていた訳ではないし、田口容疑者は「魔が差した」訳ではなく立派な「計画的犯行」だったのだ。
こう考えると、田口容疑者の主張する「オンラインカジノで使ってしまって残っていない」という説明も怪しいと、小生は一時期かなり疑っていた。
つまりオンラインカジノで擦ってしまったのは一部だけで、実はオンラインカジノの口座残高の大半はさらに別の口座に移して(つまりマネーロンダリングして)、ビットコインをはじめとする暗号資産などに資産形態を変えているのではないかと疑ったのだ。小生も今回の報道で知ったのだが、オンラインカジノの口座というものは入金先と出金先が別々でも構わないそうだ。絶好のマネーロンダリング向きの仕組みなのだ。
その疑惑が意味するところは、田口容疑者は逮捕され刑務所送りになる覚悟で、誤送金された大金を一旦ネコババし、それをオンラインカジノ経由でマネーロンダリングしてビットコインなどの暗号資産を買っていて、刑務所出所後に値上がりしていたら換金して少しずつ返金することで差額を懐に入れようと考えているのではないか(ビットコインなどは値動きが激しいので、タイミング次第では十分値上がりしてサヤを抜ける可能性はある)、ということである。
しかし現時点で、オンラインカジノの決済代行業者(実質的にはオンラインカジノ運営会社のグループだろう)の1社から約3,590万円が既に町に返還されたことが判明している。それに加え約710万円の回収の目途もついたとの報道もあり、こうしたマネロンを田口容疑者が企てていた可能性は急速に薄れている。
どうやら田口容疑者はそこまでひどい悪知恵を働かせた訳ではなかったということに落着しそうだ。彼の今後の人生が闇に落ちる可能性が減ったことを喜びたい。
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