【インサイトナウ編集長対談】「サービスとはどのような定義で、本質は何なのか」を追求し、サービスを通じて組織的に価値を高めて、成長力を加速する/INSIGHT NOW! 編集部
INSIGHT NOW! / 2022年6月3日 9時0分
INSIGHT NOW! 編集部 / インサイトナウ株式会社
お相手:松井 拓己様
松井サービスコンサルティング 代表
「サービスの定義を知っていますか?」
猪口 「日本の優れたサービス」(生産性出版)に引き続き、昨年、松井さんは著書『価値共創のサービスイノベーション実践論―「サービスモデル」で考える7つの経営革新』(生産性出版)を出版されるなど、業種を越えたサービス改革の専門家としてご活躍されています。
松井 この本は、日本最高峰のサービス表彰制度である日本サービス大賞の委員長である村上さんとの共編著という形で取り組ませて頂きました。日本サービス大賞は、多種多様なサービスを共通の尺度で評価することで、業種や地域、事業規模を越えて、“日本の優れたサービス”のベストプラクティスを収集・普及するとともに、表彰を通じてサービス産業界をさらに活性化して、日本経済全体を盛り上げていくことを目指しています。僕もこれまで、日本サービス大賞の選考委員を務めさせていただいてきました。
猪口 松井さんは「サービスサイエンティスト」と標榜されていますが、これはどのような内容なのでしょうか。
松井 コンサルティングのコンセプトは「サービスサイエンス」です。「サービスの本質を科学する」という考え方をベースに、サービス事業の改革をお手伝いしています。
「サービスの定義を知っていますか」とお聞きすると、ほとんどの方が知りません。簡単に言うと、お客さんに提供することの中で、「事前期待」に合っているものだけがサービスです。期待に合っていなければ余計なお世話になってしまうので、「事前期待の的」をきちんと定義する必要があります。現在多くの企業には「サービス設計部」という部署すらありません。きわめて曖昧なサービスの認識のまま、価値を生み出そうとしている。これでは上手くいかなかったり、生産性が低くなるのは当然です。なので、事前期待の的に当たるように、具体策として、サービスプロセスをモデル化するかたちでサービスを設計していきます。「お客さんのどの事前期待に対して、どう応えるか」によってサービスの価値はガラリと変わるのです。
猪口 事前期待とは「お客さんの期待に応える」ということですね。一方、「期待以上のものを出したとき、よりそのサービスに満足する」と言われることもあります。
松井 今おっしゃったのは顧客満足の定義だと思います。「期待を超える満足で、リピーターになってもらう」というのが従来の考え方です。間違ってはいないのですが、そこから出てくるキーワードは「期待を超えろ」です。「期待を超えろ」というマインドで事業を運営するのはいいのですが、そう言われた現場はどう思うでしょうか。反応は二つあると思います。一つは「何をやったらいいかわからない」、もう一つは「どこまでやったらいいかわからない」です。期待のサイズにしか着目していないので、何をやったらいいのかがわからないのです。
事前期待の的とは、「どの事前期待を的にして価値を生み出していくのか」ということ。顧客の期待はたくさんあるので、的を絞ってフォーカスします。「期待を超えろ」はサイズの話ですが、「期待の的」は内容の話です。事前期待の内容にフォーカスして、きちんと定義をする。サービス設計の原点として定義ができれば、期待に応えるために何をやったらいいのかがわかります。その期待に応えることで、本当に他社との差がつくのか、現場はいきいきするのかといったチェックもできるので、期待の内容に注目してサービスを設計していくことが大事です。
猪口 確かに、期待の内容やレベルも分かっていないので、「超えろ」はありえないですね。
松井 「期待を超える」ということはわかっても、「期待の内容」に注目していないために闇雲にやってしまっている。そこをロジカルにとらえて、「サービスとはどのような定義で、本質は何なのか」を解きほぐしていくのがサービスサイエンスの役目です。
サービスとは自己犠牲ではない
猪口 特に日本では「サービスはただ」という感覚がありますよね。そこはどうお考えですか。
松井 「サービスはただ」という考え方はやはり根強く、「良いサービスを安く提供しよう」と考えて、それを「おもてなし」ととらえる企業も多いのですが、僕はいき過ぎた拡大解釈だと思っています。サービスは事業なので、お客さんに喜んでもらうことを、自己犠牲を前提に考えてはいけません。無料にする、安くする、何でもやる、ノーと言わない。それをしてしまうと、自己犠牲を前提にしたサービスになってしまいます。
この考え方から脱却しなければなりません。わかりやすく言うと、「価格競争からいかに脱却するか」という観点でサービス事業の改革をするということです。高くても選ばれ続けるためのサービスはどう設計したらいいのか、そのためにはどのような事前期待になるのか。単に顧客だけ見て喜んでもらえればいい、満足度が上がればいいというより、「お客さんに喜んでもらうことで事業成果がきちんと出てくる」「お客さんに喜んでもらうことで従業員がいきいきと成長できる」という二つを両立させるのもサービスサイエンスの役割です。そうすると、自ずと従業員が事業の成長に貢献できます。丸が重なるエリアに事業がしっかり立って成長するためには、精神論だけではなくロジックが必要なのです。
猪口 今おっしゃったような自己犠牲は増えていると感じますか。もしくは、日本人もドライになってきて、対価としてサービスを提供するようになってきているのでしょうか。
松井 良い方向に向かっていると感じています。自己犠牲前提から脱却しなければいけないというのが、共通認識になってきているようです。業界によっては自己犠牲を前提とするところもまだありますが、そういったところでも、トップランナーの会社やサービス事業者は自己犠牲から脱却をして、「他社よりも値段が高くても選ばれる」という領域にステージを上げるようになってきていると思います。
例えば、日本サービス大賞を受賞している企業の中には、たとえばクリーニングの会社や理美容の会社があります。どちらもオーバーストアの業界、右肩下がりの業界で、今までの価値観は、例えばクリーニング業界では安売り競争とスピード競争でした。しかし、そればかりでは業界全体が右肩下がりに下がっていってしまいます。この右肩下がりのエレベーターから降りようと、高くても選ばれるためのサービスを開発して、打ち出して、成功しているところが受賞しています。
猪口 サービスもプロダクトの一つということですね。サービスには、いわゆるおもてなし、接客、コミュニケーションといった領域と、商品そのもののクオリティがあるわけですが、サービスを構成する要素についてはどのようにお考えですか。
松井 今は全産業がサービス化してきていると思っています。僕がお手伝いしている企業は、3分の2がサービス業で、残る3分の1が製造業です。そういう意味では、今は一次産業も二次産業もサービス改革に乗り出している時代です。ものづくりの会社、例えば物を売っているメーカーも、モノの機能やメニューでは差がつかないので、サービスで価値を発揮しなければなりません。サービスには、機能、接客、キャンペーンなど、いろいろな狭い考え方がありますが、全産業の自社ビジネスがサービス業化してきているととらえて、事業改革を進める企業が増えてきているように思います。
猪口 商品やいろいろな販売チャネルを含めて、サービスというくくりの中ですべてをとらえるということですね。
松井 製造業ではものづくりの部門が花形です。物が出荷されたら「あとはよろしく」といった感じで、サービスは下流工程と言われたりもします。製造業のサービス化がうまくいかない原因はそこにあります。「今までものづくりを頑張ってきたから、サービスも頑張ろう」といった別物扱いでは、相変わらずものづくりが花形のままです。一方、「ものづくりの会社から、ものがつくれるという強みを持ったサービス会社に生まれ変わる」ととらえると、サービスで価値を発揮するためのものづくりが企画できるようになっていきます。言葉遊びのようでもありますが、この考え方の違いが重要です。
これはものづくりの会社だけの話ではありません。日本サービス大賞で初代の内閣総理大臣賞を受賞したのが、JR九州のクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」です。「ななつ星」は、運輸業ではなくサービス業だと考えたことで生み出されました。自社をサービス業と定義し直さなくてもいいのですが、サービス業として見るとどのような伸びしろがあるのか、これから何ができるのかということを考えていくと、事業としての成長力を高められる糸口が見つかるのではないでしょうか。
サービスイノベーションとは、サービスを進化させていくサイクル
猪口 松井さんの著書のタイトルに、「サービスイノベーション」という言葉があります。通常、イノベーションというと、商品開発やプロセッサ開発等のビジネスモデルを抜本的に変えるといった方向にいきがちです。けれども、事業とサービスというように考え直して、そこをイノベーションしていくと考えればいいですか。
松井 誰も今まで気付かなかったようなことを打ち上げることだけがイノベーションではありません。サービス業界では「価値共創」という言葉を大事にしています。これは、顧客接点で、「お客さんと現場が価値を一緒につくる」ことです。打ち上げ花火を上げるだけでは、提案ぐらいはできても、価値の共創にはなりません。お客さんに打ち出して、フィードバックを受けて、サービス設計を磨いて、もう1回打ち出し直す。このサイクルが回らないと価値が共創できないのです。
そのため、サービスを進化させていくサイクルの設計を「自己革新プロセス」と呼んでいますが、お客さんからの刺激を受けて自分たちでサービスを進化させていくプロセスを、どう設計できるかが大事です。
猪口 カギは継続性ですね。
松井 そう思います。ものづくり発想は、企画をしっかり作り込み、次に物のスペックをしっかり作り込んで出荷するので、一方通行です。提供型と呼んでいますが、この考え方ではサービスはうまくいかないと思います。サービスを企画して、作り込んで、リリースして終わりでは、やはり打ち上げ花火で終わってしまいます。サービスの開発プロセスは、顧客に打ち出してからが本番です。リリースして、顧客から空振りの反応が返ってくるかもしれません。それを受けて、サービスの企画や設計をどう磨いていくかが大事なのです。出荷して、リリースしておしまいだと思っていては、サービスイノベーション、サービス開発はうまくいかないのではないでしょうか。
猪口 それはそうですよね。一度良いものを出せばお客さんの期待値は上がりますから、その上がった期待に対して、また違うもので応えていかないといません。
松井 事前期待は変化します。何か打ち出すと、それを受けて顧客の事前期待が喚起されて、それに応えることでさらに事前期待が強化されたり、進化したりする。その進化した期待に応えようとすることで、またサービスの価値が高まっていく。つまり、サービスの価値共創というのは、事前期待を一緒につくっていくことと同じなのです。だからこそ、「どのような事前期待を一緒に作っていくのか」という設計なしに、闇雲にやっていてもうまくいきません。
また、今の期待に応えたとしても、次の瞬間には、次の期待に変わっています。期待を変化させていくことを自分たちでマネジメントできるのか、または結果論だけでとらえようとするのか、ここも大きな違いです。顧客の期待に対してしっかりマネジメントしたり、自分たちが価値を発揮しやすい、価値として感じてもらいたい方向に、期待をマネジメントしていける会社は進化が早いのです。一方で、事前期待の変化を結果論として捉えてアンコントローラブルな状態になっていると、けっきょく提案を打ち出すだけで、サービスの進化が伴わないために、サービス事業が思ったように立ち上がらなかったり、成長しないケースも多いですね。
サービス提供のシナリオを自ら描く
猪口 松井さんのコンサルティングプロセスのなかに、「シナリオを描く」というプロセスがあります。このシナリオを描くというのは、どのようなプロセスで行われるのですが。
松井 まずは、現場の経験値を持っているメンバーで集まって議論をします。なぜ議論から始めるかというと、最近は物も情報もサービスも溢れているので、顧客自身が欲しいものがわからなくなってきています。だからこそ、受け身型や提案型ではうまくいかず、探索型のビジネススタイルが重要になります。顧客に事前期待についてヒアリングしても、表面的な回答しか返ってこないことが多く、顧客が自分の真の期待をわからずに答えていることもあります。一方で、今までビジネスをする中で、直感的に顧客の期待をとらえて、応えてきているからこそ、事業が成長してきているはずです。その経験値を紐解くところから始めます。
社内で紐解かれる経験値は具体策ばかりです。「何をやったか」ばかりが紐解かれていて、「どのような事前期待に注目したか、あるいはどうやってその期待をキャッチしたのか」が手付かずのまま残っています。そこで、現場のメンバーや事業の経験値があるメンバーの事前期待に関する経験値を、議論しながらあぶり出していきます。
猪口 自分たちのサービスとは何か、従業員のかた自ら本質的なことを探ることができるようにファシリテートされるのですね。
松井 「価値ある事前期待」が出てくるようになると、どれを選んでも正解なので、的の候補が増えていきます。ここで、事前期待の的を何にするのかとことん議論しなければなりません。われわれがその期待に応えることで他社との差別化になるのか。事業として向かいたい方向性を実現するために、この期待でないとできないのか。また、この期待に応えることで、価値共創の当事者である現場のメンバーはいきいきするのか。
そういったことをとことん議論していくと、この事前期待の議論の中に、事業シナリオが副産物として生まれてきます。事業にはこのような問題意識があって、だから、この期待に応えることでこうなっていく、というストーリーです。ですから、僕から問いかけはしますが、アウトプットは議論メンバーが自分の手で白紙から書いていきます。
サービスの本質がより明確に
猪口 今、松井さんが注視していらっしゃる業界はありますか。
松井 コロナ禍において影響の大きかった、旅行、観光、飲食、スポーツクラブなどの業界では、ただ耐え凌ぐだけのスタンスをとる企業と、コロナを超えてもっと進化しようとチャレンジする企業の差が開きつつあります。痛みを伴った業界こそ、サービスイノベーションにチャレンジするきっかけにしていただけるといいなと思っています。
サービス改革の機運は高まっています。さすがに最初の緊急事態宣言が出たときは取り組みが一回止まりましたが、解除されてからは急激に活動が加速しました。企業の方々とお話をすると、圧倒的に危機感があります。もともと危機感を持っていた会社は、さらに、今こそやらなければいけないという危機感があります。もともと事業が順調だった会社は、事業が順調なときには危機感を持ちにくいので、変化への抵抗感からサービスイノベーションに取り組めずに苦悩しているケースが多くありました。そんな企業では、今はコロナで危機感が高まっていて、このタイミングで事業を進化させないと、元の平穏無事な状態に戻ってしまうと身動きが取れなくなってしまう。自分たちのチャレンジに残された時間は多くはない。そのような想いで取り組み始めた企業もあります。
時代が変化する、新しい時代が来るといったキーワードも出てきていますが、時代が変化すると言われても、サービス事業としてどうしたら良いかよくわかりません。そこで、時代が変化するというのは、顧客や市場の事前期待がどう変化するのかを再定義をすることが大切です。サービス改革をご一緒している企業でこういう議論をしてみると、けっきょく事前期待の的は「変わらない」という結論に達する企業もあります。3か月もかけて本質的な事前期待まで深掘りをして定義をしているので、コロナだからといって、あるいはポストコロナへ向かって、本質的な事前期待は変わらない。むしろ、これまで潜在化していた本質的な事前期待が、ポストコロナに向かって表面化したり、強化されているというのです。だから、本質的なサービス設計の体現に向けて、このまま迷わず進むだけだというように、コロナや時代の変化によってブレることなく改革を進めている企業が多いのが印象的です。
猪口 なるほど。逆に、むしろ本質的な期待値に気づいていなかった可能性もあるわけですね。ますます本質的な「サービス」の重要性が高まりそうです。松井さんの力がさらに発揮されそうですね。本日はありがとうございました。
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