【インサイトナウ編集長鼎談】人材育成はマーケティングだ(後編)/INSIGHT NOW! 編集部
INSIGHT NOW! / 2022年8月12日 10時0分
INSIGHT NOW! 編集部 / インサイトナウ株式会社
お相手:マーケティングコンサルタント金森努様×人材開発コンサルタント富士翔太郎様
【インサイトナウ編集長鼎談】プロフェッショナルとして、コンセプトペーパー、アクションプラン、オペレーション、すべてが必要(前編)
「楽しくて、手応えがあって、心に残る」という3つの要素
猪口 富士さんは実に様々な仕掛けを入れながら、本来の目的に沿う研修をまさに演出されているのですが、ここまでくると、従来の研修をつくるという範疇を完全に超えていますね。
金森 富士さんのすごいところは、それを、記憶に残させよう、特別な経験したと感じさせようと計算してやっているところです。
富士 私がそう思っていることを事務局スタッフが理解してくれていました。例えば業務都合で研修に来られなかった人が後で見られるように、私の研修ではビデオで映像を撮っています。写真もなるべく撮っているので、その画像を受講生に配ったらいいのでは?と提案したところ、若手がそれを冊子にしましょうと提案してくれました。とてもナイスな助言ですね。それで、フォトブックと発表風景が入ったDVDをセットにして配りました。何年経ってもこの時学んだことを振り返り活かしてほしいという願いを込めています。手元にヒントが残るだけで効果は大きく変わると思います。
私の研修の組み立ては、「楽しく、手応えがあって、心に残る」という3つの要素を意識しながら作っています。まず楽しくないといけません。昔は時代のせいもあり、研修とは訓練であり淡々と学ぶものでした。学校の勉強でもそうですが好きな科目、面白い科目は楽しいので、理解も早く成果も出やすいですね。ずっと学校教育の研究もしてきた私にとっては「楽しい、面白い」というのは大前提となっています。
金森 「マーケティングは面白いと思えないと絶対に身につかない」と、私もよく言っています。
富士 そう言うと共感を得られるのですが、冷静に考えると、効果が出るなら「楽しい、面白い」必要はないとも言えます。そのために研修は学校教育とは違い、楽しい必要はないと考える人も少なくないので、場合によっては社内説明が大変なこともあります。
次に重要なのは、研修自体に「手応え」がなければいけません。楽しいだけだと良い映画を見たいわば娯楽と同じになってしまいます。人間は簡単すぎると身に付かなくて、「意外とこれは難しいぞ」という適度な難易度で気合が入ります。少し負荷のかかるテーマで議論したり、軽そうに見えて始めたら意外と頭を使うような、ちょっとしたパズルを研修の中で使ったりします。頭を使って考えに考えないと、鍛えることにはならないでしょう。
最後に、定着させるために「心に残る」ものでなければいけません。私は長くビジネスをやってきた今でも過去の印象的な言葉や風景を思い出して、新たな取り組みに活かすことが多々あります。30年以上前に企画した営業研修で元ナンバーワン営業マンだった講師が言った内容やセリフのほとんどを覚えていて、今でも自戒や後輩へのアドバイスに使ったりします。研修をただの思い出にするのではなく、心の引き出しに入れて、常日頃からすぐ取り出せるものにしてもらうことで、本当の武器として活かすことができると思います。気付きだけでなくマーケティングのAIDMAを意識するということですね。
猪口 コンテンツだけではなく、仕組みとしても必要ですよね。
富士 私は人事部当時、経営サイド特に社長とも講話の内容を中心にいろいろ話をしてきました。社長とネゴっているからこそできる研修もあります。例えば、会社の大多数を占めるモチベーションが落ちがちな45歳以上のベテラン社員を漠然とした不安感から解放し、マインドとスキルをパワーアップさせてエースに変えていく研修(パワーアップ研修と命名)がありました。この研修では、ターゲット分析の結果、最新技術や横文字に無意識な抵抗感がある。また納得のいく評価が得られていない場合には、仕事や会社、上司に対してネガティブな感情も見られました。そこで「目標」や「キャリア」といったお固いビジネスワードは使わずに、「夢について考えよう」というようなライトでカジュアルなものに変換します。また、社長もターゲットに合わせて講演のやり方を根本的に変える方法を検討してくださり、受講者に確実に伝わる方法でメッセージを伝えてくれました。具体的には社長が話をした後に、「賛成」「反対」「よくわからない」の3つから選び手を挙げてもらい、反対した人とは納得するまで議論をしてから次のネタに進むというインタラクティブな方法にしてくれました。受講生の不満や納得できないことに正面から向き合ってくれたということです。このときのアンケート結果は過去最高の反響でした。社長が一方的に話すのではなく、丁寧に話を聞いてくれたというだけで感激する人もいました。企画だけでなく関係者が本気で、そして全力で取り組むことで、不満を満足へ大きく人の気持ちを動かすことができることを肌身で感じた瞬間です。
猪口 本当に重要なことだと思います。私もかつてスタッフの本当のニーズを聞いたときに分かったのは、皆参加したいということでした。上司どころか社長と納得いくまで話せたのですから、そのときの満足感がすごかったはずです。
富士 そうだと思います。さらに、この研修では、自由参加ですができるだけ懇親会をするようにしました。社内コミュニケーションと事業部を超えた人脈形成が、この研修動機をさらに高めるためにも必要だったからです。さらに、懇親会の後の事務局との交流も兼ねた完全フリーの二次会まで用意し、その二次会にも社長が時間を割いて来てくれるようになりました。社長までもやる気にさせてしまう研修だったということです。後日譚ですが、異動後に社長と話す機会があったのですが、「あの研修は最も印象的で勉強になった。またやりたいね」と言っていたので、本当に楽しかったのだと思います。この研修はのちにベテラン社員の特性を活かした活躍の場を作りたいという私の希望(提案)でできた品質関連の組織とそのためのリスキリングにより、企業業績の向上に影響を与えたと言う方もいました。人材育成が業績に影響を与えるという私の目標が曲がりなりにも実現した事例かも知れません。
金森 まだコロナの影響で懇親会はやりにくいですが、研修の後の懇親会はやっぱり楽しい。楽しいだけではなく、実は、講師にいろいろ聞きたいことがあったりもします。オンライン研修でも、私はよく終了後でも「時間は大丈夫ですよ」と言って質問を受け付けています。そこでいろいろ悩みごとが出てくれば、さらに定着するし、疑問も解消します。オンライン研修は、こちらからメッセージできるコンテンツのボリュームが対面研修に比べて絶対に減るので、聞きたいことはより増えるはずです。時間でバツっと切ってしまうとそこが解消できません。その後のフリーディスカッション、フリートークタイムを設けることが、今の時代には一番必要です。それに付き合ってくれて、「これは時間外勤務ではなく、自主活動として先生とお話ししたい人は残ってください」と知恵を使って言ってくれるような人事の方はありがたいですね。
富士 懇親会や二次会のお話はまさにその通りです。大きな効果を1回、2回で出すのは無理なので、二次会をやり始めた頃とそれから1年後、2年後では違っています。「どうやら二次会が面白いらしい、社長も来るし、講師もいるし、研修事務局の人事とも交流がある」というバイラルマーケティングが、すごく大事だと思っています。実は、人事が受講者と直接話すチャンスはあまりありません。アンケートではなく、生の本当の声は聞きたいですし、アンケートを読んでいつも意見や質問にも答えたいと思っていました。この貴重な時間を活かすため、大人しい受講生を社長の前に押し出して話をさせることもあります。背中を押してでもその経験をさせてあげると、やはり全然違います。そういったことを意図的にやっているので、言ってみれば演出家みたいなところもあるかもしれませんね。
猪口 実際に研修がビジネスプランに発展するような仕掛けもあるのですか。
富士 4年目研修の最後に発表会があり、そこで新規サービスを提案します。提案するだけではイベントになってしまうので、新規サービスを検討する権限のある部長や事業部長クラスに参加してもらい、発表の中に良いものがあればサービスとして実現できる仕組みにしました。
最終発表会はマルチエンディングシステム(研修内容や会場を可変にする)を採用して、集合研修や3ヶ月の実践期間中の取組み姿勢や活動が素晴らしかった年は発表会の会場を社内の会議室から外部のしっかりした大型のホールに変えたりします。とはいえこれもかなり我々が大変で、ホールは300人収容ですが、受講生とその上司の人数だけだと半分ほどなので空席が出てしまいます。せっかくのホールがスカスカだったら発表者は寂しいですよね。これを埋めるのが人事部の責任ですが、一般募集しても若手の研修発表会に無関係な人が簡単には集まらずどうしても余った100席を埋められませんでした。2月末の発表が迫る、1月頃のことです。打開策に悩んでいた私は当時テレビでやっていた「荒れる成人式」のニュースのなかで、荒れていない成人式の例として、東京のどこかの区が紹介されているのを見ました。この区では、受付から司会まで、すべての係を子どもたちがやっていました。子どもたちの前では暴れることはできないというこのナイスな発想に、やられたと思いました。それを見て、4年目の発表を後輩の3年目に見せようと思いつきました。そうすれば3年目社員は、来年、自分たちが何を目指すべきなのかがわかります。縦の世代間の連続性がしっかりできて、前の年の人たちとの関係性もできます。さらに、前年度の最終プレゼンを一回見ていることで、毎年発表レベルが上がっていくことになりました。
また、研修では最後にアウトプットをしますが、時間が経てば、集めたアウトプットはたいてい捨てられてしまいます。私はせっかく作った作品としてのアウトプットを捨てるのが嫌だったので、冊子にしました。それを、参考資料として次の年の研修で配布するのです。そうするとこれを参考にして考えますから、次の年にはグレードアップしていきました。数年でとてつもなくレベルが上がって、若手の研修が課長研修を超えることもあったほどです。
金森 このホールは円形劇場みたいで、そこでプレゼンする姿が格好いいのです。それに甲子園のように憧れさせるのも、仕掛けとしてうまいですよね。
富士 私も若い頃業務改善の全社大会でプレゼンしたのですが、あのステージでのプレゼンはTEDのようで、最高に気持ち良かったです。4年目の研修の初年度があまりに熱心に取り組んでいたので、これを経験させてあげたいと思い、人事部長に直訴し実現しました。またスタッフの中に元アナウンサーがいたので司会も社内向けにしては、かなり本格的な発表会に仕上りました。私がダイバーシティ室長を兼務していたこともあり、各社からお声がけいただき毎年様々な企業の人事部がオブザーブに来ていて、担当以上に走り回る私を見て驚いていました。確かに座っている暇は無かったですね。
研修とはマーケティングと問題解決
猪口 自分も会社のために研修をしたいという人事の方々に、どこから始めるか、どのような心構えでいるかなど、アドバイスはありますか。
富士 結局ビジネス全てがそうなのですが、研修についても大切なのはマーケティングスキルだと思います。人事部などスタッフ部門で問題なのは、経営サイドに近いために役員等の意見に影響されやすいことです。経営方針の上で人材育成は行われるので、間違ってはいないのですが、そちらに寄りすぎないフラットな姿勢も重要です。スタッフ部門にとっては社員がお客さまでもあり、現場の代理人としての機能も期待されます。そして人材育成は何と言っても上流のプロセスこそが大事です。現状と理想のギャップを調査分析しギャップを単純に埋めるだけではなく、本質的な理由を調べなければなりません。そこに手を打つのが研修です。そのためにはマーケティングと問題解決の手法が必須となります。例えば若手の意識が低いから意識を高める研修というコインの裏表やモグラ叩き(対処療法)は、ご存知の通り問題解決の手法としてはNGパターンですね。問題解決を教えている人材育成担当こそが、実践しなければいけないのです。
富士 マーケティングと問題解決という意味で、少し話を戻しますが、人材育成担当になる前に数百円のサービスを100 万契約獲得したという話は、それだけで本3冊分を書けるほどいろいろなことにチャレンジした結果なのですが、中でも一番印象的なエピソードがあります。このサービスの販売目標を達成するために、私は完璧なパンフレット等のツール類と完璧なプロモーションを用意して、あとは言った通り現場でやってくれれば絶対売れると思い全国に展開しました。、あとは果報を待つだけだったのに、一向に朗報が来ません。慌てて現場に見に行ってみると、肝心なパンフレットが店頭に出ていませんでした。理由を聞くと、それまでのプロモーションが良い結果ではなかったために、現場はそもそも積極的に動く気がなかったのです。デリバリーが機能していなかったわけです。素晴らしい商品で、どんなに素晴らしい企画書を作って、素晴らしいプロモーションを実行しても、結局販売員が売れると信じてくれなかったら売れないということですね。いい勉強になりました。販売員一人一人に売れる理由を伝えるために、早速全国行脚を開始しました。
おまけの話ですが、山口県の代理店でこの商品の説明会をしました。説明会が終わった後、販売員の女性が私のところに来て、「具体的にどうしたら売れるでしょう?」と聞きにきたのです。なかなかそこまで積極的に取り組んでもらうのは難しいことです。私は売り方案を伝えました。その商品は最近ではクラウドと言われるストレージサービスです。2005年前後でしょうか、当時はお客様にストレージと言ってもわからないので、そこに写真(画像)をアップしてお預かりするという効用面を提案していました(写真集1冊分の利用券をキャンペーンで配布していました)。そこで売場では近くにデジカメコーナーの人がいるだろうから、一緒にキャンペーンを組んで、デジカメとのセット販売をしてみるよう助言しました。彼女は早速実施したのですが、この相互作用が成功して、驚いたことに売上全国1位になったのです。デジカメ売り場とうまく連動してデジカメもうちのサービスも売れて、まさにwin-winとなったそうです。でも、本当にすごかったのは、その程度の説明を聞いて、デジカメ売場に行って「販売協業しよう」と提案した彼女の行動力です。私の成果は彼女のような現場の営業担当一人一人の工夫と努力のおかげでもあるわけです、デリバリーの本質改善ですね。
この話には後日譚があって、その後私が異動した後に、この女性から「山口まで結婚式に来てほしい」と電話がかかってきました。説明会で一回しか会ったことがないのにそれは無いでしょと思って理由を聞くと、なんとキャンペーンを一緒に組んだデジカメ売り場の男性と結婚することになったそうで、結果的に私がキューピットだからと言われました(笑)。
猪口 彼女にとってもターニングポイントになったのでしょうね。金森さん、このお話をマーケティングの視点ではどう分析しますか。
金森 4P、商品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、販売促進(Promotion)だけではなく、プロセス(Process)、人(People)、物理的環境(Physical environment)を加えて7Pと言いますが、プロセスはどれだけ段取りするかですし、ピープルは人をどれだけ巻き込んでいるか、物理的環境は環境をどれだけしっかり整備するかでさらに成果が変わってきます。マーケティング的にきちんとやられています。これだけやるのは本当に大変ですから、それだけの熱量を持っていることがまずすごいと思います。年中行事や目的化した研修をやっているのではなく、この人は熱量があるなと思った人事の方とは、だいたい長くお付き合いが続きます。長いお付き合いになれば、「今年は振り返りをしっかりやった」「来年はどこをブラッシュアップしようか」「これはブラッシュアップし尽くしたから抜本的に変えよう」となっていきます。熱量の部分は、富士さんがおっしゃった「どうやって金にするか」というところによるところも大きいと思います。つまり僕でいう「業務に活かせる」というところまで人事が考えて研修を企画しているのか、もしくは研修という行為をしているだけなのか。そこが大きく違うのだと思います。
優秀な人が優秀な人向けに作った研修は中間層に届かない
金森 人材の2・6・2の法則(組織・集団は、意欲的に働く人が2割、普通に働く人が6割、貢献度の低い人が2割となる傾向がある)がありますよね。極端に言えばトップ2割の人は放っておいても育つ優秀な人です。中間の6 割をどうするかが多くの研修です。トップ2割をさらに引上げる「トップガン研修」というものもありますが、テーマとなるのは大多数の6割の方です。
富士 どこの会社でも比較的人事は優秀な人がいます(人事権があるから当然ですね)。特に私の所属していた会社のグループでは人事職という専門職種は置かず、将来有望な社員に会社全体を俯瞰する経験をさせ、現場に戻って活躍するためのキャリアパス的な意味合いが強い感じでした。そうなると優秀な人が優秀な人のために実施する研修に偏りがちです。だから中間層の6 割に響く研修は難しいのではと私は思っています。だからこそ私のような別ルートからの人材が多様性を高めて施策の幅を広げることができると信じています。
今までの私の話では、私が真面目できめ細かい人物のように聞こえるかもしれませんが、ものすごく面倒くさがりで、常に合理化して楽にすることを考えています。
そういう人は説明が面倒だから自分でやったほうが楽という感覚になることがありますよね。「自分でやったほうが早い」というのは、マネージャー研修では避けるように習います。部下の成長機会を奪っているからです。「それは病気ですから直してください。マネージャーが自分でやったらおしまいですよ」と著名な講師に言われて、これはまずいなと思いました(笑)。人事部に異動して良かったのは、学ばざるを得ないところに自分を置くことができたことです。
意外と盲点なのは、面倒くさいことを面倒くさいと思わない頑張る人が多いと、自分で抱え込んでしまい頑張ってしまうので、いつまで経っても合理化されません。合理化できるかできないかは、才能やスキルではなく気質であると思います。頑張る人が企画すると、やることが多くなりがちです、私はいかに無駄をなくすかを考えます。ですから、いろいろやっているように話していますが、実はやっていること自体はむしろ少ないのです。
金森 そういう意味でいうと、今日はデジタルツールやデジタル環境を使えばいくらでも合理化できます。今のオンライン研修で間違っていると思うのは、今までの対面での研修をどうやってオンラインで実現するかという発想です。この発想がすごく多かったのですが、最近は変化が起き始めていて、反転学習式が実施されるようになってきました。マイクロラーニングみたいなもので事前に学習させて、演習やワークを中心にインタラクティブなオンライン研修を回していく提案が研修業界でも多くなってきています。私のこの本「よくわかるこれからのマーケティング」の最新版(3訂版)も完全に事前学習に対応できるように書いています。この本には、今まであえて書かなかった、研修本編で使っているネタをたくさん掲載しているのでとてもお得です(笑)。今の研修業界の潮流に乗って私のやり方も変えています。業界としては前例主義だったのがようやく少し変わってきて、そうした良い面が出てきました。
猪口 金森さんがおっしゃる「人事の研修をやって結果を出す」というストーリーは、完全にマーケティングのプロセスです。先ほどの熱量の話も、事前調査をして、自分が納得できてわかれば、そこに熱量は出てきますよね。
富士 研修の担当者は誰でもできます。誰しも過去に研修を受けたことがあるので、自分が受けたことのあるほんの少しの研修経験をベースに考えることができてしまうからです。そこが少し厄介なところです。自分の経験で「この研修ではこうだった」と言う人が実に多い。私のように全部忘れていれば一から向き合えますが、「このときの講師が良かったからこれを使おう」とか、「このときのコンテンツが良かったからこれにしよう」と言う人が大多数ではないでしょうか?
講師を選ぶ条件として「本を書いている人」と言ったのは、私なりのリスクヘッジでもあるからです。研修で身に付かなくても、本は課題図書として渡すので、少なくとも手元に残ります。研修でよく使うA4の薄いテキストは、制作数が少ないので実は本よりもコストが高くつきます。さらに、私の研修では講師が著者なのでサイン会をやります。サイン入りの本は古本屋に持っていけないので、確実に手元に残ります(笑)。
このように、私は定着のための歯止めをすごく重要視しています。先ほど、終わった後に心に残るという綺麗事を言いましたが、「心に残させる」のです。手元に残させるという意味で、本が大事です。本を使ったそういった演出が必要だと思っています。これは演出の才能ではなく、マーケティングの一環で、最後のデリバリーやプロモーションに関わる部分です。特に効果的な学ぶ方法は人によって違うのです。人から習うのか自分で学ぶのか、いくつかの方法を用意することも大切です。この最適なラーニングスタイルが人によって違うことは忘れてはなりません。ちなみに今は電子書籍の時代なので手元に残す技が難しいのが悩みです。
もう1つ人事部で印象に残ったことがあります。当時技術者が多かった私のチームメンバーは口を揃えて、「富士が言うことはよくわからない。だけど、言った通りにやると必ず成功するから不思議だ」と言っていました。営業思考と技術思考の違いでしょう。ある日、突然メンバーの1人がニコニコしながら走ってきて、「わかりました。富士さんは売りたいのですね」と言いました。その時は何を言っているのかわかりませんでした。私自身、自分のことがわかっていなかったのですね。彼は私より先に人事部に在籍していたので、研修会社が持ってきたものを選んであつらえるのが研修の仕事になっていました。実際みんなそうしていたからです。ところが私は行列ができるラーメン屋のような研修、お金を払ってでも参加したい研修をやろうとしていた。営業出身だから当たり前ですけどね。人気があって行列ができる研修を目指すというところに、私が言ったこと全てが1本線でつながっているわけです。私がうまく説明できていなかったので、相手に伝わらず、「なんで急にそんなことを言うのだろう」となっていたようです。
金森 研修会社がマーケティングの公開講座をやっていますよね。僕も今やっていて、時々人事の方に会います。人事で何を担当しているかと聞くと、多くが採用担当です。人事の方は、「採用はマーケティングだ」ということは理解されています。しかし、「育成もマーケティングだ」と発想している方には、残念ながら富士さん以外にあまり多くはお目にかかってはいません。
富士 わかった気になって始めてしまうのですよね。人材育成の講師として経団連さん主催のような経営者や人事部向けの講演会に全国回ったときに、講演の中で「あなたは経営者と現場の間のどちら側にいますか」という、立ち位置をプロットさせるテストをしました。冷静に考えてみると、上から言われたことをやっているだけなのに、現場の声を反映しているつもりになっていることに気づくためです。
現場の声に耳を傾けるのは、現場から異動してきた我々には本当は難しくないはずです。ところが忙しくてついついわかったつもりになってしまします。だからストレスゼロ、クレームゼロが大事なのです。受講生に対するおもてなし精神やホスピタリティも忘れてはなりません。例えば企画の例でよく話すのは研修の日程決めです。私の最初の企画では、現場が忙しい時期、納期や期末、夏休みを避けて11月3日〜5日の3日間の研修にしました。11月3日を選んだのは、過去30年間で最も晴れが多かったからです。会場移動があったので雨が降るとストレスですし、モチベーションも下がるでしょう。絶対に降らない日にしようと思って、過去の天気を遡って調べました。これもマーケティングですね。1つ1つに理由があるのです。
猪口 そうした1個1個がすべてノウハウになっているのですね。
金森 マーケティングで大事なのはやはり顧客視点です。富士さんは顧客視点で考えているからこそ、このような研修ができたのだと思います。だから、マーケティングなのです。私が何年も続けている研修でも、人事の方が「マーケティングって大事ですね。面白いですね」とだんだんわかってくれるようになって、熱量も上がってきています。人事の中でのマーケティングは採用だけでなく、「育成もマーケティングである」ということは絶対に思ってほしいところです。
富士 ここまでケースバイケースで企画してきた研修ですがこれまでの考え方や事例を整理し、マーケティングや問題解決のノウハウを含んだフレームワークのようなものに仕上げたいと思っています。また金森さんとはこれらのノウハウを整理して、これからのビジネスパーソンのキャリアや仕事の進め方に役立つ書籍にできないかと検討しているところです、ぜひ実現したいと思っています。
富士 翔大郎
主にIT系企業の人材開発コンサルタントを担当。コンシューマ向けの販売からECサイト構築、法人営業まで幅広い分野で営業職を経験。その後、デジタル技術の黎明期から変革期にITエンジニアを約10年経験。同時に人材育成にも携わり、現在に至る。法学部卒ながら教員免許を3種取得。
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