東芝に売られた事業が軒並み好調な事情/日沖 博道
INSIGHT NOW! / 2022年9月28日 7時7分
日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社
東芝の中にとどまるよりも外に売られた事業のほうが好調ではないか。小生がそういう視線を持ったのは、小生が大学院で同級生だった友人が経営する東芝の子会社が売却された際に、友人がことのほか喜んだことがきっかけだ。
彼の理由は、経営の自由度が格段に増し、いちいち日本の(世界をよく知らない)親会社の経営陣の了解を得なくとも思い切った投資ができることで、成長機会を確実に捉えることができるということだった。
スイス証券取引所に上場していたこのスマートメーター会社、Landis-Gyr(ランディス・ギア)社の株式を東芝が2017年に売却した事情は、過去の記事『東芝はどこに向かおうとしているのか』に詳しいが、その後同社は世界市場での成長を続け(友人はその間にCEOを退任し会長になっている)、今やスマートメーター市場での地位を盤石のものにしている。
振り返ってみると、近年の東芝に売却された事業の主なものを挙げてみると、片っ端から「好調に推移」または「見事に復活」していることに気づく。
Landis-Gyrに先立つ2016年に売却された有望事業の筆頭は医療機器事業だった。東芝の虎の子とも云われた同事業(旧・東芝メディカルシステムズ)は、富士フイルムやコニカミノルタなどとの綱引きを経て、6,655億円の金額と引き換えにキヤノン傘下に入った。その事業の責任者は、「東芝での事業上の相乗効果はほとんどなかった」と後日語っている。
売却後の業績は相変わらず好調で、売却時に2,799億円だった売上高はその後着実に拡大、今や3,200億円を超える。
同じ2016年に中国家電大手の美的集団に売却された東芝ライフスタイル(本社:川崎市)は、2018年度に黒字転換してから2019年度、2020年度、そして2021年度と4期連続で黒字を達成。しかも増収増益基調を維持している。
売却前の東芝の白物家電事業といえば、慢性的な赤字基調のせいで「お荷物」扱いされていたのが、まったく様変わりなのだ。「すべてを変えなさい」を旗印にする親会社の美的集団との「共同による製品開発スタイル」が定着、洗練されてきて、開発スピードが上がるなどの効果を発揮しているとのことだ。
2018年にシャープに売却されたパソコン事業(旧: 東芝クライアントソリューション)、Dynabook(ダイナブック。東京都)は利用者ファンも多く、しかも身売り先が病み上がり状態のシャープだということで、その身売り話に驚いた向きも多かったはずだ。しかし同社はその後、復活の軌跡を示している。
確かに売却直後の2019 年度は営業利益・経常利益・最終利益とも赤字だったが、2020年度と2021年度の連続で黒字を達成し、今や「22年度内には上場を目指す」とアナウンスしている。欧州市場での販路拡大に成功したことが、この結果に結びついている模様だ。
同じ2018年に中国・海信集団(ハイセンス)に売却されたテレビ事業(旧・東芝映像ソリューション)、TVS REGZA(川崎市)もまた大きな復活を遂げている。
ハイセンス傘下となった後、同事業体は販売網の混乱などで一時的にシェアが落ちたものの、その後大きく飛躍。2020年12月期には黒字に転換、今や日本市場ではトップシェア争いをするところまで業績を回復している。市場の評価では、ブランド力に加えコスパの良さでも消費者に支持されているようだ。
東芝から売却された事業の中でも最大物がメモリ事業、今のキオクシア(本社:東京都)である(正確には東芝のメモリ事業を会社分割により2017年4月に事業継承した東芝メモリ株式会社が2019年10月に現在の社名に変更)。業績はおおむね好調である。テレビCMを打てる余裕もあるようで、会社の認知度は昔より格段に高いのではないか。
業績推移を見ると、売上高こそ一見大幅に縮小しているように見えるが、そもそもメモリ事業(製品としてはNANDフラッシュメモリ)だけに集中したからだ。2019年度には独立に伴うコスト負担と、世界的な顧客の巨大データセンター投資需要が一服したことで、また2020年度には世界的コロナ禍と米中分断による市場の混乱が大きく、連続で赤字を計上している。しかし2021年度には、世界的に半導体需要が回復したことで売上も利益も大幅に拡大している。
メモリ市場では今後も市況の乱高下は避けられないし、世界トップレベルでの投資・価格競争が続くことも間違いない。しかし少なくとも、とんでもない巨額の投資を了承してもらうために親会社の顔色を伺っているうちに投資タイミングを逃すという、日本企業の惨めな失敗パターンに陥る可能性は小さくなっている。
さて、こうやって見てくると、東芝から売却された事業のいずれもが好調になっていることが明確になってくる。多くは自らの、または新・親会社の資金やノウハウをうまく活用して新しい成長の階段を上っている。
もちろん、医療機器事業のように、元々しっかりと稼げる事業だったからこそ高く売れる見込みがあり、そのために喉から手が出るほど現金が欲しかった東芝の経営陣が、キャッシュ創出策の目玉として泣く泣く選んで売却した事業もある。しかし多くは、売却前には業績的にはぱっとしなかったのに、売却を期に経営的自由度と新しい親会社(または株主)の理解・支援を得て復活しているのだ。
逆に言うと、東芝社内に抱え込まれていた間は、「事業の特性や勘所を理解できない」親会社のトップ経営陣の「口は出すけど金は出さない」態度のせいで成長の芽を摘み取られていたのが、東芝の「くびき」を逃れたことで大きく飛躍できるようになったことが分かる。
こうしたことが背景にあるため、小生は先頃大株主の反対で引っ込めてしまった東芝自身の分割案に対し「本質的には弥縫策だが、結果オーライになる可能性がある」と考えていたのだ(記事『東芝の会社分割は本当に企業再生につながるのか?』)。つまり、あまりに巨大なコングロマリットを経営する能力がない人たちに経営判断させる状態よりは、分割して事業単位に近い大きさにした上で経営判断させるようになったほうが間違いは減るはずだ、と。
こうした「金の卵がみすみす孵化の機会を失ってしまう」状況は東芝に限らないと小生には思える。事業側は本当に自信があるなら、外部に売却してもらうよう自ら親会社の経営トップに直訴してもよいのではないか。
一方、東芝のように苦し紛れになって事業を切り売りする羽目になった経営トップは気をつけたほうがいい。売り飛ばした事業が黒字化しぐんぐん成長するのを目の当たりにする場合、それはあなた方に対し「無能経営者」の烙印が突き付けられていることを意味するからだ。
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