高齢者住宅を、どのように評価すべきか?/川口 雅裕
INSIGHT NOW! / 2023年2月7日 17時0分
川口 雅裕 / NPO法人・老いの工学研究所 理事長
先日、あるシンクタンクから「高齢者向け分譲マンションの資産価値について意見が聞きたい」という依頼がありました。
高齢者向けの分譲マンションはまだ数が少ないために、評価の観点や基準も共通の認識がなく、相場といったものが形成されていません。所有者や検討者、不動産業者、金融機関によってその評価がバラついているのが実態なのでしょう。このような状態だと、例えば売却しようとする際に、思わぬ低い評価をされてしまう危険もあり、一定の合意形成は大切なことだと思います。
とはいえ、モノに対する評価は人によって大きく違います。骨董(こっとう)品などを見れば明らかなように、コレクターにとっては垂ぜん物であっても、それをガラクタにしか感じない人もいます。高齢者住宅の価値は、それを使う高齢者のニーズに連動するべきであって、ファミリーマンションと並べて評価するのはナンセンスというもの。若い人たちには価値があっても、高齢者にとってはどうでもよいことがありますし、その逆もあるからです。
ファミリーマンションは「駅からの近さ」「学区」「階数」「眺望」「日当たり」「広さ」「間取り」「設備・仕様の質」といった観点で評価されます。しかし、高齢者には毎日の通勤や通学はありませんから、駅からの距離や学区には意味がなく、従って「立地」の良しあしに関する評価は、若い人とは全く違います。
また、若い人は広い家の方がいいでしょうが、年を取ると広さは面倒につながりますし、高齢者世帯には3つも4つも部屋は必要ありません。仕様や設備も、豪華さより、安全や分かりやすさが重要です。高齢者はコミュニティー(交流やつながりを通した安心、楽しみ)を重視する傾向にあるので、専有部より共用部、ハードよりもソフト(サービスやコンテンツ)が関心事となります。そもそも、若いファミリーには「家が欲しい(所有したい)」というニーズがありますが、高齢者にそんなニーズはほぼありません。
では、高齢者住宅をどう評価すべきでしょうか。
郊外の一戸建てから都心のファミリーマンションやタワーマンションに住み替えた高齢者が、しばらくすると嫌になって高齢者住宅に引っ越すという例は少なくありません。健常高齢者向けの有料老人ホームについても同じような話を聞きます。現役時代の家に不便や不安を感じるようになって住み替えようとする人は増えていますが、どのような住まいがよいのかをしっかり考えることなく、タワーマンションなら「今より便利」とか有料老人ホームなら「今より安心」といった具合に簡単に考えてしまい、住み替えてからようやく高齢期の住まいにおける大切なこと(価値、評価基準)に気付かれたのではないかと思います。
私は、高齢者住宅を「ゼロ次予防」という視点で評価すべきと考えています。
「ゼロ次予防」について少し説明すると、予防には段階があり、「1次予防」は生活習慣をよく保つことや予防接種などを指し、「2次予防」は病気や不調を早期発見するための健康診断や人間ドッグの受診、「3次予防」は病気治療後の身体機能の悪化を防ぐためのリハビリや、再発防止のためのケアのことです。
これらに対し、「ゼロ次予防」は根本的な予防として世界保健機関(WHO)が提唱したもので、意識したり努力したりしなくても、健康につながる行動や習慣になるような環境に身を置くことです。高齢者住宅の観点でいえば、知らぬ間に病気やけがを避け、健康が維持できるような環境で暮らすことです。若い人たちと違い、病気やけがをすると元の状態に戻りにくい高齢者にとって重要な考え方であり、本人にも、高齢の親を案じる子にも非常に魅力的なことだろうと思います。
家の周辺に、平たんで気持ちのいい道があれば、ウオーキングや散歩をしようという気が湧いてきます。スーパーがすぐ近くにあれば、食材を買いに行って、自分で料理を作って食べる習慣ができます。知人や友人が近くに住んでいれば、集まって会話をする機会も増えるでしょう。魅力あるコンテンツやイベントが共用部で行われれば、部屋に閉じこもることもなくなります。
コミュニティー運営者における介入や誘い、とりなしが上手に行われているかどうかも非常に重要です。高齢者の健康維持には、「運動・栄養(食事)・交流」の3つが重要であるとされますが、このような環境に住まうことで、頑張って取り組まなくても自然にこの3つが可能になり、気付いてみたらよい生活習慣が続いている――。これが「ゼロ次予防」であり、優れた高齢者住宅の条件といえます。
また、「家の中に段差や階段が少ない」「家の温度が安定している(熱中症やヒートショックの危険が少ない)」「体調急変時などの際、助けがすぐ呼べる」「手伝いを頼める人がいるので、危険な作業をしなくていい」といったことも、そこに住んでいるだけで、病気やけがを未然に防げるわけですから、「ゼロ次予防」といってよいでしょう。
このような条件がそろい、何年か経過したときに、健康を維持しながら以前と同じように暮らせていることに気付く――。そんな「ゼロ次予防」の機能がしっかり組み込まれているかどうか。これが、高齢者住宅の真の価値であり、評価基準とすべきだろうと思います。
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