EV普及には急速充電を戦略的に進めるしかない/日沖 博道
INSIGHT NOW! / 2023年4月12日 7時7分
日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社
トヨタ自動車の佐藤恒治新社長はこの4月7日の新体制の方針説明会で、2026年までにEV(電気自動車)10車種を新たに投入する計画と、EVの世界販売を年間150万台とする中間目標を発表した。「全方位戦略」は堅持するとしながらも、EVに本腰を入れることを改めて宣言した格好だ。
トヨタは2030年までに30車種のEVを投入し、世界での年間EV新車販売を350万台にする目標を2021年12月から掲げている。そして高級車ブランド「レクサス」で2026年を目標にEV専用のプラットフォームを開発することも、今年に入って発表している。レクサスでは2035年にはEV販売比率を100%にする方針だ。
トヨタのEV戦略には、充電インフラの整備も含まれており、EV用の高速充電器や普及型充電器などの充電設備を自社で開発し、EVの普及に貢献していくことを目指している。普及に関する課題を解決するため政府や自治体、充電インフラ事業者などと協力して取り組んでいく、とトヨタは強調している。
言い換えれば、日本でのEVの普及に関しては、EV本体の価格や走行距離もさることながら、充電設備の整備の遅れも大きな阻害要因であることを、トヨタ自動車としては強く認識しているということだろう。
日本政府も、日本の屋台骨を支える産業に対し母国市場が足かせとなる環境条件をいつまでも背負わせる訳には行かないこともあり、2030年までに公共利用できる充電器を15万基に増やす目標を掲げている(これは現在の5倍にあたる)。そのうち急速充電器は3万基に増やす方針とされる(これは3倍以上)。
実は2022年3月末時点での急速充電器数は8,265基に過ぎない(ゼンリン調べ)。しかも前年同月からの増加数は372基と、随分と少ない。政府の補助制度の後押しもあってある程度までは増えてきていたのだが、近年は頭打ちなのだ。しかも充電器の耐用年数は8年なので、政府の補助を受けて設置された機器が更新期を迎えており、放っておけば設置台数は減ってしまいかねない。
EV自体の普及がなかなか進まないため利用者が増えず、一旦始めていた充電サービスを取り止める事業者も多いためと見られている。EVの普及と充電設備の普及は、典型的な「ニワトリと卵」の関係になっているのだ。
ここでちょっと整理をしておこう。主に自宅や企業に設置される普通充電器(出力約6キロワット)なら充電に10時間程度かかる。出力50キロワットの急速充電器なら30~40分で約8割まで充電できる。
なお、日本では50キロワット以上の急速充電器は業務用のビルや工場と同様、高額な高圧受電設備が必要とされる規制があり、保安規定の作成や電気主任技術者の選定も求められるなど、設置のハードルが随分と高い。
さて、ガソリン価格が将来的にさらに値上がり必至な状況下、日本市場にも外国車を含むEVの投入が続いており、「次のクルマはEVってのもいいかな」と考えているお宅も少なくないとは思う。しかしその際に確実にボトルネックになるのが走行距離の問題と、充電器の不足と充電時間が長いことだ。
日常的な足としてだけ使うのであれば、確かに自宅に充電設備があれば事足りる。しかし時には充電することをうっかり忘れてしまうこともあろうし、長距離走行したくなることもある。そもそも大半のクルマオーナーにとって、自家用車はちょっと遠出をしたい時に予約することもなく自由に移動できるからこそ保有価値があるというものだ。
それなのに旅行中に、充電のために30~40分も待つというのは本来あり得ない使用条件だろう。日本での公共利用の急速充電器は、「充電渋滞」を避けるために30分までに利用時間が制限されているケースが多い。そうなると旅行中に30分の細切れ充電を同じ日に複数回繰り返す可能性は小さくない。ゆったりと観光地巡りをしたいはずなのに、急速充電器探しで焦りながら時間を費やす羽目に陥りかねない。
政府は22年度予算で約65億円の補助金を確保し(前年度の実績比6倍以上なので、この努力は評価したい)、充電設備の増加を後押ししようとしているが、このご時世にその後も同様の支援規模を維持できるかは心許ない。そもそも充電インフラ事業者が付いてくるのかは、ここまでの経緯を知っている身とすると、もっと心許ない。
本気で急速充電器の普及を図りたいなら、まずは現在の規制を大胆に緩和して、充電インフラの設備コストとサービス提供の運営コストを下げさせなければ話にならない。これは補助金を用意する以上に重要な政府の仕事だ。
その上で、充電インフラ事業者にもターゲット戦略を工夫してもらいたい。役所関連の公共施設は脱炭素をアピールしたいので予算がつきやすいが、EVユーザーが日常的に立ち寄る場所ではない。ガソリンスタンド(GS)は従来の延長的発想でEVユーザーが立ち寄りやすいと見ているのだろうが、30分以上も停められてはGS経営者としては商売にならない。
こうした施設に設置を持ちかけるのはもう止めて、EVユーザーが日常的または旅行時に立ち寄れて、しかも30分以上時間が掛かっても問題ない場所に狙いを定めて、急速充電器の設置を持ち掛けて欲しい。具体的にはファミレスを含む飲食チェーンと各地のホテルだ。
客としてはどうせ食事をするのに30~40分は掛かる。その間でフル充電ができるなら一石二鳥だ。「〇〇チェーンの店なら急速充電器が設置されている」と周知されれば(このプロモーションは必須)、旅行中や出張中のEVユーザーが立ち寄ってくれる集客効果が期待でき、チェーン店オーナーも話に乗りやすいだろう。
もちろんその際、急速充電器が既存の駐車場すべてに網羅されるのは経済的に無理だ。急速充電器のケーブルを長めにして1基の急速充電器で3つぐらいの駐車スペースをカバーし、「ここのスペースはEV優先」という表示をしておくというのが現実解だろう。ホテルについては急速充電器と普通充電器を取り混ぜて設置してよかろう。
中長期的にはEVメーカーとも調整・協力して急速充電器の出力強化を進めてもらいたい。
日本車で対応できる急速充電器の出力は多くの車種で50キロワットに制約されている(上位車種になると100キロワット程度まで上がるが)。規制対応で当初は仕方なかったのだろうが、これが急速充電でも30~40分以上掛かってしまう根本原因である。産業の初期設計が間違っていたとしか言いようがない。
これに対しテスラは最大250キロワットの急速充電に対応できるようになっており(米国では同社が独自にそうした強力な急速充電器網を整備しているそうだ)、15分間充電で最大275㎞走行できる仕様になっているとのことだ(つまり日本でのテスラオーナーは持てる能力よりとんでもなく低い使い方を余儀なくされているということだ)。
トヨタがレクサスのEV化を本気で進める過程で、日本政府に規制緩和を強力に働き掛けながら、こうした高出力の急速充電器網を独自に整備することで、先鞭をつける事を期待したい。外部リンク
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