「孤独のグルメ」には、なぜ孤独感がないのか?/川口 雅裕
INSIGHT NOW! / 2023年7月11日 12時30分
川口 雅裕 / NPO法人・老いの工学研究所 理事長
十数年前に「孤食」という造語が流行し、さまざまな年代で、1人で食事をする人が増えていることが問題視されるようになりました。高齢者については、孤食が介護や抑うつのリスクを高めるという研究結果が発表されており、高齢者の1人暮らしが増えている中で、行政や諸団体が孤食を避けるための方策を講じるようになっています。
そんな中で、筆者が一考に値すると思っているのが、多くの人から支持されている人気テレビドラマシリーズ「孤独のグルメ」(テレビ東京系)です。
「孤独のグルメ」は、久住昌之さんの原作を谷口ジローさんが作画した漫画が原作で、主人公は、高齢者ではありませんが、輸入雑貨の貿易商を営む中年の独身男性・井之頭五郎です。
同作は五郎が1人で食事をするというシンプルな内容で、描かれているのは孤食そのものですが、そこから孤独感や寂しさは一切伝わってきません。むしろ喜びにあふれる時間で、顧客などから「一緒に食事でもどうですか?」と誘われても、用事があるというようなことを言って必ず誘いを断り、1人で食事をするための店を探しに行きます。
五郎が誘いを断るシーンからは、「誰かと一緒に食事をするなどあり得ない」「自分の楽しみを奪わないでほしい」といった決意が見えるようです。とはいえ、彼は人とうまくやっていけない人ではありません。仕事をしているシーンでは、人当たりのよさで顧客に頼られ、リピーターや紹介も多いように見えます。
彼の孤食を見て、「かわいそうだ」「逃避だ」「協調性がない」といった感想を持つ人はほぼいないでしょう。淡々と孤食を描く「孤独のグルメ」がこれだけヒットしているということは、多くの人々が孤食を楽しんでおり、主人公に共感しているからに違いありません。毎日、誰かと一緒に食事をしなければならない環境を苦痛に感じている人が、憧れをもって見ている可能性もあると思います。
「孤独のグルメ」のテレビドラマにおけるポイントは、主演の俳優・松重豊さんのナレーションにあります。
口に出してしゃべりはしませんが(1人で食べているので当たり前ですが)、店の前に立ったときの印象、店に入って感じること、メニューを見て注文に悩み、他の客の様子や他の客が頼んでいるものを見てまた悩み、運ばれてきた食べ物を見たときの喜び、味わいや店を出た後まで、丁寧に感情を表現するナレーションが流れます。それを聞いていると、1人だからといって孤独ではない、あるいは、孤独の中に楽しみがあるということがよく分かります。
ナレーションがなければ、五郎がどんなことを考えているのかは分かりません。「1人で食事をしている」という姿だけなので、周囲からは何も考えずにただ淡々と料理を口に運んでいるようにしか見えないでしょうが、実際は全く違うかもしれません。もし、ドラマのような言葉がその人の頭の中に流れているのなら、孤食でも何の問題もありません。頭の中も五感もフル回転で、楽しい時間であるはずです。
将棋に「棋は対話なり」という言葉があります。対局者は黙って将棋を指していますが、何も考えていないわけではなく、一手一手はそれぞれの思考の結果です。つまり将棋は、相手が指した手の意味を読み取り、その手に対する自分の意見を返すという繰り返しであって、それは対話と同じであるということです。
黙っているからといって孤独ではないし、何も考えていないわけでもなく、頭の中にはたくさんの言葉や情報が流れ、ドキドキやワクワクが生じています(なのに、周りが口出しなんてしたら台無しです)。将棋が相手との無言の対話であるのと同様、孤食も、店や料理人、出された食事の味、見た目と対話をしている場合もあるということです。
こう考えてくると、問題は孤食そのものではなく、孤食によるマンネリなのだと思います。
五郎が孤食を楽しめるのは、見知らぬ街や通りで見知らぬ店に入り、緊張の中でどんなものが出てくるか分からないからです。いつも行く店で、いつも食べているものを食べるのなら、さすがの五郎でもあのような楽しい食事にはならないでしょう。マンネリを避けるには、食べるものや食べる時間、1人で食べるか誰かと食べるか、どこで食べるかを、自分で決められる環境であることが重要だということです。
老人ホームに入所している人が、不満な点として「食事」をよく挙げられます。これは、味や品数などが原因なのではなく、毎日、同じ時間に皆が集まって、皆で同じようなものを食べるというマンネリに原因があるように感じます。
高齢になると、食事は楽しみの大きな要素ですが、それはおいしいかどうかではなく、皆でしゃべりながら食べられるかどうかでもなく、「自分が食べたいときに、食べたいものを好きな環境で食べられるかどうか」ということではないかと、筆者は考えています。
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